美少女×俺=不釣り合い。

渡良瀬りお

第1話爪先立ちの嫌われ者

一斉に立ち上がり礼をする習慣は、いつからの風習なのだろうか。

ニス臭い正方形の木目調タイルは長いことゴムが擦れていた所為だろう、消えない線が幾つも交差して先代の歴史を感じさせる。

隙間に挟まったシャープペンシルの芯は、何処か悲しそうだ。

ギギギギギ。

椅子を引く集団は、地面に足を滑らせ、教室内に不協和音を奏でる。

スマホを片手に先生の視界外で操作する匠の技。よくもまあバレないものだ。

「気をつけ。礼。おはようございます」

心の籠もっていない、機械化したような作業的にも聞こえる声で反響するのだ。

「はい、おはようございます」

「着席」

ギギギギギ。

不協和音第二ラウンド突入。


曇り。

朝から頭が嫌に重たいと思えば、そうか。今日は低気圧の影響で頭が痛いんだよ。

そう。別に徹夜でゲームをしていた所為ではなく、低気圧の所為。

目つきが悪いのもきっと低気圧の所為。

席に着くとどうしてだろう、顔が机に引き寄せられる。眠くてとかそう言う訳じゃ無いのだけど、こう、顔をつけたくなる。

この机、俺の事を誘ってるんだろうか。やだ、一緒に寝るなんてはしたない。何言ってんだ。

それにしても、この誘惑はいけない。非常にいけない。

あ、引き寄せられる。ちょっとだけ目閉じてもいいかな。

「一之瀬、聞いてるのか」

「聞いてます」

それはもうめちゃくちゃに背筋を伸ばして、キリっと言ってやった。

ウトウトとかしてない風に装って。もうまるで、最初からキリっとしてましたよみたいな面持ちで。

「・・・川田と一之瀬、あとで先生のとこまで来るように」

そんなものは当然看破されている訳で。

いや、うん。聞いてるのか確認された時点でバレてるに決まってる。なんでイチかバチかバレてないと思って平然を装ったんだろう。馬鹿なんじゃないかな。

と言うか川田お前、お前もウトウトしてたのか。誰か知らんけど。

そうしてホームルームが終わるのである。



†    †    †    †



「めんどくせー・・・」

高校二年の春。

一般には一番楽しい思い出を作る時期。

修学旅行もあったりして、一学年の時とはまた別の、やんわりとした緊張感がある、とても有意義な時期。

彼氏彼女でやいのやいのと騒ぐ青春の男女。滴る汗も輝きも、全てが美しく煌めく時期。


しかしながら、光には影があるように、ただひたすらに嫌悪と侮蔑を浴び続ける者もまた存在する。

誰か?

