第38話

 俺がリアン・ユーベルとわかってから、ソフィアの態度に変化が生まれた。


 まず、俺の目の前で堂々と着替えをしなくなった。といっても、風呂場とトイレ除いて、部屋は1つだけなので、少し身体を隠すようにして着替えるようなっただけだが。


 風呂にも以前風呂場で言っていたように一緒に入るが、頬を赤らめて恥ずかしそうに身体を隠すようにもなった。なので、肝心な部分は見えない。

 でも、逆にその姿がそそられる・・・いや、何でもない。


 寝る時も以前と同じく一緒のベッドだ。

 それと何故か俺を抱き枕のように抱いてくることが多くなっていた。


 まぁ、ソフィアの気持ちを聞いてしまったからには、色々と複雑な事情があるのはわかっている。


 だから俺は、出来る限りソフィアに合わせることにする。


 後、他の人には俺のことは話さないでいてくれるそうだ。

 ばれたら一緒にいられなくなるかもしれないからな。

 特にジャネットとかジャネットとかジャネットとか・・・。


 こうして、秘密を共有してソフィアと俺の新たな生活が始まった。



 ☆     ☆     ☆



「ミールさん、随分と魔法が上達したわね」

「そうでしょうか?」


 あの事件から1ヶ月程が経ち、外はすっかり夏の陽気になっていていた。


 ソフィアの魔法はイブリスと戦っている時とまったく同じとはいかないまでも、中級魔法も使えるようになってきていた。といっても、威力はそこまでないが。


 因みに中級魔法はファイアランスやエアロカッター等が入る。


 ここで一旦おさらいをしておく。

 初級魔法はファイアボールやエアロショット、アクアショット等。

 中級魔法は先程言った魔法だ。


 上級魔法はメテオフォールやトルネード、アクアレイザー等が入る。


 それと上級魔法は別名、高難度魔法とも呼ばれており、使用出来る人は決して多くはない。


 この分け方はざっくりとしていて、使用する魔力の最低限の量で決まっている。逆に上限は本人の魔力制御に関わってくるため、決まってはいない。


 なので俺の場合、ギフト『暴走』の効果で初級魔法が上級魔法に匹敵してしまうこともあったりする。


 とまぁ、そういうことで、ソフィアは自分の力で中級魔法のレベルの魔力制御が出来るようになったのだ。

 1年生で15歳のソフィアが中級魔法を使えるのは実は優秀な方に入る。

 だいたい普通は2年生になる頃に使えれば良い方だと言われているのだ。

 ソフィアの最初の頃は酷く、初級魔法の制御ですら怪しかったので、この成長はとても凄いことだ。

 それにソフィアの制服も夏仕様の半袖のブラウスになっており、汗で濡れ少し透けて見えるピンク色の下着が実に良い感じで・・・じゃない。


「ええ。半年も経っていないのにこの成長速度は素晴らしいわ」

「先生の指導が良かったからですね」

「嬉しいこと言ってくれるわね」


 ジャネットは嬉しそうにソフィアの頭を撫でた。


「それじゃあ私は仕事があるからこの辺で失礼するわね」

「ありがとうございました」


 ジャネットは機嫌が良いままスキップしながら去っていった。


(ってスキップする程嬉しかったのか)


 俺は呆れてジャネットの後ろ姿を見送った。


 すると、ソフィアが日影で休んでいた俺の方にやってくる。


「リアン、さっき言った先生ってのはリアンのことだからね」


(ジャネットが浮かばれないな)


 ソフィアの言葉を聞いたら、ジャネットはどんな顔をするのだろう。


「た・・・ただいま~」

「おかえり、ココナ。お疲れ様」


 そこへココナがランニングから戻ってきた。


 ココナは近接戦闘を主流にするために体力トレーニングをしているのだ。


「どこまで行ってきたの?」

「フォルティスの森入り口までだよ~」

「・・・・・・・え?」

「・・・・・・・にゃ?」


 フォルティスの森はこのフォルティスの町から馬車で30分は掛かるから、走るとなると結構な距離だぞ。


「帰りにさ~・・・フォルネベアに襲われたから倒しても来たし」


 ココナの視線の先には頭が変な方向に曲がった熊の死体が転がっていた。

 というか引きずって持ってきたのか。


 フォルネベアは町と森の間にあるフォルティス平原に住む熊の魔獣だ。

 体長は2m程で、学生には少しきつい相手のはずなんだが。


「えっと、これココナが1人で?」

「うん。顎を打ち抜いてから脳天に踵落としした後に、首に足を引っ掛けてこうぐいっと」


 少しわかりづらいが、言いたいことはわかった。

 しかし、近接格闘をするのにスカートというのも如何なものかと、俺は思うのだが。

 以前から戦っている時はいつもパンツが見えているのに、本人は気にしていないようだ。


(ま、下着を買いに行った時も、上半身半裸で試着室を出ていったぐらいだもんな)


