鞍家小典之奇天烈事件帖~千破剣一走斎 現る~

宮国 克行(みやくに かつゆき)

第1話 噂話

 ある噂が奉行所内を回っていた。

 鞍家新右衛門小典くらいえしんえもんしょうてんがその噂を知ったのは、奉行所の皆があらかた知った後であった。しかも、聞いたのは、下働きをしている勘三の何気ない一言からだ。

「おや?鞍家の旦那は、見に行かないんで」

 勘三は、中庭で竹の梯子を器用に登り、立木の剪定をしている最中であった。

「え?どこに行くのだ」

 ちょうど通りかかった小典は、勘三の仕事ぶりをなんとはなしに見ていた。植木の剪定はなかなかに難しい。鞍家家にも広くはないが、庭があり立木がある。今は、その剪定は、父が好んでしているが、そのうち、小典自身がやらなくてはいけなくなるだろう。職人に頼めばいいのだが、そこまでの金はないのである。

 小典も一度、剪定をしてみたが、惨憺たる結果になって以来、手は出していなかったが、後学のためにと勘三の剪定は見てお手本としようとしていたのだ。

「皆さん、勇んで行きましたよ」

「勇んでどこに行くのだ?」

「本当に知らないんで?」

 勘三は、本当に驚いているようであった。小典は、そんな重要な報せがあったかと思い出しながらも首をひねった。

 勘三は、わざわざ剪定の手を止めて梯子を下りて小典の側まで来た。左右を憚るように目を走らせると小声で、

「道場破りですよ」

 と言った。

 聞き違いだろう、と小典は思った。きょとんとした顔をしたのだろう。勘三はもう一度言った。

「道場破りを見に行ったんですよ。皆さんは」

 勘三が何を言っているのか一瞬わからなかった。

「え?ど、道場破り!」

 小典は思わず突飛な声を上げた。

 あわあわと手を振って、勘三は静かにするように口に手を当てた。

「だ、旦那。声が大きい!」

 小典もつられて口に手を当てる。

「すまん」

 思わず小典も左右を見る。見たところ誰もいないようであった。

 奉行所の役人が、物見遊山で道場破りを見に行ったとあっては、確かに具合はよくない。

「それで、一体どういうことなのだ」

 小声での小典の問いかけに勘三は、知っている事を話してくれた。

 話を聞いても信じられなかった。

 

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る