海軍少佐・朱雀宮祥子の事件録 -夕凪航空隊の輿望-

氷空

プロローグ 疑惑の始まり

激しいエラー音が響く一機の戦闘機。そしてその右側の翼からは、小さな火柱が靡いていた。

その様子を確認した夕凪龍市ゆうなぎりゅういち中佐は無線からその炎上する機体へと呼びかけた。

「不知火4、落ち着いて機首を安定させろ! もう少しで母艦だぞ!」

その無線に不知火4は答えなかった。向こうから聞こえてくるのはひたすらな轟音と計器の異常を知らせるアラームだけだった。そこで夕凪は不知火4との交信を諦め、これから航空隊が帰艦する母艦である航空母艦『珠洲』へと緊急通信を行った。

「不知火4の右翼から炎上した。機種は保っているが安定した着艦は不可能、至急艦上救難部隊の出動を要請する!」

そう言ったやり取りをしていると、母艦である空母『珠洲』が見えてきた。それはかつて母国を勝利に導いた航空母艦でありそれを、改造した原子力航空母艦であった。

しかし、母艦が近くなっていくにしたがってどんどん不知火4の炎は激しくなっていく。そこで、夕凪は苦汁の決断をした。そしてそれを後ろに乗っている通信士である三ツ瀬暁みつせあきら中尉へと伝えた。

「暁、珠洲に救助要請を出してくれ! それから不知火4へ脱出命令信号を送れ!」

「ああ、分かった。」

三ツ瀬はそう言うと、淡々と信号を発信した。

それが伝わったのか、不知火4の乗員二人は早急に脱出した。それからしばらくして不知火4は完全に炎上し海中へと消えていったのだ。


「不知火4に登場していた早川幸則中尉と田沢冬彦少尉は無事救助されました。両名とも火傷などのけがはありますが健康です。」

そう報告を終えると、副官の武村正行中尉は退出した。

すると豊葦原瑞穂皇国とよあしはらみずほこうこく海軍軍務局長、彩沢正太郎あやさわしょうたろう中将がつぶやいた。

「やはりまた起きてしまいましたか・・・」

少しの沈黙の後、海軍法務局長の御子柴秋帆みこしばあきほ中将が口火を切った。

「二度あることは三度あると言うけれど、まさか本当にそうなってしまうとは・・・。」

その言葉に海軍軍需局長、和池実秋わちさねあき准将が付け加えた。

「しかも今回も機体は炎上し海中に消えた。恐らく調査は不可能だろうな・・・。」

和池の発言に続けて、海軍教育局長の斎賀清和さいがきよかず中将が疑問を口にした。

「しかし、わからない。なぜ夕凪の隊の機だけがこうも立て続けに事故を起こすんだ?」

こんなやり取りの中、海軍人事局長の瀧音将也中将が提案を出した。

「やはり再来月に予定されている、『蒼雷そうらい』の飛行は夕凪隊から別の隊に変えるべきではないか?」

その提案に真っ先に反論したのは和池だった。

「そうは言っても他に誰がいるんだ? 夕凪以上に艦載機の操縦に長けている人間はいないのだぞ!」

「それは・・・。」

「しかも今回は我が豊葦原瑞穂皇国海軍の威信をかけた最新鋭艦上戦闘機を披露するのだぞ。下手な操縦者で失敗しては元も子もない!」

「しかし、それは夕凪隊でも同じこと・・・。」

そう言って劣勢になった瀧音を援護したのは艦攻本部長の叢雲珠希むらくもたまき少将だった。叢雲は瀧音が戦艦『安芸』の艦長時代の副長でよくできるサポート役だったのだが今でもそれは続いている。そして彼女は矢継ぎ早に和池への反論を続ける。

「今回の『蒼雷』の披露式は我が軍主催の国際観艦式の中で行われる重要な行事ですよ。陛下も御親覧ごしんらんあそばす上国家社会主義連邦も参加する。こんなところで下手を打てば、我が国は世界中から嘲笑されてしまいます。もっと飛行隊の選定には慎重を期すべきだと思います。」

