第8話 破壊者
「次はお前だぜ、冒険者」
ぬるは振り向くと、陣に到達した光り輝く剣の持ち主に刀を向けた。その男は、信じられないと言った顔で立っている。
「そいつは……魔王の右腕、ベルゼバレル。『悪逆』の化身として恐れられていた奴を……どうやって…!?」
「はい? ……なんだ、魔王じゃなかったのか。道理で弱いわけだ」
素直な感想を述べたぬるに、彼は怒りの顔をする。その理由がさっぱり分からないまま、まあいいやとばかりに刀を振り上げる。
すると、刀に黒いエネルギーがまとわりつき、細身の刀身が倍近い大きさに変化する。
「更新したからバージョンは3.2かな」
「バージョン……?」
ぬるは刀を振り下ろそうとする。その時に広がった刀身が前に迫り出し、先端部が鮮やかな軌道を描きながら飛翔した。
「シュウ、危ない!!『ローズウォール』」
後ろに控えていた双子の片方が、杖をあげて唱えると地面が隆起し、強烈な匂いを放つ花の壁が作られる。刀身は壁に突き刺さったが貫通はできなかった。
すると、後ろからルミナが飛び出す。
「任せてください! 『
「今だ」
地面と一緒に花の壁がバラバラになって消える。壁の向こうのシュウが飛び込み、その剣を振るう。なかなか出来る、とぬるは感じた。素人の攻撃なら刀を合わせるまでもなくかわせるが、彼の攻撃は全て防御しないと斬られてしまう。しっかりと腰の入った一撃をいなしながら、足を突き出してシュウのバランスを崩す。
「うわっ!」
「正々堂々と戦うマヌケは居ないんだよ、あの世でよく反省するといい。……秘剣・『左連乱斬』!」
この秘剣は、ぬるが生前に師匠から唯一教えてもらった技である。他の技は全て、自分で作り出した技だ。この技は、左から三つの斬撃を繰り出す事で相手の意識をすべてそちらに向け、がら空きになる右半身を切断する『認識の死角を付く、不可避の斬撃』だ。
【させません】
「あ?」
透き通るような声がすると、急に左の斬撃が消えた。同時にシュウの顔もこちらに向く。
「なんだと!? どういう事だ!?」
「貰った、面の男!」
いつの間にかシュウに、背後を取られていた。目の前には光り輝く羽の生えた何かが、ふよふよとしている。さらに、下から大量のツタが発生してぬるの動きを止めた。
「あぁ!? なんだお前! 何者だ!?」
【私はシューバリエの守り神です。守り神の名にかけて、彼への危険は止めます】
「守り神だと!? ふざけてんのか!?」
剣が振り降ろされた。ぬるの目にはスローモーションで映っている。これでは斬られ、死んでしまう――――
「死ぬかよ……俺はあの人たちに恥じる死に方はしないって決めたんだ! 何としても生きるぞ…………!」
ぬるの意識が遠くなる。残ったのは、『生きたい』『こんな不条理認めない』。
――全員叩き潰す。
「ウォオオオオオ!!」
黒いオーラではなく、赤紫のオーラがツタを吹き飛ばす。ぬるは振り下ろされた剣をがっしり掴むと、握力だけでその剣を折る。剣から光が消え、先端が地面に刺さる。
ぬるが勇者達の眼前から消える。次の瞬間、シュウではなく守り神に襲いかかる。
「そんな! 私に触れるのは神様たちだけなのに!」
「テメェから始末してやる……! 『××××』!」
「その詠唱は……!?」
言い終わらないうちに、守り神が石化する。
狂気に満ちた笑みを浮かべたぬるはそれを蹴り壊すと、また消え、次は双子の前に現れる。
「!? ローズ――」
「おせぇよ……! 『アルファストーム』!」
彼女らの前が赤く光ると、土や木などを巻き込んでオレンジ色の竜巻が発生する。双子は巻き込まれて見えなくなった。さらに消えると、シュウの目の前に現れる。
「消え去れ……勇者も魔王もなァ!!」
「み、みんなが……!」
「『ガンマブラスト』!」
同じくオレンジ色のレーザーが襲う。地面に巨大なあとが残るほどのパワーに対して、攻撃無効で対処するシュウ。しかし、このレーザーには『無敵貫通』『アンチアビリティ』が付与されており、能力で干渉することも無敵で守ることも出来なくなっている。
それをまともに食らった彼は木の葉の様に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。弱々しいが、まだ動いている。ぬるは、とどめを刺さねばとゆっくり歩き出した。体からは未だに赤紫のオーラが放たれている。しかし体が重い。頭が痛い。まるで意識と体を動かしている人が別の人間であるかのように一致しない。気絶した方が絶対に良いと判断しているのに、体だけ先に進んでしまう。
ルミナがぬるの目の前に降り立ち、両手を広げて通せんぼする。
「ぬるさん! これ以上はダメですよ! あなたの体が持ちませんから!」
「進む……チートは……許さねぇ……」
「そういうあなたもチートだということを忘れてはいけません! 1度寝てください!」
鳩尾に衝撃が走る。意識がふっつりと途切れた。
――夢を見た。自分が病気になる前の、元気な頃の自分を見た。いまさら戻りたいとは思わないが、何でこんな世界は不条理なのだろうと運命を呪った。その時からだ、チートで不条理とは無縁の活躍をするラノベにハマったのは。しかし、ぬるは自分の性格上主人公ではなく、悪役やモブに感情移入するタイプだったため、やはり不条理だなぁとずっと思っていた。もし出来るのなら、そういうものを全部潰せたらと考えた。改変できれば……
「……ん! ぬるさん!」
「…………ルミナ……ここは?俺はどうしたんだ……?」
「ここはダンジョンですよ。あなたは外道の圧殺が暴走して、体に過剰な負担をかけたんです。1週間寝たきりで心配したんですからね!!」
よく見たら改悪して作ったベッドや机がある。何とか作った自室のようだ。泣きそうな顔をしているルミナに手を伸ばす。頭に手を乗っけると、軽く撫でた。
「悪かったな。実は記憶が全くないんだ、夢を見ていたが……」
「ぬるさん……そんなことよりも良かった……今日は私がご飯を作りますよ!」
「エッ……あのダークマターを……?」
思わず、と言った感じで漏らしてしまったぬるは、 病み上がりにも関わらずルミナに腕をねじられて悲鳴をあげた。
「た・べ・ま・す・よ・ね?」
「ハイ……」
死んだ魚の目かつ、棒読みの「食べます」を聞いたルミナはにこやかにダンジョンの奥に引っ込む。くそ、これじゃ2度目のガンになっちまう!
そう言えばあの勇者、名前は覚えていないが強かった。守り神の妨害さえなければ狩れたのだが……チートはやはり不条理だ。自分の能力だって『何にでも』という字面がチートに見えるが、弱点はかなりあることがわかった。
弱点は少しづつ直していけばいいとして、当面やることはダンジョンの改造と金策、体力の回復だ。
ひとまず何をやるかだけ考えたので、もう少し寝ようとすると明らかなお焦げの匂いが漂ってきた。もう吐きそうだ。
「ぬるさん! ルミナ特製の……ハンバーグですよ!」
「ヒェ……」
中までしっかりと火の入った爆弾と見分けのつかない黒さのハンバーグが出てきた。
覚悟を決めて食べる。
やっぱり臭いし美味しくない。でも前に比べれば食べれる程度の味にはなったかな、などと高評価を下しながらもそもそと晩御飯を食べる
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