第65話

「お邪魔しまーす・・・」


 ソフィアは恐る恐る声を掛けながら屋敷のドアを開けた。


「あの、誰かいませんか?」


 中に向かって声を掛けるも返事はない。


「おかしいですわね。中から生き物の気配がしませんわ」

「この匂いって血とか腐った物の匂いだよ。それに埃っぽいし」


 一緒に中を窺っていたカリーナとココナも感想を言った。


(ん?この匂い・・・どこかで・・・)


 だが俺は、血や腐った物の匂いの他に、どこかで嗅いだことのある匂いを捉えていた。


「・・・ここにいるアンデッドも動きませんね」


 ソフィアは近くに転がっていたアンデッドを見ながら言った。


(さっきから思っていたけど、魔獣は身体に傷があったが、アンデッドは傷口がないな。まるで抵抗しなかったみたいだ。それになんでアンデッドが?)


「・・・ねぇ、リアン。このアンデッド、魔力が無いと思わない?」

「にゃ?」


 俺はソフィアに小声で言われて、魔力を確かめてみる。

 アンデッドも魔獣の括りに入るので、魔力を持っているはずだ。


(・・・魔力が無い?・・・・傷が無く魔力が無いままの死体・・・・まさかっ!?)


「にゃあっ!!」

「あ、り、リアン!!」


 俺はソフィアの肩から飛び降りて屋敷の外へと行く。もう1つ確かめたいことがあったのだ。


「リアン!どうしたの!?」


 俺は魔獣の死体を確かめた。まだ死んでから数時間と経っていないように見える。しかし、本来あるはずの魔力の残留が無いことに気が付く。


「にゃあ!」

「え?確かめればいいの?」


 ソフィアも魔獣の死体を確かめてみる。すると、俺と同じ考えに行き着いたのか、顔を真っ青にさせる。


「り、リアン・・・これって」

「にゃあ」


 俺はソフィアの目を見て頷く。


「あ!2人が危ない!!」

「にゃ!!」


 もしアランがイブリスだというのならば、屋敷の中に置いてきたカリーナとココナが危ない。


 俺達は屋敷に急いで戻ろうとする。


「大変ですわ!」


 すると、屋敷の中からカリーナとココナが慌てて戻ってきた。

 無事な2人の姿を見て安心するも、慌てている姿を見て嫌な予感もした。


「アランさんが・・・アランさんが死んでいますわ!!」


 その言葉は俺達の考えを否定するものだった。



 ☆     ☆     ☆



 時は少し遡る。


「モニカ、私だ。わかるか?モニカ」


 1人の男性が横たわる女性に声を掛ける。


「モニカ、目を覚ましてくれ」


 男性は声を掛け続ける。


 モニカと呼ばれる女性は外傷こそないが、見えている肌は青白く、とてもじゃないが、生きているようにはとても見えない。


 だが、モニカはゆっくりと身体を起こした。


「モニカ!!」


 男性はロニカへと抱き付いた。


「モニカ、私だ。わかるか?」

「・・・・・・・アラン」


 モニカから生気の無い声で男性の名前を呼んだ。


「そうだ。アランだ。よく・・・よく生き返ってくれ・・・・・た・・・・・・・」


 アランが突然気を失うようにモニカの傍らに倒れ込んだ。


「・・・・・・・アラン?」


 モニカは最愛の人、アランが倒れたことで自我が目覚めた。


「アラン?どうしたの?アランっ!?」


 モニカはアランを抱き起こすが、アランは既に事切れていた。


「あ・・・あ・・・・ああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


 モニカは愛する人の死を見て錯乱し始める。昔、大事な人から貰ったペンダントを落とすことにも気が付かないまま、モニカは泣き叫び続けた。




 それを少し離れた場所から見ている者がいた。


「・・・これは予想外だ。まさか死者に感情が戻るなんて。これではヘンリー・ヘイグと同じになってしまいますか」


 スラヴァはその場でロニカの涙を流しながら叫ぶ様子を見続ける。


「・・・・・・いや、思い人の彼が死んでいるなら、それを利用すれば制御は出来ますか・・・。あれを飲ませたのなら魔力さえ集まれば・・・」


 スラヴァはそう考えると、モニカの元へとゆっくりと向かうのだった。



 ☆     ☆     ☆



「くっくっくっ、いいですねぇ」


 森の入り口辺りの高い木の上で、地上を見ている男がいた。


 男は地上では多数のレジスタンス相手に1人で戦う者の姿がある。


「モニカさんはヘイグ君よりセンスが良いですねぇ。魔力もかなり集めているようですし」


 モニカは1人で多くのレジスタンスを相手に、まったく引けを取らなかった。


 モニカはレジスタンスの誰かに触れるだけで魔力を奪い取っている。

 魔法を放ってくればそれを跳ね返すように同じ魔法を使う。


「なるほど。あれがモニカさんの能力ということですか。跳ね返している訳ではなさそうですね・・・」


 そして確実に、モニカの体内に埋め込まれたモノに魔力は集まりつつある。


「それにしてもよく働きますね。死者が生き返ることなんてあるはずがないのに」


 モニカが魔力を集める理由は一途にアランを生き返らせるためだった。


 魔力を集める方法もここで見ているスラヴァから教わったのだ。

 そして、生き返らせることなんて出来ないのに、この方法で魔力を集めればアランを生き返らせることが出来ると嘘を教わり、一心不乱に辺りにいた魔獣やアンデッドといった生き物全てから魔力を奪い取った。


 だが、スラヴァはこれでは足りないことを示す。なので、人間が多くいる町に行くようにと誘導をした。本来の彼女の性格なら否定するのだろうが、既に正気を失いつつある彼女はスラヴァの言葉に従った。


 そして町に向かう途中、魔力を少し多めに持った人間の集団がいたので、標的をそこに絞ったのだ。


 それが今のこの目の前で行われている一方的ともいえる虐殺だ。

 レジスタンスはすでに戦意消失しており、逃げ惑う者が多くなっていた。


 次第に死体の数は数え切れない程多くなり、レジスタンスも散々になっていく。


 モニカはそれぞれを追うのがめんどくさくなったのか、いきなり町へ向けて走り出した。


「ふふ、それでいいのですよ。人々に貴方の、イブリスの脅威を教えてあげなさい。そして、あの方に必要な魔力を集めるのです」


 スラヴァは上空へと身を投げ出し、モニカの後を追うのだった。

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