そう言ったやり取りの中、沈黙を続けていた海軍軍令部長の椎名護しいなまもる大将が初めて発言をした。

「梅小路航空本部長、君の意見はどうなんだね? 航空隊の選定は航空本部の管轄だろう。」

その言葉に今まで沈黙を続けていた、海軍航空本部長、梅小路眞白うめのこうじましろ准将は毅然としながらも冷静に答えた。

「航空本部としては、現時点での航空隊に関する内定は出していません。現在候補となっている航空隊の中から精査した上で決定したいと考えております。」

その言葉に、和池は聞こえるか聞こえないかくらいの小声でつぶやいた。

「さすが、華族上がりの狐娘だ」

御子柴が梅小路に訊ねた。

「では、現時点ではまだ調査途中だということですね?」

「はい、その通りです。現時点では選定の途中です。私以下各部長と協議を重ねている段階です。」

その言葉を聞いた椎名は梅小路に命じた

「それでは、このまま選考を進めろ。その上で来月の定例会議で進捗状況を報告せよ。」

梅小路はそう形式的な返答と敬礼をし、定例会議は終了となった。


しかし会議は終わらない。軍令部長と医務局長が退出してから他の局長及び本部長たちによる組織危機管理連絡会議、通称裏会議が開始された。口火を切ったのは斎賀教育局長だった。

「あの場ではああいったが、梅小路准将。夕凪隊が最有力ということは間違いなのだろう?」

「ええ、まあ部長たちの中に推薦する者が多いということは事実です。」

梅小路は奥歯に物が詰まった言い方をした。それに瀧音が尋ねた。

「ということは、他にも有力候補がいるということだな?」

「はい、現時点では夕凪隊だけでなく漆宮知明うるしみやともあき少佐の率いる漆宮隊や榊神騏一郎さかきがみきいちろう中佐の榊神隊を推す意見もかなりあります・・・。」

その言葉に露骨に嫌な顔をしたのは和池だった。理由は簡単だ、和池軍需局長は夕凪と同じ朱鎮守府の出身であるからだ。将官たちの中では非常に出身鎮守府の縄張り意識が強い。特に終戦後、士官たちの教育のために士官学校卒業後の遠洋実習航海において本土にある雪湊賀ゆきすか水鶴みなづるあけ佐瀬部させべ、この4つの鎮守府に在籍する練習戦艦である『蓬莱ほうらい』、『浦安うらやす』、『花綵はなづな』、『八洲やしま』の乗員として約一年間の実習の後、その練習戦艦が在籍する鎮守府にそのまま数年間配属される。そのため最初の配属鎮守府がとても重要視されているのだ。

ここ数年の海軍主催の国際式典では他の三つの鎮守府が主力となっていたため朱鎮守府出身者の派閥である花綵会は今回の国際観艦式の主導権を何としても獲りたいと意気込んでいる。

「どちらにしても今回の連続的に起きている事故の原因を究明することが先決だろう。墜落した航空機は全て別の機種だ。人員に問題があるのなら徹底的に究明するべきだろう。」

そう提案したのは軍務局長の彩沢だった。彩沢は現在残っている局長・本部長の中では最年長でこの裏会議の進行役である。

「しかし、どうやって調査するんですか? 航空本部の方は危機管理委員会を立ち上げたという風に聞いていますが・・・。」

「梅小路准将。どうなんだね?」

「危機管理委員会の委員長は前回から引き続いて謝花じゃはな虎太郎大佐が務めています。現在精査の真っ最中です。」

「それでは不完全でしょう。夕凪中佐は謝花大佐の秘蔵っ子なんですからね・・・。」

「だからと言って、謝花大佐が故意に隠蔽するとは思えない。」

「しかし、教え子に手心が加わるという話もよく聞きます。」

その後も延々と水掛け論は続いたが、そこで叢雲少将がある提案をした。

「では、中立的である海軍の人間に陸軍の内部調査官をつけて調査させるというのはいかがですか?」

現在の陸軍と海軍の関係はおおむね良好だ。軍が創設された時から陸軍と海軍の統制は軍務省という一つの役所が管轄し技術提供やその他の交流も積極的に行われてきた。だからこそ先の大戦ではより緊密な協力を取ることができ結果的に勝利へと繫がったのだ。

「新型機『蒼雷』には陸軍も一部協力しています。今回の件が重大なインシデントである可能性も踏まえて、もしもの事態が起きた時のために陸軍にも調査依頼をするべきであると思います。何せ今の大臣は陸軍出身ですし、禍根が残れば予算にも響きますからね。」

そのことについて異論は出なかった。しかし、和池が叢雲に訊ねた。

「では、その調査官と組ませるもう一人はどう選定するんだ? 中立な人間ということだが?」

「私の方で一人心当たりがあります。彼女なら中立性に関しては心配は無いと思います。」

そう言うと叢雲はある女性の名前を出した。その人物の名前に全員が納得し同意した。そして全員が合意したと判断した彩沢がこう締めた。

「では今回の連絡会議はこれで終了します。梅小路准将は危機管理委員会による調査を急がせてください。陸軍の方には私の方から働きかけます、叢雲少将は彼女への働きかけを頼みます。」


この時、彼らはまだこれが豊葦原瑞穂皇国海軍を揺るがす大スキャンダルに発展することをまだ知らなかった。

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