菊江さんと時原小町は仲が悪い

シンイチ

第1話 夢


 菊江さんの夢を見た。


 髪の毛の長い和服姿の美人なお姉さん菊江さんとのんびり過ごす夢。

 景色はいつも同じで、小学校六年まで過ごした函館にある五稜郭公園の土塁の上の木造ベンチ。

 辺りは桜のピンク色に覆われ、時折ちらちらと花びらが舞う。

 菊江さんは僕のすぐ隣に腰掛けていて、その距離に僕はいつもドキドキしている。

 

「わたし思うのよ。別にね、無理に頑張らなくてもいいんじゃないかって」


 なんのことだかよくわからないけど、とりあえず頷く。


「人はそれぞれに違ったものを持っているから。あなたはあなたの大切なものを大切にしていけばいいと思うの」


 大切なもの?


「そう。優しさとか、温かさとか、素直さとか。あと、勇敢さだとか」


 勇敢さ。身に覚えのない言葉だ。

 ちらりと菊江さんの横顔を盗み見してから首を傾げる。


「人って、自分のことはあまりよく知らないものなのよ」

 

 菊江さんはくすりと小さく笑って僕を見る。

 僕は菊江さんの視線から逃げるように目の前の桜をじっと見つめる。

 顔が熱くなっていくのがわかる。

 手にじんわりと汗が広がっていくのがわかる。


「わたしね。たぶん、あなたよりもあなたのことを知ってるわ。本当のあなたのこと。あなたも知らないあなたのことを」


 心臓の音がバスドラムみたいに重くてうるさい。

 テンポも徐々に上がっていく。


「もしも、あなたが迷惑じゃなければ、こうやってずっと側にいてもいい?」


 迷惑なわけがない。

 言いたい言葉の代わりに大きく首を落とす。


「ありがとう。あなたのこと、わたしがいつでも守っているわ。いつでも側にいてあなたを守ってあげる。大丈夫よ。全部、大丈夫だから」


 大丈夫。


   だいじょうぶ。


 桜の花びらが一斉に舞い、鮮やかなピンク色に包まれる。

 それはとても綺麗で、とても心地が良い。

 

 


 そして――――――――




 目を覚ます。


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