俺だ。

原因は俺の知る所では無い。しかしまあ、ほんの少しばかりの目星ならつくのだけど。

オープンオタというものを知ってるだろうか。

趣味を隠さず、それでいて周囲に溶け込む一般性も兼ね備えるオールマイティアイデンティティの持ち主。

それには賛否両論あるけれど、失敗しなければ基本的に受け入れられる部類では無いだろうか。

俺は別にオープンオタを盛大にしくじって敵を作った挙げ句嫌われ者になった訳では無い。

と言うか友達が居ない。悲しいね。

そもそもオープンなど毛頭するつもりもなければ、していないのだ。

じゃあなんで嫌われてるのか。それが分かったら楽なんだけども。

机居眠り症候群を発症してる時に奇声でも発してるのだろうか。机に突っ伏しながら『キェェェェ!ウォ、ウォ!あはははは!』みたいな。なにそれきもい。

先生が精神科を進めてくるのもそう遠くない未来かもしれない。

いや、奇声なんて発してないんだけれども。

どこかしらから聞こえてくる囁きがあるのだ。

あいつはオタクなんだと。

間違いは無いし、もし聞きに来るような酔狂な輩が居たのなら、素直に答えよう。

しかし、酔狂者はおらず、噂ばかり独り歩きして行くのである。


中学の頃だろうか。

別段、友達が居た訳ではないけど、別に嫌われてはいなかった。

教室の端で本を読んでるような、クラスに一人はいるヤツ。

まさしくそんな感じだったのだけど、何故だろう。突如俺に対する陰口が増えたのだ。

視線を感じ、振り向くと目は逸らされて、本に目を移すと今度はくすくすと笑いが起きて。

休み時間にすれ違うと舌打ちされたり、間接的な悪口を言われたり。

二次元が好きと言いふらしたことも無い。そもそも話す相手が居ない。

無関心であるべき俺への見方が唐突に嫌悪の対象になった時には動揺を隠せなかった。

目立った行為をしていなかった俺が、どこぞの小僧の陰謀か、一之瀬は嫌われ者という周知の沙汰になっていたとさ。


回想終了。

そこかしこで囁かれる俺に対する嫌み。

向けられる冷ややかな視線。

これは相当、精神に悪い状況だ。

人間、慣れと言う言葉があるが、これだけは慣れない気がする。と言うか、慣れたら終りな気までしてくる。

さあて、そろそろ死にたくなってきてもおかしくないぞ。

それにしても、よく飽きないな。

嫌いなのは分かるんだけど、毎日毎日懲りずに悪口を吐き続ける事が出来るって最早才能。人の悪いところを見つける天才。

興味の無い人間には向けられない負の感情が漂っている。

と言うか、すっごい俺の話するよね。何、もしかして俺のこと好きすぎてクラス全体でツンデレしてるの?何それ誰得だよいっそ殺せ。

しかし、俺を嫌いな奴が居るのは重々承知なのだが、やはり無関心な奴らの方が多かったりするのだろうか。

全員俺のことが嫌いではあるけど、その中で俺を貶し続けるのは少数か。

まあいいさ。すぐにでも何かしらのあれがどうにかしてくれるさ。

他力本願を超越した俺の願望を叶えてくれることの無かった神様マジいい性格。


そんなこんなで今日も今日とて相も変わらず精神に大きなステータス異常を食らった俺なのだが。

放課後、出来ることと言えば寄り道せず、すぐに下校することくらいだ。

なんだそれ何処の模範生だ。小学校ならお母さんにいいこいいこして褒められちゃう。

通っているこの高校は自転車で大体10分くらいの距離。

途中にコンビニもあるけど、そこには高校生がたむろしやすいから近付かない。危ないもんね。

両立スタンドの特に変わった所の無い平凡な自転車に跨がりペダルを踏み込んだら敵の居ない晴れやかな街へ遁走。

街の住人は俺を嫌ってない。ああ、なんて気持ちの良い無関心さ。

目立ちたい盛りの高校生が無関心に感動してる絵面は奇妙。


特出する事の無い普通の住宅街を少し走れば家に到着。

三段の階段を上がって車庫もどきに自転車を止めて、鞄のファスナーを開けアルパカのキーホルダーが付いた鍵を取り出し、鍵穴に差し込み手首を捻れば家の中。

リビングに用は無いが、手でも洗って二階の自室に引きこもるとしよう。

「おかえり」

「ただいま」

「きも」

「謎」

リビングのソファに両足を広げだらしなく横になってる妹。

挨拶されたから挨拶を返しただけなのにきもいのかお兄ちゃんは・・・。

それはそうと、そんなはしたない座り方はいけません。ショートパンツの隙間からガチパンツがちらちら『こんちわ』ってしてるから。

でも言わない。だってどう言ったらいいか分かんないし。『パンツ出てるね』『パンツ見えてるよ』『俺のズボンを履くんだ』ほら、どれも変態みたいじゃないか。

選択肢が変態的なのはもうどうしようもない。最後に至っては訳が分からない。

荷物を壁際に寄せ、袖を捲ってキッチンの銀色のシングルレバーを上に上げ、手を清める。

タオルで水気を取ったら荷物を小脇に挟んで二階へといざ行かん。

「・・・にー」

「ん?」

と、荷物を握った所で妹に呼び止められる。

「きもっ・・・。アイス買ってきて」

返事を返すだけでそんなにきもいかな俺って。

もしかしたら知らない内に声がオネェの様になっていたのだろうか。下から括り上げるような感じで。何言ってんだ。

「はあ・・・二十分待てる?」

「十五分で帰ってきて」

「それは『一緒に居られる時間が短くなるなんて嫌!』ていうあれだったりしな」

「死ね」

「十五分で帰ってきます」

流石俺。妹にすらパシリに使われるなんて人間が出来てやがる。

一番近いのがコンビニだからあそこになるのか。

・・・まあ妹のためだ、買ってこよう。

わざわざ止めた自転車を十分も経たずに移動させるとは。

めんどくさいだなんて言わないけど何だか損失感。

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