異世界転生? したけりゃ億は用意しろ
ささかま
第1話 えっ、世界滅亡するんですか?
魔術師━━
それは、幻想種の力を借り、あらゆる奇跡を自由に起こす者たち。
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「いいかい? 弥生。今から言うことを、忘れちゃいけないよ」
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私の父、多々良 睦月は、魔術師でした。
厳密に言えば今も魔術師ですが、魔術はほとんど使えません。
これは父に限った話ではなく、現代における魔術師全般に言える事です。
どうしてほとんど使えないのか?
その答えは簡単です。
魔術は、高いんです。
……あ、違いますよ?
技術的難易度の話じゃなくて、経済的に高いんです。
もうね、聞いたら多分びっくりするくらいの値段なんです。
え? 大体で良いから値段を知りたい?
うーん……魔術の種類によりけりですけど……
例えば、そうだなぁ……
「異世界に転生する」魔術なら、マンションは余裕で建てられますね。
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「うっわ、魔法って本当に高いのねぇ」
「だから、こんなスーパーでバイトってわけ? 偉いわねぇ……」
パートの佐々木さん、金子さんは良い人です。
魔術師の一門の私を、差別する事なく、平等に扱ってくれますから。
「そんな、偉いだなんて……。ちなみに、魔術です、まーじゅつ!」
賞味期限が迫った牛乳に40円引きのシールを貼りながら謙遜します。
多分この人たちは、学生にとっての学費稼ぎと同じ様に捉えているんでしょう。
だから、私もある程度の情報は、誠意を持って隠さずに伝えています。
……あ、今日はお魚が安いんだ。
バイト終わったら買って帰ろうかな。
「でも、どうしてそんな高くなるわけ?」
「そうよね。魔法なんだからこう、お安くならないの?」
……来ました、ある程度を超える質問です。
これに関しては、一般人には知られたくないので……
「うーん、材料費とかですかねぇ。魔術の素材って高いんですよね〜」
さりげなく訂正を促すため、魔術と強調した上で誤魔化します。
本当は、材料なんていらないので嘘なんですが、それはそれ。
「材料って、トカゲの尻尾とか? 気持ち悪いわ〜!」
「魔女みたいな事するのねぇ、魔法使いって」
「……あはは」
金子さんの言葉に若干のトゲを感じましたが、差別ではないので気にしません。
佐々木さんは……。
……ご高齢なので、物覚えが悪いんでしょう、気にしません。
そうこうしているうちに、時計の針は17時。
これでバイトの時間が終わるので、買い物をして家に帰ります。
私には、帰ってやらなきゃいけない事がありますから。
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「ただいま帰りました」
玄関の鍵を開けて家に入り、再び鍵を閉めます。
この時、チェーンもしておかないと父に叱られます。
セール品の詰まったレジ袋を冷蔵庫にしまい、2階へ。
押入れに入り、中の天井を2回ノック。
「……ただいま帰りました」
「……風の魔術の行使に必要な種の中で、現世で最も我々に協力的なものは?」
押入れに取り付けられたスピーカーから、不愉快そうな声が流れてきます。
「フェアリーです」
「……入れ」
押入れに灯りがともると同時に変形し、屋根裏へ繋がる梯子が現れました。
研究の成果を盗みに来た侵入者への対策らしいですが、私は不要だと思います。
ウチ、つまり、多々良のような没落した一門の研究なんてたかが知れてますし。
何より、押入れにはスピーカーだけでなくカメラも備えられています。
しかし「変装の可能性は捨てきれない」とのことです。馬鹿なんでしょう。
梯子を登ると、そこは、花畑が広がる別世界━━
なんてことはなく、そこは、元の屋根裏を多少改装しただけの埃っぽい部屋。
そこで、椅子に座って古書を紐解いている男性が1人います。
これが多々良 睦月。私の父です。
一年中不愉快そうな表情で、食事、排泄、入浴の時以外は滅多にこの部屋から出ません。
昔はもっと優しくて、素敵な、自慢の父だったのですが、
母がいなくなった日を境に、こんな状態になってしまいました。
「……弥生、腹が減った」
「……すぐに作ります」
父が……いえ、この男が古書から目を話すことなく呟きます。
実を言うと、少しだけ衝撃を受けていました。
普段、父は、このように食事の催促をせず、作り置きを黙って食べるのです。
珍しいこともあるのだな、と感じました。
ちなみに、召使いのような扱いに少しだけ腹がたったのですが、気にしません。
***********************
食事を終えると、部屋に戻って仮眠を取ります。
