好きという言葉だけじゃ、全く足りなくて
年齢を重ねたら、その分何かを置き忘れてくる。あの時のように、確かに新鮮な気持ちじゃなくて。当たり前を重ねていて。
自分の手の平を見る。肌荒れが気になる。おまけに垢切れしてるし。
――夫婦って、経年劣化するよね。旦那でトキめくとか、無いわぁ。
――置き物って感じよ。邪魔だし、何でいるのかって思う。
――向こうだって、若い子が良いわけでしょ。年甲斐もなくアイドルとか、正直、キモチワルイけどね。
――たまに家事を手伝ったくらいで、ドヤ顔するでしょ? こっちは毎日やってるから、なんか無性に腹がたつっていうか……。
彼女たちは楽し気に笑う。
みんな、似たようなことを言う。私は、そこに同調してあげられないので、曖昧に聞いてあげることしかできない。何が面白くて、何が可笑しいのか私には全く理解できなかった。
チン。オーブンレンジの音で、現実に引き戻された。
「ああいうママ友って、お母さんに一番向かないよね」
そう言ったのは長女で。私は小さく微笑んだ。
でも――と思う。結婚して15年になった。一緒にいることが当たり前になって。でも、置き物だなんて、そんな風にはちっとも思えなくて。
もっと言葉を交わしたいし、もっと触れたい。一日一日、見せる表情に新しい発見をしてしまって。見飽きたって感覚が分からない。
だけれど――自分の手の平を見て思う。それこそ経年劣化だ。おばさんと言われる年になったのは確かで。他のパパさんと同じように、彼もやっぱり若い女性が良いのだろうか。
そう考えると、色々なことが不安になってくる。
「結婚記念日、憶えてくれているといいなぁ」
そう言うと、長女は呆れ顔で苦笑を浮かべる。オーブンからシフォンケーキを取り出しながら。
「お母さん、去年もそうやって心配してたよ。お父さん、自分の誕生日は忘れるのに、そういうところはしっかり憶えているからね。心配するだけ損だって」
「うん……」
娘に励まされるのもどうかと思うが、やっぱり心配になってしまう。
総力戦で次から次へと、今日のディナーメニューが完成していく。
エビフライ、赤ワイン煮込みのビーフシチュー、チキンサラダ、お刺身。全部、彼の好きなメニューで。
と、チャイムが鳴った。
チラッと娘を見る。
「はいはい、行ってらっしゃい。残りやっておくから」
半分諦めたような口調で長女に、押し出されるように送りだされた。
■■■
私は目を疑った。
薔薇の花束を抱えて、彼は気恥ずかしそうに立っていて。
「えっと、毎年、照れちゃうんだけどさ。
薔薇の花束を彼が差し出そうとするより、早く。もっと早く――衝動が、私を突き動かす。
気付いたら、彼の胸のなかに飛び込んでいた。
年甲斐もない行動に、自分自身が戸惑うけれど。
「おばさんで、ごめんね――」
そんな言葉がつい漏れてた。でもその言葉を彼はあっさり塞ぐ。
空いている方の手で、私を抱き寄せ、その胸にまで引き寄せられて。
「また、いらない心配をしたんでしょう?」
彼は囁く。
「年齢で君を好きになったわけじゃないんだ。君だから、好きになったんだよ?」
また、そんなことを平然と言う。目頭が熱くなって――出会ってから、結婚してから、それなりの時間が経過しているというのに。
今でも、こうして胸が苦しくなる。これじゃ、まるで初恋の少女のようで。
好きという言葉だけじゃ、全く足りなくて。
■■■
「料理は完成したんだから、早めに切り上げてくれないかなぁ」
台所から、あの子のぼやく声が聞こえたけれど。ごめんね、あと少し。もう少しだけ。
好きという言葉だけじゃ、やっぱり全然足りなくて――。
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Twitterで八街・アザとー・ヒサシ(ボケ担当) @aza92036459 様主催
ワンデイライティングに参加させていただきました。
テーマ「おばさん」
あざとー先生らしい(笑)
なんとか参加できてよかったです。
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