 恐らくココナにとって下着は水着的な感覚なのだろう。

 確かに隠れている面積は一緒だけど、女子としてそれはどうなんだか。


 そんなこんなで、あの事件以来は以前の暮らしが戻ってきていた。


「ねぇソフィア、先生は?」

「仕事があるからって行っちゃったよ」

「ココナをほったらかして?」

「う、うん」

「・・・・・・なんだろ。少し涙が出てきたかも」


 ココナはソフィアとの待遇の違いに少し悲しみを抱いたようだ。


「ジャネット先生も心配してたよ!うん!」

「・・・・・・そうなの?」


 いや、一言もココナのことは言ってなかったぞ。


「う、うん!それより早くそれをセリカさんの所にそれ持っていこ?ね?」

「・・・そうだね、そうだよね!ソフィア、今日の帰りにさ!あそこ行こ!」

「う、うん、いいよ」


 ソフィアは最後まで苦笑いをしていたが、上手くその場を切り抜けたようだ。


 その後、フォルネベアの素材をセリカのところで買い取ってもらい、学校を後にした。



 ☆     ☆     ☆



「ん~~っ!!美味しい!!!」

「いつもここは美味しいよね」


 ソフィアとココナは最近出来たばっかりのケーキを主流とする喫茶店プラリアに来ていた。

 プラリアのケーキは町や学校の女子達の話に上がる程人気があるらしい。

 そのせいか、女子生徒の姿が結構見える。

 もちろん町の一般人の人ももいるぞ。


「リアンも・・・はい」

「にゃあ」


 俺はソフィアの手の平に乗せられた小さく切り分けられたケーキを貰う。


(うん、やっぱりここのケーキは美味しい)


「ふふっリアン、くすぐったいよ」


 俺は夢中になり、ソフィアの手に残っているクリームを舐めていたので、ソフィアはくすくすと微笑していた。


「ほら、口周りにクリームが付いてるよ」


 ソフィアがナプキンで俺の口周りを拭いてくれる。


「・・・・・・・・・」

「ココナ、どうかした?」


 自分のことをじーっと見てきたココナに気が付き、ソフィアは聞いた。


「いや、前の事件の後からリアンに対するソフィアの態度が変わったなぁって思ってさ」

「そ、そう?」


 ソフィアは少し頬を赤らめる。


「うん。前は使い魔として助けてもらっているから、優しく接していたように見えたんだけど、今は何て言うか・・・そう!恋人みたいな!!」

「ふぇっ!?」


 ソフィアは更に顔を赤くして、驚いてしまう。


(確かに俺へ向ける視線が以前と変わったのは確かだが、周りの人でも気が付くものなのか?)


「な、何を言ってるの?そそそそんなこと・・・ないよ?」

「ソフィア動揺し過ぎ。だってさっきのやり取りも、リアンがもし人間だったら恋人に見えるもん」

「い、いや、猫に餌をやってる的に・・・見えないかな?」

「ううん、嬉しそうなソフィアの顔を見るとそうは見えないよ」

「・・・・・・・・ホントに?」

「うん」


 ソフィアはココナの断言に固まってしまう。

 そして、俯いてぶつぶつと何か言い出した。


「あれは言える訳ないし、かと言って今の言葉に対してだと・・・」


 俺が人間だと気が付かれないような言い訳を考えているようだ。


「もしかしてリアンに命を助けてもらったから接し方変わったとか?」

「っ!?そ、そう!!そうなの!!」


 ソフィアはそれだ!と言わんばかりにココナの言葉に食い付いた。


「やっぱりそうだったんだ」

「う、うん!」

「だよね。相手は猫だもんね」

「うんうん!」


 ココナはそれで納得してくれたようだ。

 なんだか鋭いんだか鈍いんだか分からないな。


 今日もこうして平和に過ぎて行くのだった。



 ☆     ☆     ☆



「フォトンレイ!!」


 暗い森の中に女性の声が響き渡る。


 光の線が放射状に広がりながら、暗闇に潜む魔獣を撃ち抜いていく。


「はぁ、魔獣が多過ぎですわね」


 女性は長いウェーブが掛かった薄ピンク色の髪を揺らしながら、森の奥を見た。


「次はアンデッドですか。ま、わたくしの魔法なら怖いもの無しですけど」


 女性が魔法を唱えると、光が帯を引きながら森を駆け抜けていく。そして、アンデッドが近付いてくる前に全て倒してしまった。


「はぁ・・・早く森を出たいですわ。こんなところで迷子になるなんて・・・わたくしとしたことが」


 女性の声はただ虚しく森へと消えていった。

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