ツギハギだらけのアイ
@croon
序章
第一話
まだ少し寒さが残る季節の夜に、それを見た。
黒いスラックスに、白のローマンカラーのシャツ。月明かりに照らされた深緑が、こちらを向く。
しばし目を奪われた。
数十秒見詰め合っていた気がするが、もしかしたらそれは一瞬のことだったのかもしれない。
「っ…」
強張った顔をした女は、地面に放ってあった黒いアカデミックガウンを素早く拾い上げると、その場を一目散に立ち去ってしまった。
しばらく呆然としていたが、一部の冷静な脳が僅かながら指示を出したらしく、気がついたら足が動いていた。
「これは…」
緑の残像を未だに瞼の裏に映しながら、対照的に赤い地面を見下ろした。
女がつい先程までいた場所には、鮮血が散っている。嗅ぎ慣れた鉄の匂いを、再起動中のために鈍感になっているようだが感じ取った。
よく見ると、この辺り一帯の地面はほかと比べると盛り上がっている。土を新しく被せたような形跡もある。
そう遠く離れていない所の繁みの隙間から、スコップらしきものが見える。近づいてスコップだと確認してもいいが、その必要はないようだ。
背後からの殺気。
「ご機嫌いかが?」
振り返って笑みを見せながら、相手の腕を掴んで引っ張る。バランスを崩した相手の鳩尾に、勢いを乗せた拳を打ち込んだ。反射して銀に輝く長い髪が、宙を舞った。力が抜けた体を地面に押し倒して、マウントポジションをとる。
再起動が完了していないが、咄嗟のことで加減ができなかっただけで、それ以外に不具合はないようだ。
「牧師、だよね」
女の右手首をその頭の上でぎりぎりと締め上げる。手袋越しに、女の脈が速くなっているのを感じた。
痛みで顔が歪んでいる女は、先程の格好のままで殺意を携えて来たのだ。鳩尾を殴ったので、息が苦しいはずだ。それでも下から睨むように見てきたり、口を真一文字に結んだりしているあたり、度胸がある。
無言を貫こうとしている人には、多弁に構えるべきだ。
「女の人でも牧師になれるんだ。初めて知った。宗教に関しては、複雑だからそこまで詳しく知らないんだ。きりがないしね。それにしても君、こんな物騒なものどこで手に入れたの?しかも俺のこと殺そうとしたでしょ。牧師なのに人を殺そうとするとか、宗教上問題ないのかな?きっと滅多にいないよ、そんな牧師」
女が何も言わないとみて、勝手に一人で話していると、女が口を開く素振りをした。
あっさり罠に嵌まってくれた。きっとこの女は、態度こそ反抗的だが根は素直なのだろう。
「何?」
丁寧に、というよりかは雑に質問する。あえて、黙れと言いたげな視線も添えた。
「…殴らないのですか?」
声が微かに震えている。殺意は鳴りを潜め、緑の瞳には怯えが滲んでいる。どうやら反抗的な態度はやはり、虚勢だったようだ。
「殴ってほしいの?」
しかし女の感情は、怯えよりも疑問が大半を占めている。
目の前の女は、なぜ殴られないのかと、本気で疑問に思っている。それは虚勢なんかではない。
「そうとは言っていません。殴らないのならどいてください」
押さえつけられているのにも関わらず、そう言った女。俺が殴ろうとしないのを見て、途端に強気になった。
「まあ、殴らないけどさ」
殴るつもりは毛頭ない。殺気に体が反応しただけで、ここまで押さえつける気もなかった。
「それなら早くどいてください。重いし痛いです」
間髪入れずにどけと言われて、なんとなく面白くない。
「俺がどいても、逃げたりしない?」
女の手首を握っている手に、力を入れた。
どいた直後の不完全な状態で逃げられたり、ましてや刺されたりしても困る。
「しませんから」
ぴくりと目が眇められた後、不愉快そうに眉が寄せられた。
「しょうがないなぁ…」
俺は渋々女の上からどいたが、右手首は握ったままにした。
「手首、放してください」
「えー、やだ。だってナイフ持ってるじゃん。それに君はどけって言っただけだし」
女は手首を頭上で固定されているので、起き上がろうとしてもできない体勢だ。
「そんな子供が口にするような戯言なんて、」
女の眉間に銃口を突きつける。
「ねぇ、今の状況、わかってる?」
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