これから、夜勤がありますから。
***********************
「いいかい? 弥生。今から言うことを、忘れちゃいけないよ」
「はい!」
父が、幼い私の背丈に合わせるように屈んで話しかけます。
その表情は、今からは想像もできないような笑顔。
それも当然です。これは、眠りについた私の夢なのですから。
「弥生は『魔術師』っていう、選ばれた人間なんだ」
「?」
言葉の意味がわからなかったのでしょう。
幼い日の私が首を傾げ、父に更なる詳細を要求しています。
「ふふ、よく見ていなさい」
父は、そう言って目を閉じ、ゆっくりと手のひらを天にかざしました。
━━すると、父の手のひらの上に、小さな木馬が現れました。
まさしく魔法のような目の前の現象に、幼い私は目を輝かせます。
「これが『魔術』だ」
「『まほう』とは、ちがうんですか?」
「そうだね、少し難しい話になるが……」
父の目が鋭くなり、同時に、先ほどよりも冷たい話し方に変わります。
「『魔法』は、発動の際に数式や材料を用いて現象を発動させるが、
我々の行使する『魔術』は、幻想種の━━」
「げんそうしゅ?」
「幻想種とは……」
そこで、父は説明の相手が幼い私だという事を思い出したようです。
再び優しそうな表情に戻り、柔らかい口調で説明を続けます。
「絵本や、映画に出てくるような、普通の人には見えない存在の事だよ」
「おとうさんには、みえるんですか?」
「もちろん。弥生もちゃんと勉強すれば見えるようになるさ。
その幻想種から魔力を借りて、不思議な力を使う、それが魔術だ」
そう言って笑う父と私は、とても幸せそうで━━
これが夢でなければ良いのに、と思わずにはいられませんでした。
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コンビニ夜勤は、魔術の勉強に向いています。
ワンオペなので、お客さんが来るとめんどくさいのですが、
駅から遠く離れたこのコンビニは、比較的お客が来ません。
そのため、家から持って来た古書を読み、知識を得られるんです。
生活費も稼げるし、勉強もできる。これぞ一石二鳥です。
……この知識が、やがて消えゆく技術についてのものであっても、
学んだ知識が無駄になることはない。そう思っているんです。
消えゆくのは、確定事項です。
原因について一言で言えば、幻想種の魔力使用料の高騰ですね。
ここ数年で急速に絶滅の危機に陥った幻想種が我々魔術師との契約を見直し、
タダ同然だった使用料の値上げを要求するストライキを実行。
これに対し、魔術師側は話し合いによる懐柔を図りますが、
何百年と利用してきた幻想種に対する思い上がった言動が戦争を引き起こします。
幻想種は魔力による攻撃を。
魔術師は貯蔵魔力を用いた魔術と重火器による攻撃を。
『3日間戦争』と呼ばれるこの戦争は、魔術師の惨敗で幕を閉じました。
その後、常識では考えられないほどに高騰した魔力の値段に怯えながら
魔術師は、存続を賭けた一大プロジェクトを起こします。
それが、『人柱計画』です。
……物騒な字面だと感じた方は正常な感性をお持ちです。褒めてあげます。
世間一般の倫理観とは異なる魔術師には、この異常性が分からないそうです。
私は、多感な思春期の頃には既に魔術師としての道を閉ざされていたようなものですから、世間的な倫理観を持っているつもりなのですが。
要するに、異世界転生を利用した魔力供給契約の新規獲得です。
現世での魔力供給が破綻したのであれば、並行世界から持って来ればいい。
並行世界で幻想種と契約し、魔術発動の際に用いられる共通回路に魔力供給のためのパイプを繋ぐ事で、現世でも魔術の発動が可能になるという理屈なのですが……
まぁ、成功するはずがありませんよね。
その異世界転生を行うために必要な魔術の発動権は、現世の幻想種が持っているんですから。
異世界の幻想種との契約が成功すれば、現世の幻想種は用済み。
せっかく貯めた資金を用いた幻想種の絶滅回避計画も、水の泡です。
とは言え、今や魔力が利用されるのは異世界転生の時くらい。
転生は試みられる回数こそ少ないものの、莫大な金が動きますから、
幻想種は一応許可という姿勢を見せています。
一応と言ったのは、許可条件が厳しいという理由のため。
第1に、魔術の名門や稀代の魔術師と名高い者の転生は不可。
第2に、異世界への転送ではなく、死亡を伴う転生のみ。
そして第3に、転生先は現世の幻想種が決定する。
だから、無理なんです。
こんな条件、最初から失敗するに決まってます。
父をはじめとする魔術師も、分かっているはずなんですが……。
***********************
夜勤明けの、気持ちの良い朝です。
漆黒の中、僅かに青い空を見ながら、私は自転車で帰路に着いていました。
