バレンタインは狂わせる
唇を噛む。私の開発者は最近、よくあの
変わったのは、あのサンプルに関わったせいだろうか。
【実験凶】と言われたあの人は、私たちを開発した。
あの人は、数多くの実験の果てに私たちを作り上げた。きっと、私たちを踏み台に次のサンプルの研究開発に没頭すると思ったのに――意外にも、まるで自分の子どもであるかのように私たちを扱うことに戸惑う。
あの人は研究は進め、重ねている。
それでも、たくさんの犠牲の上に成り立つサンプル研究を否定するかのように、私たちの精度を向上させることの方に興味をもっているようで。
通りすがりの青春を謳歌中のクラスメートが「今日はバレンタインだね」とテンション高く通り過ぎていく。浮かれてバカみたい、と思いながら。
あの
私たちに青春が謳歌できると思っているのなら、なんて甘い。
鼻で笑いながら踵を返そうとして――相手の彼が嬉しそうに微笑むのが、瞼の裏に焼き付いたのは、どうして?
これは、気の迷いだ。
あの人に、こんなことをしても「ムダなことを」と、きっとゴミ箱に捨てられる。やや軟化したとは言え、あの人は【研究凶】と揶揄される程に、寝食を忘れて研究をするし、四六時中、サンプル研究のことしか考えていない。
そんなことをする暇があれば、スキルの精度を上げろと彼なら言う。きっと言う。
「ほたる?」
彼は顔を上げて、目をパチクリさせた。サンプル名ではなく、人名で呼ぶのもつい最近のことだ。それだけで、戸惑ってしまう。
「……あぁ、そうか。今日はバレンタインか」
と言って迷うことなく、包装を受け取る。普段とはうって変わって、優しく包装を剥いでいく。
「チョコか」
「バレンタインだからね」
「ビールじゃないんだな」
「バレンタインだからね」
「……バレンタインだもんな」
と言いながら、チョコに齧り付く。
「甘いな」
「チョコだからね」
「チョコだもんな」
なんなんだろう、この会話はと思いながら。
あの人は、美味しそうにチョコを頬張っていく。
この微妙な気持ちはなんなんだろう。
あの人が私たちを作った。
私たちは、あの人に作られた。
あの人が命令をしたら、私達はそのように動く。誰かを消せと言われたら、そのように消す。そこに疑問は一切感じないけれど。
疑問なのは――この気持ちはいったい、なんなんだろう?
変わったのは、あの人なんだろうか。私なんだろうか。あのサンプルなんだろうか。バレンタインとかいう、賑やかしの国民行事がそうさせたのだろうか。
唇についたチョコの残滓を、この指で拭って――私は舐める。
あの人は目を丸くして、私を見た。
お構いないしに、そっぽを向く。
浮ついたバレンタインなんて行事が、ガラにもなく私を狂わせる。
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