夏風
よだか
はじまり
及川夏樹は困惑していた。今は眉間に皺が寄りつつある。大学を卒業目前の就職活動。出来たばかりの会社の集団面接に臨んでいるのだが……集中ができない。女子高生と思われる子が室内に入ってきたばかりか、大きな窓を覗き込んだり、床に座り込んでおやつを食べ始めたり……しかもだるそうにやるから癇に障る。
面接官は3名。綺麗に髪を撫ぜつけた鋭い目つきの男性。三つ編みにしていてもふわふわしているとわかる茶色い髪の優しげな顔をした女性。そして偉い人と思われる年配の男性。その誰もが困ったな、という顔をするだけで何も言わないのだ。面接を受けるのに一緒に座っている4人も迷惑そうな視線は向けれどそれだけ。生来、おとなしい性格じゃない夏樹は携帯を取り出したのを見た瞬間立ちあがっていた。
「ちょっと、あなた! 常識がなさ過ぎるわ。こっちは真剣に仕事を得るために必死なのよ。入ってきて静かにしているなら兎も角、空気読まな過ぎ。面接官の方々もおかしいと思います。誰も注意しないなんてどうかしてるんじゃないですか!」
しーんと静まり返って視線が痛いほどだ。こんな常識のない場所、こっちから願い下げだと唇を噛んだ。ポンッと背中を叩かれ横を見ると件の女子高生がさっきのダルそうな様子が一変してニィッとしたりという笑みを浮かべていた。
「合格」
「え?」
「待っていたのよ、あなたみたいな人間。下手に注意したら目立つんじゃとか、誰かが注意するだろうとか、そういう人はいらないのよ」
呆気にとられていると、面接官の若い男の人が噴きだした。笑うと怖い印象が一気に和らぐ。他の2人も笑っていた。
「ははっ、制服似合いますねー、
「うるさい、バカ、死んでしまえ」
にっこりと笑ったまま女子高生はそんな暴言を吐いた。他の2人が似たようなことを言ってもため息をつくだけだったところを見ると若い男性とは幾分関係性が深いのかもしれない。
とりあえず、改めて夏樹は合格を言い渡され、思うところはあったものの話に乗ってみようといった心持。今後の詳しい話を引き受けたのは一番年配の男性で奥山と名乗り、社内を案内しながらにこにこと質問に答えてくれた。
「驚いたでしょう?」
「はい、あの女子高生は……」
「彼女はね、今年で32になるはずですよ」
「……はぁっ!? あ、すいません」
「いえいえ……、当然の反応かと。でも、入社したからには突っ込んじゃダメですよ。相当気にしていますからあの外見」
だったらなんであんな恰好。そんなことを考えているのが顔に出ていたか奥山さんは深く微笑んだ。懐かしげに虚空を見上げ独白するように囁いた。
「面白いことをしたい」
「え?」
「そう言ってました。苛めとか、悪い意味での忖度とか、効率の悪い古いやり方もいらない。仕事だって楽しくやりたいし、心行くまで真剣にやりたい。そういう会社を創りたいんだ。と。……そのための人材を私達は求めています。取り繕った上辺だけの姿で選んでしまうと要領のいい人だけが光を浴びる。欲しいのはそんなんじゃなくて、真っ直ぐ自分を持っている人間だと」
「自分を、持っている……」
「少なくとも貴女は非常識且つ人が不快になっている状態から目を逸らさなかった。これからに期待をしたんです」
「ありがとう、ございます……! 宜しくお願いします!!」
「はい、此方こそ」
穏やかに差し出された手を強く握って頭を下げた。夏樹の表情は明るい。これから夏が来る時のような色々な計画を立てて動くぞーと期待に浮き立つ心地に似ている。初勤務日を設定して外に出ると太陽に目が眩んだ。目を庇って立ち止まった夏樹の横を爽やかな風が吹き抜けていった。
夏風 よだか @yodaka
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