……きっと、無理なバイト生活に疲れが溜まっていたのでしょう。
突然 身体中の力がふっと消え、頭に軽い衝撃が走りました。
少しして、頬に伝わる冷たいアスファルトの感触。
そこに赤い液体が流れてきて、不快な暖かさに変わります。
この液体が私の頭から流れてきた血液だと理解した瞬間、身体中に寒気が。
不思議なことに、痛みは微塵も感じませんでした。
***********************
目を開けると、そこには不愉快そうな顔をした男の人が。
椅子に座り、私に対して冷ややかな目線を送っています。
「こんな抜け道を思いつくなんて、魔術師って奴は本当に……」
頭を抱えながら、目の前の男の人は、やはり不愉快そうに呟きます。
父を連想させるその表情に、思わず笑いがこみ上げてきます。
「……なに笑ってんだよ、お前死んだんだぞ」
でしょうね、むしろあの状況で死んでなかったら奇跡です。
現代の魔術師でも引き起こすことのできないような、奇跡です。
「ちなみに、死因はなんですか? トラックによる轢死? 過労死?」
あまりにも若い自分の死を悟り、内心では自暴自棄になっているのですが、
取り乱すのは情けないので、あくまで冷静に尋ねて見ます。
「……言いたくねぇ」
不愉快そうだった表情が、苦虫を噛み潰すかのような顔に変わり、
目の前の男の人は黙ってしまいました。
「お願いします、教えてください」
なんとなく、そこに職務怠慢の雰囲気を感じ、強気で尋ねます。
正直、死んだことには変わらないのだから、死因はどうでもよかったんですが。
その時の私は、頭の中で深刻に考えを巡らせる様子を見せたくなかったのです。
もっとも、考えることと言えば、バイト先のシフトくらいでしたが。
……嘘です。
遺してきた父は、あの生活能力で今後どのように生きて行くのだろう……。
そんなことを、ずっと考えていました。
「……事故死だ。乗っていた自転車から落ちて、頭を割って死亡」
俯きながら、心底「仕方ない」という感じで話す目の前の男の人。
「嘘ですよね?」
「……自転車から落ちて死んだのは、嘘じゃない」
……私に同情している?
本当に苦しそうに呟く表情を見て、この人は優しい人だと思いました。
何かを私に隠すように、苦しそうに呟くのには、きっと重大な理由があります。
「………」
無言の圧力で、重大な理由を話すように促します。
その表情を見て、目の前の男の人は、諦めたように呟きました。
「……わかった。落ち着いて聞けよ?」
深いため息をつき、本当に嫌そうに口を開けて━━
「……殺されたんだよ、魔術で」
「………」
……遂に、父は『人柱計画』を実行したのですね。
私を死亡させ、異世界に送ることで、魔術師の存続を託した……。
「……そうですか」
……不満はありません。
将来的に、こうなる事は分かっていましたから。
「……魔術師ってのは、本当に理解できねぇ。
こんな女の子の命まで犠牲にしちまうなんて、本当に……」
……そう言って泣き始める男の人に、私は何も言えませんでした。
自分が死んだ事より、異世界でどんな風に契約を結ぶかばかり考えていたので。
……そっか、私はやっぱり生粋の魔術師だったんだ。
世間一般の倫理観なんて、私にはなかったんですね……。
「……でも、お金は? そんな資金が父にあるとは思えません」
「……工夫したんだ。確かに、異世界転生には莫大な金がいる。
だが昏倒の魔術なら、遥かに安く済む……」
……なるほど。
珍しく食事の催促をしたのは、こういう理由だったんですね。
最後の晩餐を、家族で摂ろうと言う、父なりの気遣いでしょう。
変人なりの優しさというやつです。
「そうなると、直接の死因は事故死ですよね。転生先は?」
『条件その3 転生先は現世の幻想種が決定する』
もしも不慮な事故死と扱われるのであれば、私の転生先は幻想種に委ねらないため、契約が結びやすくなるはずです。
「間接的に魔術が関与しているので、転生先は幻想種が決めるんだ」
少しだけ残念です。
転生先を現世の幻想種に決められるのであれば、契約は難しいでしょう。
とはいえ、転生はできたのですから、長い時間をかけ、交渉を続ければ……
「……あー、その転生先なんだが、その、ちょっとした混乱状態でな」
とても言いにくそうなその呟きに、不穏な空気を感じました。
これは、私の死因よりも遥かに重要なことです。
どんな手を使ってでも、説明させます。
まずは、ジト目でひたすら睨む作戦から!
「いや、その目はやめてくれって……。なんというか俺に効くから……。
……まぁ、結論から言うと、その、1年後に転生先の世界は滅亡するんだ」
……えっ、ちょっと待ってください。
1年しかないのに、どうやって共通回路にパイプを繋げと?
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