第六章

 サムズアップとは、親指を上に向けてグッドサインを作ること。

 路端でのサムズアップは特別な意味を持つ。


 そう、ヒッチハイクだ。




 まさかこんな人通りのまばらな場所でヒッチハイクをしているのか。

 運転する側からするとヒッチハイカーに最初はびっくりするはずだ。何か街中で警察官の前を通るような緊張感、交差点の横に白バイがいたときのような一瞬ドキッっとする感覚。

 いつもなら通過するところだが、他に乗せてくれる車が来るとは思えない。釧路湿原の夕焼けスポットとはいえここは穴場だ。


 二人の前で車を停めた。

 窓越しに二人を見ればかなり若く見える。

 「すみません。停まっていただいて」

 「どこまで行きたい?」

 「帯広なんですけど釧路まででも嬉しいです」

 「え、帯広!」

 軽自動車ではなく普通車でよかった。三人なら余裕で乗れるサイズだ。



 早速国道に向かいながら、お互い自己紹介を軽く済ませた。

 二人は東京都内の大学に通う大学生で、彼は三年の山下君。彼女は一年の篠田さんだ。

 歳が近いこともあったのか、打ち解けるのに時間はそう要らなかった。 


 「いや~てっきりカップルだとばかり・・・」

 「ち、違いますよ!」

 「そういう勘違いをされたままお別れする人も現実います」

 「いや普通に違和感ないからね、二人とも」

 「本当ですか・・・」

 山下君は特に気にしていないのに篠田さんのほうは焦っていてまだ初々しい。高校卒業したての大学生ってまさに青春だなぁ。

 「それにしても、ヒッチハイク部なんてかなり異色だね」

 「皆さんそう言います。でも最近の大学には結構あるみたいですし珍しくないかもしれません」

 落ち着きが尋常じゃないぞ山下君。コミュ能力も上々だ。

 「まじか。俺の時代とは全然変わったのかもなぁ」

 「そんなことないですよ。私だってビックリしました」

 篠田さんのフォローがすかさず入ってくる。意外と名コンビだと思う。この二人。


 二人の話を要約すると、ヒッチハイク部とは部員全員でゴールをその日に決めて、それぞれがヒッチハイクでゴールまで辿り着けるかを目指す、言わばゲームみたいな部活らしい。山下君は副部長だという。


 「最初は同好会のはずだったんですけどね。予想以上に人数が集まっちゃって」

 「あはは。嬉しい悲鳴ってやつだね」

 「そうだったんですか、先パイ」

 「うん。だから部として設立したんだよ」

 篠田さんも初耳だったか。

 二人組でヒッチハイクをやってるのは女の子だけでは不安だという意見があったからだそう。確かに不安だろう。男子の初心者もヒッチハイクデビューしやすいというメリットもあるので今では新入生は決まって先輩と一緒に行うらしい。

 「でも本当に助かりました。あそこで乗せてもらえなかったらどうなってたか」

 篠田さんの不安な気持ちがひしひしと伝わってくる。

 「そうなったらどうしたの?」

 「んーまぁ国道でもう少し粘るのもアリでした。それでも無理なら釧路までは移動したかもです」

 「移動?」

 「どうしてもヒッチハイクできない状況になったら電車・バス・タクシーは使ってもいいことにしてます。電車とバスなら部費から補填するんです」

 すごい、なんかテレビの企画みたいなことするんだな。

 「部費から出せるのも、ヒッチハイクだから交通費が基本かからないからで。宿泊費くらいを部として用意すれば、後は自由に個々人で旅が出来るのがこの部のウリなんです」

 「貧乏学生には持って来いの部活なんですよ」

 「上手く経営できてるんだ」

 「もちろん、補填ばっかりされたら赤字になるんで、ポイント制にしてあって。補填を使えば持ち点が減ってペナルティがあったりもします」

 「部費が上がるんです。飴と鞭を使い分けるのは副部長の案らしいんです」

 「山下君は賢いんだ」

 「いや、自分がラクしたいから補填策をプッシュしただけですよ」



 思えばヒッチハイカーを乗せたのは初めてのことだった。乗せたいけどこっちもなんか怖いし、結局一歩踏みとどまってしまうこの気持ち、誰かわかってくれるだろうか。

 乗せてみればめちゃくちゃ楽しい。というか歳が近いのはかなり気が楽だ。大学生なんてついこの前まで自分もそうだったわけだし、自分をこの二人に投影してるのかもしれないと思った。

 ついに三人は無事に帯広市に入った。



 「そうだ、今日のゴールはどこなの?」

 「あ、今日はホテル良助っていうビジネスホテルです」

 「おい篠田。タクシーじゃないんだから直接行き先はなしだ」

 「ご、ごめんなさい!」

 なるほど、部としてのルールなのかもしれない。いや、ヒッチハイクとしてのルールなのかも。知らない世界だ。

 「山下君、そう固いこと言うなって(笑) 俺も行き先はまだ決めてないからさ」

 「そんな、帯広まで来ちゃって良かったんですか」

 「それは大丈夫。帯広に泊まる予定だったのはホントだよ」

 「あの、なんか差し出がましいかもですけど、もしよければそのホテル、かなりオススメですよ」

 まじか、渡りに舟とはこのことか。

 「良い情報ありがとうございます。副部長殿」

 篠田さんがクスっと笑ってくれたのが何故か嬉しかった。

 車窓には帯広駅が見えてきた夜だった。



 ホテルは見かけビジネスホテルには見えない豪華さだ。ロータリーのような豪華な入り口がお出迎えしている。

 リムジンの運転手になった気分で、玄関前にピタッと車を停めると二人をとりあえず降ろした。

 「本当にありがとうございました!」

 「助かりました。今までの運転手さんの中で一番話も盛り上がりました」

 「こちらこそ。宿まで決まりそうで二人には感謝だよ。ありがとう」

 豪華な自動ドアをくぐる二人の後ろ姿は、篠田さんには怒られるかもしれないが、それでもやっぱり、カップルに見えてしまうのだった。


 駐車場に車を停め、久しぶりにスーツケースを引きずりながら入り口へと向かった。

 ビジネスホテルといえばもっと簡素なのが普通じゃなかったのか。

 結婚式の披露宴が行われるようなロビー。綺麗な絨毯じゅうたんが敷いてある。

 右手を見ればテーブルとソファがいくつかあり、遠くに山下君と篠田さんもいる。二人のほかにもおそらく部員だろうか、結構な人数がリュックサックを足元にまとめながら談笑している。今日の珍道中をお互い報告するのだろう。山下君はどうやら遅刻してる人に電話をかけ続けているらしく、焦ってるような顔だ。


 ともあれ、フロントのお姉さんに空室を訊くと笑顔で

 「禁煙室でしたら空室がございますがいかがでしょうか」

 といわれた。

 「もちろん構いませんよ。お願いします」

 「かしこまりました。こちらにお名前とご住所をお願いいたします」

 よかった。宿が決まるとかなりホッとするな。

 「お部屋は六階でございます。こちらがお部屋のカードキーです」

 「お世話になります」

 「どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」

 見事な接客だ。山下君、旅行代理店とかいいぞ。君のセレクションに間違いはないと思う。

 ソファ脇にたたずむ山下君と篠田さんにカードキーを掲げた。




 山下君は電話しながら右手にVサイン。


 篠田さんは微笑みながら深いお辞儀をしてくれた。

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