1 ほてび、バスを追いかける

 タイトルから出てる『ほてび』。一体なんなのか不思議に思ってるだろう。

 俺の名だ。

 もちろん本名じゃない。クラスメートに付けられた、でも俺自身わりと気に入ってる渾名だ。いや、ストリートネームっていったほうがカッコイイか。

 もし街中で俺を見かけたときは、気軽に『ほてび』と呼びかけてくれ。まあ、田舎者で滅多に街には出ないがな。

 さて、話を戻そう。俺が高校1年のときのことだ。当時俺は、バリバリの『(自称)進学校』に通ってて、冬休み補習を受けていた。

 こう見えても俺はわりと真面目な方で、無遅刻無欠席で3年間通したんだ。授業態度は真面目とは言い難かったが。

 その日は風の強い日だった。年末最後の補習を受けたあと、珍しく4限が早く終わって、時間がだいぶあまってた。俺はいったん、スクールバスの自分の座席に荷物を置いて、時間が来るまで外でダチとダベリングしてた。

「ほてび、アレ見てよ」

 一人の指さした方を見て、俺は仰天した。俺が乗る予定のバスが、すでに動き出してたんだ。

「ウソだろ!?」

 俺は、別れの挨拶もそこそこに、バスを追いかけ、走り出した。藤色の車体は正門前で一旦停止。50メートル9秒フラットの鈍足は、これ以上ないくらい疾走した。

「ほてびー、ガンバ♡」「何アレ、バス追いかけてんの?笑」「良いお年をー」

 他のバスからは、わざわざ立てつけの悪い窓をこじ開け、俺に声援だかなんだかよく分かんねえ声をかけてくる。

 おいそこ、動画を撮るな。

 見覚えのない2・3年生まで、なんだなんだとこっちを見てくる。俺はいい見世物だ。

 それでもあともう少しで追いつく、というところでバスは、俺に気付かないまま左折した。

 最初に云ったように、ここは田舎だ。超ド田舎だ。一度出発したら、滅多に信号には出逢えない。

 学校から家まで、バスでゆうに15分はかかる。それが徒歩で、となると……。

 俺にとっちゃ、とてつもない距離だ。水戸の黄門さまを尊敬するね。

 ため息をつきながら、首に巻きつけていたグレーのマフラーを外す。肌を刺す、凍るような風なのに、俺は炎天下にいるような汗だくだった。ブレザーも、ベストも、今すぐ脱いでしまいたいくらいだ。

「ほてびぃ~!」

 後方で俺を呼ぶ声がするけど、振り返る余裕なんてない。少しでも歩数を稼いでおきたかった。

 まだ息も整わず、頬も真っ赤なままであろう俺は、うつろな目をふと上げて、そして、限界にまで見開いた。何度もまばたきをする。幻覚なんかじゃなかった。

 俺のバスが、俺の乗る予定だったバスの姿が、そこにはあった。

 バスは対向車線側を、こちらに向かって走る。数メートル手前の病院前でやがて止まった。

「悪いね、気付かなかったがよ」

 俺のダチが、他の路線の運転手に頼んで電話してもらったようだ。運転席の後ろを見ると、俺の制鞄と補助バッグだけがある。この路線の乗客は俺だけ。運転手は、無人のバスを、荷物だけ載せて走っていた。

 俺は席に座って、バッグから水筒を取り出した。ぬるい麦茶をぐびぐびと飲む。車窓を見ると、さっきよりも何倍もの速さで景色が流れていく―。


 数日後。ポストに数枚の葉書が入っていた。一番上に乗ってるのを見て、思わず頬が引き攣った。

『ほてびへ♡

 明けましておめでとう。去年はたくさん笑わせてもらいました。特に補習最後の日、バスに置いていかれ全速力で追いかける姿はまさに伝説です(笑) 今年もよろしく!』

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