この勝負、譲れない


 この関係をなんて言えば良いんだろうか。

 ライバル、好敵手、敵対関係、悪友、ケンカ友達――ケンカップル。いや、クラスメートからそう言われているの知っているけれど、改めて言うのはちょっと止めてくれ。変に意識しちゃうから。


「友也は何点だったの?」


 今回は数学の少テストだった。優香は10点。俺は9点。見事に彼女の勝利だ。

「多崎、命拾いしたな」


 俺はわざと鼻を鳴らす。前回の英語の小テストは俺の勝利。一進一退の攻防が続いているのだ。テストも、体育競技も、学食でのラーメン早食い決戦も、グランド環境整備も。


 でも――と思う。本当はそういうことを言いたいんじゃない。本当は優香って名前で呼びたい。よく頑張ったよって言ってあげたいのに。売り言葉に買い言葉で、つい憎まれ口が出てしまう。


 ふんっ、と優香はそっぽを向く。


 普通にすごいよな、って言いたいのに。今度、俺に数学を教えてくれない?

 それすら言えない。


 優香との勝負以前に、俺は俺に負けている。

 未だに勇気がもてない自分が憎たらしかった。





■■■





 眉をひそめる。今日の勝負は終わったというのに、俺はまたしても優香に呼び出された。

 まさかのこの季節、屋上にだ。

 風がびゅんびゅう吹く。


 季節は冬。12月だ。暖冬とは言え、頬に突き刺さる風が痛い。

 俺の目に優香が対峙する。

 血走った目で、睨んでいる。敵対心をまるで隠す素振りがなかった。


(どうしたものかな)


 俺は小さく息をつく。

 こうやってジャレあうように毎回勝負をする関係、実は好きだったりする。でも、ちょっと欲が出てしまった。普通に話したいのだ。恋人のうように――そこまでは図々しく思わない。


 ただ、普通に友達でいたい。それだけで俺は満足するから。

 でも、今はその関係すら構築できない。


「あと5分で終わらせてほしいんだけど。それで良い?」


 俺は言う。呼び出されたのはいいが、そこから何も話が進まないのだ。

 ただ寒さからか、プルプルと優香は体を震わせる。


 このままじゃ、優香が風邪をひいちゃう。むしろ、そっちが心配だ。


 俺がため息とつくのと、町内放送のが告げる夕方のチャイムが鳴り響くのは同時だった。


「帰ろうよ。勝負はいつでも受けるから、さ」


 そう踵を返した瞬間だった。


「友也っ!」


 あらん限りの声で、優香は俺の名前を呼ぶ。

 風が吹き抜けて煩いけれど、確かにその言葉が俺の心んの奥底まで貫通していく。


「友也のことが好きなのっっ!」


 膝から崩れ落ちる感情。もう自制できるはずがなかった。





■■■




 屋上の隅。少しでも風を避けるように、俺たちは体を寄せ合っていた。


「あ、あの多崎――」

「名前で呼んで」

「あ、うん。ゆ、優香……」


 いつも心のなかで呼んでいたクセに、いざ声にすると心拍数が跳ね上がっていく。寒くて顔が冷たいはずなのに、頬が熱い。


「たまに私のこと、名前で呼ぶの。本当にズルいって思ってた。そのくせ、いっつも勝負ばかりで、さ。私は普通にお話がしたかったのに……」


 俺は目を丸くした。心の声が漏れて、名前呼びしていたの、俺?

 いや、それよりだよ?


「普通に話をしたかった?」

「……だって。別に勝負なんかどうでも良かったし。ただ、共通の話題を作ろうって思ったら、これしかできなかっただけだし」


 同じことを思っていたのかと思うと、苦笑が浮ぶ。


「俺も、普通に優香と話したかったよ」

「うん……」


 とまで言って、優香は俺の目を覗き込む。


「それなら、今回は私の勝ちだね」

「へ?」

「私が勇気を振り絞って、告白したから」

「そ、それは――」


 優香の言うとおりだった。俺はむしろ友達で良いとすら思っていた。まさか優香がここまで想ってくれていたなんて、思いもしなくて。こみ上げてくる幸福に、頭がクラクラしてくる。


「友也が勝とうと思ったら、それ以上のことをしてもらわないと、だね」


 勝ち負けじゃないと思う。優香が言いたいことはそういうことじゃないだろう。

 だから、頭がカッと熱くなることもない。以前なら売り言葉に買い言葉で、喧嘩腰だったと思うけど。


 俺はすこぶる冷静だった。


 優香が勇気を振り絞ってくれた以上、俺だって同じくらい勇気を見せないと。そう思う。


「ゆ、優香。目を閉じて」

「声、震えてるよ? 緊張?」

「だって、こんなこと。初めてだから」

「うん。そう考えればさ。私、最初から負けていたのかもね」

「へ?」

「友也のことが好きだからさ。そりゃ勝てないよね」


 ふふっ、と笑う。


 撃ち抜かれたのは。

 貫通してしまったのは。

 誰なんだろう。

 冬は日が落ちるのが早い。それがかえって好都合で。遠慮していた気持ちが、もう抑えられない。


「優香」

「友也?」

「……好きだよ」


 恥ずかしいけれど、勇気を出せば意外と何てことなくて。言葉に乗せて、唇で触れて。その気持ちをこめる。

 麻痺してしまったかのように――体も心も熱かった。





 だって――この勝負、譲れない。






________________



12/11:第191回二代目フリーワンライ企画参加作品。

【お題】


貫通

命拾いしたな

五分で終わらせて

夕方のチャイム

膝から崩れ落ちる


全て入れました。

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