食べるしかない

紀之介

運の悪い子

「これが…」


 閑散とした放課後の教室。


 机の上に佳奈さんが置いた包装された小箱に、一子さんが身を乗り出します。


「─ お取り寄せした、噂の銘菓<夢旅人>?」


「そう」


「…綾は?」


「今日は、都合悪いんだって」


 手に取った箱を宙に浮かせた一子さんは、底に描かれた日付を確認しました。


「消費期限が短いから…今日2人で食べるしかないねぇ」


「一番楽しみにしてたんだけどねぇ。綾ちゃんが」


「運の悪い子」


 再び机に戻された小箱の包装紙を、佳奈さんが丁寧に解き始めます。


「綾ちゃんは、次の機会って事だね…」


「代金、2人で折半かぁ」


 佳奈さんは、包装が取り除かれた箱の蓋を開けました。


「3個入り」


「1人1個と半分…」


 顔を上げた一子さんが、ニヤリとします。


「─ でも それだと、面白くないよね。」


「え?」


「何かで対決して勝った方が、2個取る事に しよう!」


「一子ちゃんって…そう言うの、好きだよねぇ」


「で、何で勝負する?」


「早くリーマン予想を証明出来た方が勝ち」


「…それ、100万ドルが貰える難問だよね?」


「じゃあ、先に どこに邪馬台国があったかを証明出来た方が…」


「何でお菓子1個のために、古代史マニアに挑戦しないといけないの!」


「だったら…じゃんけん。」


----------


「最初はグー」


 教室に、一子さんが声を響かせました。


「じゃんけん、ぽん!」


 2人の前に、3つ目の手が差し出されます。


「え?」


 驚いて顔を上げた佳奈さんに、新たな手の持ち主は尋ねました。


「で、勝利者には、どんな栄冠が もたらされるの?」


「き、桔葉さん!?」


「机の上のお菓子を…3つ食べる権利?」


 伸びた桔葉さんの手の甲を、一子さんが叩きます。


「1個だけ!」


「…ケチくさいわねぇ」


 躊躇なく お菓子を1つを手に取り、頬張る桔葉さん。


 咀嚼されたタイミングを狙って、一子さんは手を差し出しました。


「500円、頂きます」


「へ…?!」


「物凄く美味しかったでしょ? お・か・し」


 一子さんが、桔葉さんに迫ります。


「私達が割り勘で買った、と・く・べ・つ・な お取り寄せ なんだからね!」


「─」


「まさか、食い逃げするつもり?」


「わ、判ったわよ!」


 ポケットから財布を出しながら、桔葉さんはボヤきました。


「どうして私は…こんな所で、お金なんか払う羽目に なってる訳?」


「これに懲りたら、通りすがりのじゃんけんには、迂闊に混ざらない事だね」


「肝に銘じるわ。。。」

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食べるしかない 紀之介 @otnknsk

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