第七章
シングルルームだが広さはそれなりにある。六階だから見晴らしはかなり良く市街の夜景がきれいだ。車通りがそこそこある交差点は帯広駅前だろうか。
荷物を軽く整理してから夕飯は帯広名物のあれを頂くことにした。
ホテルを出るとかなり肌寒いことに気付く。
夏が過ぎ東京では薄い長袖でまだ出歩けるのに北海道ではそうもいかなそうだ。もう一枚、ジャケットを持ってくれば良かったかも。
向かったのは駅前にほど近い目抜き通り。しかし目当ての店はその中で異彩を放つ落ち着いた門構えの店。
「いらっしゃいませ」
「一人です」
「はい、カウンター席にご案内いたします」
小料理屋のような綺麗な店内だ。メニューを見ながらオーダーをする。
「じゃあこの梅をください」
「ありがとうございます。お待ちくださいませ」
割烹料理屋のような佇まいの店内だが、食べにきたのは帯広名物、豚丼だ。
今回は専門店がひしめく駅前エリアで少し良い値段の豚丼屋をチョイスした。松竹梅と三種類のメニューがあったが、使う部位が違うのか枚数が違うのか。
「お待たせしました。どうぞ」
そうこうしていると豚丼が出てきた。
梅は六枚の豚バラ肉を使ったちょうどいいサイズ感に思える。確かに独特のドロッとしたタレがかかっていてご飯とよく合う味付け。お店によって味付けが違うそうだが、そもそも北海道はいろんなものが美味しく感じる。
一粒添えられたグリーンピースもしっかり完食した。
お店を出たのは九時少し前だったが街はすでに閑散とし始めていた。飲食店なども居酒屋以外は閉店しているところもある。
ホテルに帰る前に暖簾が下ろされた街路をとぼとぼ歩いてみた。同時に胸に込み上げてきたのは得体の知れない焦燥感に似た感情だった。
帯広という街が持つ少々の都会感。十勝地方の中枢部としての栄華の色。
今は、釧路湿原で夕焼けを見たときに抱いた感情とは裏腹なものがある。
車で走ってるときの何も無い牧地や草地、道端を無意識的に求めている。
たぶんそれは都会に住み続けてきた自分の本心なのかもしれない。ここは都会とは全く違う静けさがあるが、さっきの湿原より都会なのだ。
角を曲がったところに現れたセイコーマートでビールとミネラルウォーターを買い、ホテルへと戻った。
不思議なことにホテルのフロントを通れば、さっきのモヤモヤからは開放され再び高揚感に包まれたのだった。
シャワーを浴び終わってテレビをつけると北海道ローカルの天気予報コーナーが明日の天気をお伝えしている。
「明日は全道おおむね晴れるでしょう。標高の高い地域や山沿いでは朝晩の霧に注意してください――」
すっかり冷めてしまったザンタレをつまみに、記念すべき北海道での初日に乾杯した。
プシュッ。
缶ビールを開けたときの音はやっぱり全国どこで聞いても気持ち良い。北海道限定と書いてあるこのビール、なかなか美味しい。どこか甘みの残るビールだ。ザンタレは冷めてもイケる。
一缶空けて二缶めに手をつけようとしたとき口寂しさを覚える。酒を飲めば自然と吸いたくなるのは生理現象かもしれない。口に煙草を咥えジッポーを手にしたときふと思い出した。
「――禁煙だったっけ」
エレベーターホールの館内図によれば一階玄関に喫煙所があるらしいが多分外だろう。ジャージで出たら風邪を引きそうだ。
どうしようか迷っているともう一箇所、タバコのマークがある。それは最上階にあるレストランの近くだ。
エレベーターを降りると自動販売機や製氷機、新聞などが置いてある小さなロビーがあった。奥のレストランは真っ暗で入り口にはロープがかけられている。多分朝食のバイキング会場になるのだろう。
殺人事件に使われそうなガラス製の灰皿を手元に引き寄せタバコに火をつけた。
さっきテレビで明日は晴れと言っていた。これは雨に降られることなく移動ができそうだ。明日は札幌観光をしてゆっくりするつもりだ。晴れなら歩き回るのも容易になる。
お土産リストを頭で書いているとエレベーターがいつの間に動いてたのか、下から上がってくる。
四、五、六・・・まだまだランプは動く。
九、十、十一。 チーン!
ドアが開く。
吐き出した煙の奥には、篠田さんがいた。
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