片鱗
「……うぉおおお! はっずかしぃ!」
美命はどうやら正気に返ったようだ。
ノリノリでやらかしたツケが、ここにきて噴き出した。
決めポーズから一転、打ちひしがれることとなった美命はとても死にそうな顔をしている。
それもそうだろう。
今の姿は辛うじて若い見た目なので『コスプレ』と考えたとしても、ああ、あるある、と思ってくれる人も多いと思う。
しかし、美命は既にアラフォーである。
いや、世界におられるコスプレイヤーさんを貶めているわけではない。
ただ、美命にはキツいものがあっただけだ。
「この年で、魔法少女! やっちまったぁーっ!」
一頻り悶えているが、そんな美命をちらりと見て燕は溜め息を零す。
燕は絶えず大きなミミズに意識を向けているのだ。
美命はそれにも気づかずに四つん這いで地面をボコボコ殴っている。
いつまでも立ち直らない美命に、燕から冷気と怒気が溢れ出す。
「……いいから戦え」
「はい! サーセンっしたぁ!」
しゅぴっと勢いよく立ち上がり、漸く美命も魔物と対峙することになった。
≪SHAGYAAAA!≫
「えーっ、とぉっ!?」
ここまで律儀に待ってくれていた魔物だったが、痺れを切らしたように口を大きく開けたまま勢いよく美命へと飛び掛かって来る。
美命も燕もその場から飛び退き、燕は砂を削りながら下がり、美命は空へと跳ぶ。
「おおっ、さっきも思ったけどこれ爽快やな!」
空へと跳んだ美命は楽しそうに笑いながら大きなミミズを足場にして、空中でくるりと一回転すると燕から距離を取って地面へと戻ってきた。
「どうする?」
「まずは魔法も試してみたい。そっちが一撃、そんであたしも一発。時間稼いで」
「りょ!」
お互いの行動が決まれば、美命は紅い唇をぺろりと舐め、ミミズへ向かって駆ける。
「んー……これ塩ぶっかける? いや、砂漠に塩は拙いか?」
「よっ、ほっ」
「いや、これミミズなら塩ダメか。塩はナメクジだった」
「ほいっ、ほっ」
ミミズを睨みつけながら考え込む燕の様子を確認しながら、美命は縦横無尽にミミズの周辺を跳び回る。
真っ赤な打掛を翻しながら跳ぶ様は、艶やかだ。
「ぃよっこいしょぉ!」
ミミズを、地面を足場に空中で前転後転を繰り返す美命は、徐々に飽き始めて来ていた。
ミミズが現れた穴に落ちないように気をつけながら、縦横無尽に跳び回りつつ燕へと目を向ける。
「ねー、まだぁ?」
「ちょっと待って、今考えてるから」
「はよしねまぁ」
美命は燕の思考が纏まるのを跳びながら待つ。
そうして燕が何やらを決めて、その胸の前で掌を合わせた姿を見て口角を上げた。
「決まった?」
「決まった。あたしから行っていい?」
「おk、来い」
「ミミズおっきいからそこそこ力込めるね。巻き込み気をつけて」
「りょ」
美命はミミズの頭を蹴って距離を取りながら地面へと降りる。
「んー……んっ、いっけぇ!」
掌を胸の前で厳しい顔つきで合わせ、小さく唸った燕が、ミミズへ向かってその両手を突き出す。
狙ったのはちょろちょろと己の周りを跳び回る美命に苛立ちの声を上げて持ち上げた上半身を支える、地面に這う下半身だ。
シュゴォオ、と音がして、ミミズの下から風の渦が巻き起こる。
砂漠の砂がふわり、と浮きあがり、次いで巨大なミミズごと天へと向かって回転しながら竜巻が発生した。
「……おー……」
「あれ、ちょっと込め過ぎたかな?」
美命たちの何倍もある巨体が、悠々と空へと飛んでいき、二人はその姿を茫然と見送る。
「そこそこって何?」
「すまそ」
「あれ、どうすん?」
「あー……あれ落ちてきても色々面倒かなぁ?」
「それな」
遥か上空でぐにょんぐにょんとその巨体を竜巻によって変形させられながら、聞こえてくる叫び声にまだ終わっていないと二人は視線を交わらせる。
「とりま勝利は必須」
「ほんなら一発お見舞いしとくか」
「うむ」
「んじゃあ、うちの出番な!」
巻き上がった巨体が、今は徐々にその影を大きくしている。
美命は頭に挿したシンプルな簪をしゅぴっ、と引き抜く。
するとその簪が美命の手の中で一気に太く長くなり、それはどこにでもある鉄パイプへと姿を変えた。
若干光によって色合いが虹色に見えるが、見た目はどこからどう見ても鉄パイプだ。
その鉄パイプを両手でくるりとバトンのように回し、右手で下げるように構えると地面を蹴り跳ぶ。
≪GYOOOOO≫
跳びあがった美命とミミズが空ですれ違い、美命が鉄パイプを振りかざす。
きらりと太陽の光を反射した鉄パイプが煌めく。
「≪一刀両断≫!」
美命が光の線を残して振り下ろした鉄パイプがミミズの首の辺りをすり抜ける。
≪GYA……≫
ミミズの大きく開いた口はそのまま、声が途切れた。
ミミズを見つめていると、首の辺りからずるり、と身体と頭がずれ、重量の差か、身体の部分が先に大音量と共に大地を揺らす。
ついでドスンッと重たい音を立てて頭の部分が落ちて来た。
その衝撃で巻き起こった砂煙に、燕が目を細める。
「どう? やった?」
「……うん、大丈夫そう」
燕の横に下りてきた美命が鉄パイプを肩に乗せて首を傾げる。
それに燕も答え、二人でほっと胸を撫で下ろす。
「初勝利!」
二人はパチンと掌をあわせて嬉しそうに笑った。
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