短編集 深海

あね

空を舞うクラゲ

空を舞うクラゲ.01


私は椎名しいなが嫌いだ。

何を考えているのかさっぱりわからないアイツが。


椎名は私と同じ中学に通うクラスメートだ。アイツが私を下の名前で呼ぶ度、イラッとする。

思春期真っ最中の私はこの思春期特有の甘酸っぱさに慣れておらず、同級生の男子から下の名前で呼ばれることに抵抗を感じていた。

そもそも私は自分の名前を気に入っていない。私が嫌な顔するのを見て、初めは下の名前で私を呼んでいた男子はみんな私を「佐藤さん」と呼ぶようになった。椎名を除いて。


佐藤 海月うみつき海月クラゲじゃない。海月うみつきだ。

クラゲが好きなパパが付けた名前だが、私は気に入ってない。クラゲなんて。うにうにしてて嫌だ。

女友達はみんな私を「うみちゃん」と呼ぶが、それは可愛らしくて好きだった。


「海月さーん。消しゴム持ってない?」

隣の席の椎名が話しかけて来た。私はキッと睨んでやった。

「持ってない。」

「さっき使ってたじゃん。貸してくれない?」

「椎名に貸せる消しゴムを持ってないの。他当たってもらえるかな。」

「今日も海月さんは怖いなー。もう。」

そう言って椎名は間違えた箇所に定規で二重線を引き、なんと筆箱から印鑑を取り出し訂正印を押した。

「これでよし。ありがと、なんとかなったよ。」

そう言って椎名は再びノートに何かを書きはじめる。授業とは関係の無い何かを。


椎名は何を考えているのかまったくわからない、突飛な行動ばかりする。私が嫌な顔を見せても下の名前で呼ぶ。しかもやたら私に話しかけてくる。なんだと言うのだ。


椎名はいつも人を小馬鹿にしたようなニヤけた顔をしている。だるそうな半開きの目に少しだけ上がった口角。天然なのか美容院でやってもらっているのか、ふわっとかかったパーマだけが評価できる点だった。気の抜けたコーラのようなヤツだ。


椎名はクラス内で少し浮いた存在だった。ハブられてる訳ではないが、いつも1人で何かしている、謎の男なのだ。


「海月さーん。」

椎名がダルそうな声で私を呼ぶ。イラッとする。

「…なに。」

「今日の給食、何かわかる?」

「知らない。」

私は目も合わさずに答える。

「教えてあげようか。」

「また今度でいいよ。」

「今日の給食の献立を後日聞いてどうするのさ。」

「うん、どうしようね。」

「今日ね、海月さんの大好物出るよ。」

私の大好物?椎名に教えた覚えがない。不覚にも気になってしまった。

「何が出るの?」

「クラムチャウダー。」



「…大好物じゃないよ。」

「くっそー、外したか。俺としたことが。ちっ。」

椎名は小さく悔しがった。私の大好物を当てるゲームでもしていたのだろうか。バカみたい。

「じゃあ私勉強するから話しかけないでね。」

「わかったよ。」

椎名は退屈そうにノートに落書きをし始めた。最初からそうしていてくれ。


「海月さーん。」

「椎名、話聞いてた?」

「大好物、カレー?」

「いや聞けよ。話しかけないで。わかった?」

「ごめんなさい。」



「海月さんの大好物ってカレーなの?」

「お前、頭おかしいのか?話聞いてた?」

「ごめん、カレーかカレーじゃないかだけ教えて。」

「カレーじゃない。カレーじゃないし、今暇じゃない。」

「ありがとう。」







「海月さーん。」

「お前!!!」

声を張ってしまった。全員が私達を見る。しまった。

椎名が目を逸らしてニヤニヤしている。クソ椎名、これを狙ってやがったな。

「佐藤さん、今、授業中だから。静かにしてね。」

「…すいません。」

先生に軽く注意されてしまった。恥ずかしさでどうにかなりそうだった。


「椎名とは二度と喋らないからな。」

「それは寂しいなー。」

「…クソ椎名。」

「はは。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る