僕がいない秘密基地


 何気なくアルバムをめくりながら、羨ましさを感じてしまう。

 彼女は恥ずかしそうにしているが、この幼い時期を経て、今がある。ましてこの時期は自分がいないのだから。写真にこうやって、彼女の笑顔が残っているのは本当に嬉しい。


「冬君、そんなにしっかり見られると、恥ずかしい……」


 そう言うが、オセロで俺が勝ったんだから、仕方ない。彼女が保育園や小学校の時は活発だったのが見れた。これは本当に新しい発見で。

 と、俺は目を丸くした。


「コレ、すごくない?」


 と指差した写真は、大木を支柱に木の上に建てられたログハウス――つまり、ツリーハウスで。

 PTAおやじの会と、クソガキ団作製とある。

 おやじの会は、まぁ分かる。男性――つまりパパさん有志の会だ。学校の補修工事や、夏祭りのヘルプ等、たまに活躍を聞く。でも――。


「クソガキ団?」

「あ、う……。この写真抜くの忘れてた……」

雪姫ゆき?」

「保育園からの幼馴染達チームのこと。私達、お父さん達にそう呼ばれていたから」


 雪姫は顔が真っ赤だ。保育園時代や小学校低学年時代の彼女は、いじめっ子を撃退するほどの正義感を持ちあわせていたと、友人からタレコミを受けていた。でも未だ信じられない――がどうやら、実態はそれ以上のようで。

 ただ雪姫の、ぷーっと膨れ上がった頬を見ると、これ以上の言及は難しいように感じる。だから俺は話題を転換させることにした。


「このツリーハウスってまだあるの?」

「多分。大分、老朽化していると思うけど……」

「もしあるなら行ってみたいなぁ」


 それは当たり前だけど、その当時を一緒に過ごしてみたいと一瞬でも思ってしまった俺のワガママが消えなくて。よっぽど、行きたそうな顔をしていたんだろう。


「もぅ、仕方ないんだから」

 雪姫は諦めたように、小さく苦笑を浮かべて見せた。






■■■





 ハイキングコースをくねくねと登っていくこと15分。目的のツリーハウスについた。木々が鬱蒼と囲っているので、一見してツリーハウスと分かりにくい。でも縄梯子と、確かに木の上のいはログハウス風の雪姫達の秘密基地があって。

 見ると、雪姫は懐かしそうに秘密基地を見上げて――縄梯子を掴もうとする。


「あ、雪姫」

「え?」

「その、俺が先に上がらせてもらって良いかな?」

「冬君、そんなに秘密基地に一番に上がりたいの?」


 ニコニコして雪姫は言う。「冬君もやっぱり男の子だね」


「いや……。そういうことじゃなくて、さ」

「え?」

「だって、雪姫。スカートじゃん。それは、流石にマズイと言うか――」


 慌てて雪姫は、スカートを抑える。いや、まだ見てないよ。見上げてすらないし。見ようともしてないからね?


「ふ、冬君のエッチ!」

「い、いやあの、まだ見てないのに、それヒドくない?」

「う……私を恥ずかしくさせた罰!」


 無茶苦茶だ、と思う。でも今日の雪姫はまるで余裕がなさそうなので、それも仕方が無いか。そう思って、小さくため息をついた。





■■■





 想像以上の見晴らしの良さに目を見張る。ハイキングコースを抜けて、街が眼前に広がる。これは気持ちが良い。雪姫も同様に感動した表情で、広がる景色を見やる。


 この街は盆地のなか、切り開かれたので、周囲が山に囲まれている。そのなかで、窮屈そうに寄せ合っているビルの群れ。いつもはあそこで自分たちが生活を繰り返しているのに。ココにいるだけで、自由を得たような開放感を感じてしまう。

 自然と、雪姫と手をつなぐ。


「思ったより小さい」

「え?」

「この秘密基地が、ね」

「子どもの時は、もっと広く感じたのにね」

「そうか」


 ふっと微笑む。雪姫がお転婆のままではいられないように。いつまでも背丈が、その時のままでいられないように。時は進んでいく。それが当たり前のことで。振り返ることはできなくて。


「でも、悪くないって思ってるんだよ?」

「ん?」

「だって、巻き戻してしまったら、冬君と会えるのはまだまだ先になっちゃうから」

「そうか。そう思ってくれるなら嬉しいかな」

 そういつもより、ちょっとだけ近く肩を寄せ合おうとした瞬間だった。




「侵入者がいる可能性があるぞー!」

「おー! てってー的に探せー!」

「しらがつぶしだー!」


 ワンパクというだけの表現では足りない少年少女の声が反響した。

 うん、『虱潰し』だね。





■■■





「冬君、こっち!」


 と雪姫が手招きをする。と、床板を外す。降りればそこはツリーハウスの支柱となっている太い枝で。

 と言っても、高校生二人が座るにはちょっと狭い。

 自然と、雪姫と俺の肩――どころか頬と頬が擦り寄るそんな距離で。逃げる必要は全くなかたっと思うのだが、俺もつい床板を元に戻していた。


 息を潜めて。

 彼らが走り回る足音を聞きながら。

 それよりも、雪姫の息遣いが近くて。ちょっと顔を動かしたら、雪姫の唇に頬が触れてしまいそうな、そんな距離で。

 自然と、心音が脈打つ。


「ドキドキしてる?」


 雪姫が俺に囁く。ドキドキしないワケがない。こんなにも近くて、こんなにも意識してしまったら。


「あ、ごめん」


 体のバランスをが崩れそうになった。

 触れた。

 暖かい温度が。

 少し湿った感覚が。

 一瞬の接触が。

 唇と、頬が。

 二人の温度を刹那、熱くする。


「そ、その……ごめん」

「私こそ、ご、ごめんなさい」


 何がとはお互い触れることはできなくて。でも、繋いだ手なら互いに何故か離そうとしなかった。





■■■





 無言で、道を下りながら。

 手を絶対に離さないようにしながら。

 言葉はなくて。

 でも、それが妙に心地よく感じて。

 ど――静寂を、彼女が破った。


「冬君?」

「なに?」


 ようやく彼女の顔を見ることができた。

 黄昏時。夕陽が俺たちを――この景色ごと、茜色に染める。有り難いことに、頬の熱さまで隠してくれて。


「秘密基地で、冬君と大冒険できた」


 すごく嬉しそうに、雪姫は笑って。

 これを大冒険と言えるかどうかは分からない。


 雪姫が秘密基地で冒険をしていた時分、当然、俺はいなくて。

 だから、雪姫の幼馴染達に対して一抹の寂しさを感じてしまっていたのは事実。


 でも、今日の冒険は――俺と雪姫しか知らない。

 それが、すごく良い。そう思ってしまう。


「うん、大冒険だったな」

「うん、冬君と大冒険できたよ」


 二人でクスクス笑いながら。その手を離さずに。

 これから、もっと雪姫と大冒険をしたいし自分達だけの秘密基地を探したい。

 それが、すごく良い。そう思ってしまう。


「これからも大冒険したいな」

「うん、冬君と冒険したい」


 そう雪姫も返してくれて。


「明日は冬君の秘密基地お家に行っても良い?」

「もちろん」


 影が寄り添う。暖かくて、時に胸が焦げそうで。抑えきれなくて。苦くて。雪姫のことしか考えられなくて。その声や温度を感じただけで、こんなにも甘くて。




 だって――君との冒険は、まだまだ始まったばかりだから。





________________


ノベルアップ+様で開催中の

夏の5題小説マラソン 参加作品。

「君がいるから呼吸ができる」より

冬希と雪姫でした。



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