第九章

 翌朝は予報どおりの晴れだった。

 何時に眠ったのかはわからないが目覚ましが鳴る前、六時に目が覚めた。

 この時間の帯広はとても静かでたまに車が走っていくのが見えるくらいだ。窓から道を眺めながら荷物をまとめる。

 すっかり目は覚めていたが一応熱いシャワーを浴びてから部屋を出た。


 受付には昨日とは違う従業員が作業をしていた。軽く礼をいってカードキーを返し、ロビーのソファで軽く地図を確認した。

 正直なところ昨日だけで十分密度の濃い旅が出来たのもあり、今日もと欲張る気にもなれなかった。ゆっくり観光もいいかもしれない。

 定番の観光スポットもとりあえず押えておきたいというのもあるし、絶景つながりということで富良野エリアを目指す方向で調整をした。


 車のエンジンをかけ、とりあえず軽く朝ごはんを食べたいこともあり、地域で有名だというパン屋さんに向かった。

 七時からオープンしているというかなりありがたいパン屋さん。中には予想以上の広さがあり、焼きたてのパンがずらりと並んでいる。どれも十勝産の小麦を使用している。おいしそうな惣菜パンを幾種類か見繕っている間にもどんどん食パンなどが焼きあがってきた。

 外のテラスでイートインが出来るということで、コーヒーをセットにしてもらいトレーを受け取った。小麦畑がすぐ近くに見える。これほどの地産地消の典型例は珍しいだろう。思い出補正を抜きにしても美味しかった。


 朝食を済ませ、一路富良野へと向かった。

 帯広と札幌は地図上では近くても実際はかなり遠い。富良野まではその半分。道東自動車道に乗って黙々と運転をした。

 富良野に入ると再び中規模の都市の様相を呈してくる。富良野といえばラベンダーが名産品だ。そんなラベンダーは夏が見ごろ。この時期九月にはラベンダーはほぼ時期を逃していたが他の花々が綺麗に咲いている。観光客はさすがに少ないが、それでも時間を持て余したツアー客などが観光バス数台で訪れているようだ。

 ラベンダーソフトを頬張りながら写真を撮った。名前は判らないが鮮やかな赤色の花が印象に残った。


 こうして、初日と比べればまるで表面をなでるかのような軽い観光だった。お昼は最近ご当地グルメとして話題にしているという富良野オムカレーを頂いた。湖面が綺麗な青色の湖にも足を運んだ。昔のタバコのパッケージにも使われたという巨木も見に行った。

 北海道のスケールに多分免疫が出来たのだろう。何を見ても何を食べても「はいはい」という自分がどこか淋しかった。



 そして昼過ぎ、再び高速に乗り最後の目的地、札幌へと向かった。


 札幌に近づき、札幌市にもう入ったのだろうかというところで突然、既視感が襲う。どこかで見たような感じ。もちろん札幌になど来たことがないし建物が似ているわけじゃない。「街並み」が似ているんだ。

 田舎から上京する際、高速バスに揺られると車窓の景色が徐々に東京になっていくのに風情を感じる。首都高に入り、西新宿の高層ビル群が見えてくるとなおさらガキの頃は興奮したものだ。その感覚が今まさにここ札幌で起きている。

 来てはいけないような、街全体に冷たく受け入れられているような感じがする。ここからは中枢です。そう警告を受けているような。

 札幌は東京と何ら変わらない街だ。


 駅前のタワーパーキングに車を停め、札幌内は電車・バスを使っていく。といっても札幌は地下街もあるし、たくさん電車も通っているし困ることは全くなさそうだ。

 職場へのお土産を札幌駅やるるぶ掲載の店で買っていく。昨晩、脳内にリストアップした順番で淡々と。たまに会う同郷の友人にも買ってあげたほうがいいだろうか。カニは高いからとうきびチョコでいいや。

 脳内会議をしながら、早めの夕飯はジンギスカンを食べた。思えば肉しか食ってない。



 そして陽も暮れた頃、千歳市、新千歳空港に到着した。

 空港近くでレンタカーを返却し、お土産を小脇に抱えながらチェックインを済ませる。

 荷物も預け、搭乗時刻までやることもないので展望デッキへと上がってみた。

 羽田空港より明らかに飛行機の数は少ない。それだけなら見劣りするかもしれない。しかし夜空は綺麗だ。星がしっかりと見える。きらきらと輝いている。ああやっぱりここは北海道なんだ、と思う。


 搭乗開始の時刻。

 保安検査場を抜け、クリーンエリアはいつもよりゆっくりと歩いて最後の北海道を楽しんだ。

 搭乗ゲートにQRコードを読み込ませて機内へと進む。ラッキー。席はまた窓側だ。

 しばらくしてすさまじい加速が始まった。重力を感じ、浮遊感が襲う。


 だんだんと夜景が小さく遠ざかっていった。






 



 「次は~初台~初台~。お出口は~右側です」



 終電もそろそろかという時刻。駅から二本ほど入った小道。


 住み慣れた街も今日だけは、この瞬間だけは別の街に思える。


 小脇に大小の袋を提げた若者が、夜空を見上げている。



 若者の目には、決意の色が滲んでいた。

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