チョコレートより甘く
バレンタインが、女の子が男の子に愛の告白とともにチョコレートを贈る。それは小学校高学年ともなれば、その意味も理解できてくるし、そもそも本当の意味で理解なんかしていない。
なんとなく、なんとなく。
なんとなく、ただ。恋や愛という言葉に敏感になっているだけで。
――オトコが、チョコレートだってよ?
だれがが囁いた。露骨に聞こえるギリギリの範囲の囁きで。
どよめき。
あの子の動きが止まる。
なんで? と思う。
あの子はお菓子を作るのが好きなのは、みんな知ってるはずなのに。
なんで、そんなことを言う必要があるのか。
――キモいね、マジで。
ギリッと唇を噛む。
あんたは、去年、美味しい美味しいって頬張ってたじゃないか。
――あいつ、オトコにもオンナにもチョコ、渡してたぞ?
――知ってる、そう言うのって両刀使いって言うんだって。
笑い声が弾ける。
なんて、そんな卑しい笑い方ができるのか。
あの子の手からチョコレートが落ちた。
感情が決壊したのがイヤでも分かる。
だから、弾けた。
私の感情が、弾けた。
感情のままに、バン、と机を叩きつける。
「そんなに欲しくないなら、もらわなけりゃいいじゃない! 全部、私がもらうから!」
気持ちに任せた言葉は、火種でしかなくて。
売り言葉に買い言葉、売った文句は喧騒に呑まれて。
あの子のチョコレートは、包装ごと踏む潰されて。
私の理性は、多分、この瞬間に吹き飛んだんだ。
「何も、君が怒る必要はなかったんだ」
もう15年以上経っている。そろそろ、このことを蒸し返すのはやめてくれないか。
「でも、嬉しかったよ」
彼は言う。にっこりと、満面の笑顔で。
私たちは二人で、ガトーショコラの調理にいそしむ。
君が作ったクラス全員分のチョコをやけ食いして、食べたのはいい思い出――と、とりあえず思わせておいて欲しい。甘いのがダイキライの私の末路は――それはそれは思い出したくない。
でも、君の少し大人なガトーショコラなら、食べられた。
「一番チョコ渡したい人に、チョコ渡せたから、なおさらね」
「それは、聞き飽きた」
「奥様がなかなか聞いてくれないからねぇ」
「だから、子どもがいる前で言うな」
「お父さんとお母さんって、レンアイ結婚なの?」
「ませたこと言うな」
「えー、教えてくれたっていいじゃない!」
「今度こっそり、ね」
「教えなくていい!」
「私は甘いケーキがいいなぁ」
「ごめんね、今日はお母さんの為のケーキだからね」
ニッと彼は笑う。
甘くないケーキなのに、とびきり甘い。この人の唇はもっとあま――甘い?
今この瞬間、私の理性は吹き飛んだ。
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