第23話 面と向かって
「スキルの悪魔と? なんで? そもそも、暴走した時に完全に封殺したはずだけど」
「あなたが封殺したと思い込んでいただけなんじゃないですか? その証拠にあなたはまだ『外道の圧殺』を発動している、おかしいと思いませんか? 一度自分と向き合ってみてはどうです?」
非常に気が進まないが、ルミナが真面目な顔をしていると言う事は何かあるはずだ。ぬるは信じてみることにした。スキル自体は既に再起動しているとはいえ、あれと会話が成り立つのか。
ぬるは胸に手を当てると、深く息を吸い込んだ。あの悪魔は何を言うだろう。そもそもあの場所にいるのだろうか。
《おまえ 都合が良すぎる 認めないくせに助けを乞うなど 何を考えてる》
「!?」
突如、脳内に声が流れる。思わず膝をついてしまう。ルミナが抱えてくれているようだが感触はほとんどない。いつの間にか、何も無い白い部屋に立っている。目の前には、四肢を鎖と楔で繋がれ、背中から巨大な剣が突き出ている男がいる。顔は俯いていて見えない。
「お前は、スキルの悪魔」
《おまえらはそう言うがな 俺は…… 》
そう言うとそいつは顔を上げる。同時に、大小二本の刀が彼の隣に落ち、大きな音をたてる。
――――お前だ、樹利
顔、背丈がまったくぬると同じ奴が居る。だが、隣に落ちた二刀流と、その目は間違いなく死ぬ4年ほど前のぬるそのものだった。ただひたすら自己嫌悪していた、あの時期。師匠に出会わなければ自殺していたかもしれない、今度こそ本当に殺人を犯していたかもしれない。
《どうした 怖いのか》
奴は抑揚のない声でそう述べる。と、鎖が恐ろしい音を立てて揺れる。ぬるは思わずあと退る。しかし、何か言わないと。ぬるは決死の思いで口を開いた。
「怖いさ。お前のままだったら今頃どうなってたか、考えるのも寒気が走る」
《減らず口は達者だな 元はと言えばお前がこの俺を作ったんだ まるで認めたくないと言いたげだな これはお前の過去だ 消せない罪だ 背負わないといけない物なんだよ》
ぬるが奴を睨みつけると、奴もぬるを睨み返す。本当に自分のようだ。鏡に映った自分。それが正論を突きつけてくる。奴はなおも続ける。
《あの時 相手の頭を潰したあの時 お前は何を思った ざまあみろと思ったろ》
「何を! そんなことを思う奴がいるわけない!」
《目の前にいるじゃないか 互いの目の前に もう一度検証してみるか 相手は自分自身だけどな》
奴から鎖が溶けるように消え去り、楔は勝手に抜けた。鞘に収まっていた刀はいつの間にか刃が顕になっている。抜き身の速さは生前の自分以上だ。
《思い出したか お前は 二刀流に憧れて剣道を始めた 好きこそ物の上手なれ とはまさにこの事だ お前は上達していき あの事故が起こった大会に出場できた》
もちろん覚えている、だができるだけ忘れていたかった記憶だ。最近まで八田様や勇者のことで完全に忘れることが出来ていたのに。
《俺の時間はあの大会で止まってる 人を手にかけたあの一撃 殺意のこもった『本物の魔剣』あれは事故じゃない 故意だ》
「違う!」
《いいや その通りだ 本当に人を殺めた人間は 事故であれなんであれ【人殺し】と自分を責め続ける お前はそれを【事故】と割り切った》
「そんなことは……!」
《認めろ 悔いろ 背負って生きていけ》
両肩に刀が振り下ろされる。構えはとったが、自分は今何も持っていないことに気づく。そうだ、ここは現実ではない。そう思った途端、切り裂かれる感触が全身に走る。しかし、なぜか痛みは感じない。代わりにどす黒い煙がわらわらとあふれ出してきた。この煙、外道の圧殺を発動した時に発生するもやにとても良く似ている。
声が耳の奥にねじ込まれるかのように入ってきた。
「オ”ネェチ”ャン”」
「うわぁ!!?」
《野郎 介入してきやがった どれだけ執着しているんだ 本人でもないくせに》
もう一人のぬるの声がそういうと、もやが消え去る感触がある。途端に意識がどんどん戻っていく。色のない部屋に色が付いた。ぬるは、一気に部屋の中に帰っていた。横ではルミナが心配そうな顔をしている。フリートはどこに行ったのだろうか。と、思っていたら蒸しタオルを持った彼女が部屋に入ってきた。無言で手渡されたそれを、ぬるは静かに目じりに当てる。少しすると、涙が出てきた。今まで精神攻撃を受けていたからなのか、突然八田様が乱入しようとしてきたからなのか。蒸しタオルで顔が覆われていたおかげで涙はだれにも見られてはいない。だが、もう一人の自分はずいぶん気になることをいくつか言っていた。
《本人でもないくせに》しばらく前にも正村が言っていた。「あの八田様は自分を選んだ八田様とはまた違った存在である」と。初めて正村に言われたときは何を言っているのかさっぱりだったが、今はわかる。あの執着、追い回し方。伝承からずいぶんとズレたものに違いない。あれは名前が同じだけの歪んだものだ。逃げれたらあきらめるのが本当の八田様だったことを思い出した。
「……ありがとうフリート、少し落ち着いたよ」
「よかったですマスター。何を見たかは聞きません」
「…………ありがとう」
再び目を開けたぬるは蒸しタオルをゆっくりとどかす。課題は山積、自分の問題がまた増えてしまったが、これは致し方ない。そして八田様だが、突破口が見えた。奴がわざわざ精神の最奥部に侵入してきたおかげで魔力の探知が可能になった。ラインが一本つながったのだ。さぁ、反撃開始だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます