第35話

「リアンっ!リアンっ!!ヒーリング!!」


 すぐさまソフィアは俺にヒーリングを掛け始める。


「・・・にゃあ(・・・逃げろ)」

「今っ!今治すからっ!今治すからっ!!」


 俺の言葉の意味を捉えることなく、ソフィアはヒーリングを掛け続けた。


「うっ!」


 だが敵は、イブリスは待ってくれない。


 隙だらけのソフィアに鞭のようにしなった触手が叩きつけられた。


 ソフィアは横に吹き飛ばされ、受け身も取れないまま、地面に転がった。


「・・・り・・あん」


 それでもソフィアは立ち上がろうと足に力を込める。


「家族・・・だもん。リアンは・・・助ける」


 ソフィアは過去、魔獣に家族を目の前で殺された。


 そんなソフィアにとって、いつも一緒にいてくれるリアンのことを新たな家族だと思っていたのだ。


 ソフィアは痛みに耐えながら立ち上がり、イブリスに手を翳す。


「っ助ける!!アクアレイザー!!」


 ソフィアは俺の魔力制御無しに高難度魔法を発動させる。


 それは見事にイブリスに命中し、胴体に穴を開ける。


「サンダーストーム!!」


 次に使ったのは風属性の雷の嵐を巻き起こす高難度魔法。

 それは俺もソフィアの魔力制御ではやったことがない魔法だ。


 サンダーストームは見事に発動し、イブリスに雷の嵐が襲い掛かる。


 イブリスはそんな状況でも触手だけを動かして、ソフィアに向けて攻撃をする。


「うあっ!」


 ソフィアの右肩に触手が突き刺さる。


 ソフィアは次の魔法のため魔力を制御していたので、避けることが出来なかったのだ。


 ソフィアはそのまま痛みで膝を付いてしまう。


 イブリスは雷に焼かれ、麻痺もしているはずなのに、普通にソフィアに向かって歩いてくる。

 口をぱくぱくとして、何かを言っているようだが、何も聞き取れない。


「あ"あ"ぁ"っ!!」


 ソフィアの左肩にも触手が突き刺さった。


 そして、そのまま地面に縫い付けられてしまう。


「あっ・・・うっ・・・・あ」


 ソフィアは痛みで意識が朦朧としていた。そして、魔力が吸い取られていく感覚に陥る。


(これが・・・あの先輩達を・・・・・・お母様を死に追いやった・・・・)


 ソフィアは魔力をどんどんと吸い取られていく。普通の人ならば既に死んでもおかしくない程の魔力を吸い取られているが、ソフィアが持つ膨大な魔力のおかげで、まだ死んでいなかった。

 そんな状態でもソフィアは強い意思の宿る目をして、イブリスを睨み付けた。


 すると、イブリスはまた何かを言う仕草をすると、残りの触手でソフィアの服を切り裂いた。


「あ・・・・う・・・」


 ソフィアは下着姿にされるが、肩の痛みと魔力を失っていく倦怠感で恥ずかしさを感じてる余裕はない。


 イブリスはまるでソフィアを弄ぶように、殺さずに反応を楽しんでいた。


(また・・・また大切なものを失うの?このまま、何もできずに・・・私も死ぬの?でもまだ・・・)


 視界の端では、まだ倒れたままのココナとリアンの姿が見える。


「あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"!!!」


 ソフィアの肩に再び激痛が走る。


 イブリスが触手を肩の中をぐりぐりと、捻りだしたのだ。


 ソフィアはそれでも気を失わなかった。


 ただ『家族を失いたくない』という気持ち強く持ち、何とか抜け出して、イブリスを倒す。


 頭の中はそのことでいっぱいだった。


 だが、現実は非情だ。


 イブリスによる非情な攻撃は続き、工場跡地にソフィアの悲痛な声は響き続けた。


(やめろ・・・もうやめろ!!)


 俺は意識が朦朧とする中、ソフィアの悲痛な声を聞き、強く想った。


 すると、身体がいつもより重くなり、違和感を感じ始める。

 俺はその事実に気が付き、ソフィアの元に駆け出した。


「やめろ!!」


 俺の声は音となり、辺りに響く。


「エアロカッター!!」


 俺の声は魔法を発動させ、巨大な風の刃を飛ばした。それはソフィアに突き刺さっていた触手を切り飛ばす。


 それに驚いたイブリスは俺から逃げるように、後ろに跳躍をする。


「ソフィア!大丈夫か!」

「り・・・あん?」


 ソフィアの目は霞んでおり、俺を正確に認識出来ているかあやふやな状態だった。肩には風穴が空き、血が地面を濡らしている。

 その姿は痛々しすぎて、あまり直視出来ない程だ。


「・・・・・リアン・・・さま」


 そして、ソフィアは小さな弱々しい言葉を残し、そのまま意識を失ってしまった。


「許さねぇぞ・・・イブリス!!」


 俺は自分の魔力制御を行う。

 この感覚は懐かしいようで、普段のソフィアの魔力制御と変わらないような感じもする。


「トルネード!!」


 俺のギフト『暴走』も健在のようで、あり得ないほどの大きさのトルネードが発生する。巨大な竜巻はイブリスを呑み込み、イブリスを無数の風の刃で切り裂いていく。


「プロミネンス!!」


 そして、トルネードに合わせるように、炎で出来た巨大な炎の蛇を這わせる。


 トルネードに炎の蛇が絡み付き、炎の竜巻となり、イブリスを焼き尽くしていく。


「サンダーストーム!!」


 俺は立て続けに高難度魔法をイブリスにぶつけた。


 だが、昔に戦った魔法堕ちディベイトした人間はこれでも倒せなかった。

 だから、まだ油断はしない。


「止めだ。メテオロック!!」


 雷を纏った炎の竜巻の上に巨大な岩が現れた。


 そして、竜巻を押し潰すように岩が落下し、地面を大きく揺らした。


「・・・・・・片付いたか」


 しばらく様子を見るが、何も起こらない。イブリスの放っていた気配も消えている。


 そう判断した俺は、ぼろぼろになったソフィアの元に行く。


「くそっ!!俺がヒーリングが使えたらいいんだが」


 俺は光属性には適正がなく、治癒魔法が使えない。


(息はまだある。それならとにかく止血だ。ソフィアの破れた服を使えば)


 ソフィアの服を破り、ソフィアの風穴が空いた肩に巻き付け、止血をする。


「うっ・・・・ん」


 すると、痛みで起きたのか、ソフィアが目を覚ました。


「ソフィア、大丈夫か?」

「・・・・・・リアン・・・様?・・・っ~~~!!」


 ソフィアは俺がリアンだとわかったようだが、俺を見るなり顔を真っ赤にする。


「あ、わりぃな。下着姿見ちまって」


 俺はソフィアが自分の下着姿を見られたから顔を赤くしたかと思ったのだが。


「見えてる・・・見えてます・・・・・・男の人の・・・・はぅ」


 ソフィアは見えてるとか言いながら、鼻からも血を出して、気絶をしてしまった。


「どういう・・・あ、俺が裸だったのか」


 俺は猫から戻った時から服を着ていなかったのだ。


(そういえば最初に変身魔法を使った時に、服は残されたままだったな)


 俺がそう考えていると、身体が白く光り始めた。


「な!?戻ったんじゃなか・・・にゃにゃあ・・・・・」


 俺は再び黒猫に戻ってしまった。

 不思議なことに、俺が負っていた致命傷になりそうな傷のほとんどが消えていた。


 でもこれでまたソフィアの使い魔に・・・。


(って俺は何を考えているんだ!)


 俺は頭を振り、思考を否定する。


(だけどなんで一時的とはいえ戻れたんだ?ソフィアの悲痛な声を聞いてられなかったから?死に際になったから?)


「う・・・」


 ソフィアは痛みで苦しそうな声を洩らす。


(いや、今はソフィアを何とかしよう。ココナを起こせば何とかなるだろう)


 俺は近くにかすり傷を複数負ったココナを起こすのだった。



 ☆     ☆     ☆



(あれはリアン・ユーベル!!何故ここにいる!!行方不明ではなかったのか!!)


 遠くの影からソフィア達の戦いを見ていた黒いローブの男、スラヴァ・グソフは驚愕していた。


(あいつがいるならもっと制御出来るよう実験しなければ)


 全裸姿で戦うリアン・ユーベルをスラヴァは殺すような目で見続けていた。


「なっ!?」


 イブリスを倒された後、リアン・ユーベルは光に包まれて消えてしまった。


(どういうことでしょうか?霊体にでもなった?)


 遠くからでは、リアン・ユーベルが黒猫になったことに気が付けなかった。

 というより、黒猫が小さくて確認出来なかったのだ。


(・・・・・・もし霊体的存在になっているのだとしたら、この町では危険かもしれませんね)


 これは霊体的存在は単体だと遠くには行けないことを考えての判断だ。


 スラヴァはそう考え、そのまま何処かへと姿を消すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る