Messiah（仮）

第1話 The Empty Space

　――目が覚める。

　辺りは無限に広がる白。天井や壁などは勿論、床すらなく、自分が浮いているのか、それともしっかりと立っているのかすら曖昧な感覚だ。

　ここに至る経緯を思い出そうとするも、思い出せない。

　それどころか、自分の名前や住所、自分が何者であるのかさえ思い出せなかった。

　記憶喪失、という言葉が頭をよぎる。

　よく耳にする言葉であるが、実際に体感するのは初めてだ。

　よく耳にするとはいっても、そういう感じがするというだけで実際によく聞いていたのかは確かめるすべもないが。

　異質な空間で記憶喪失、という極めて異常な現状の中で、それを冷静に分析できている自分に驚く。普通の人間であれば、パニックになってもおかしくないはずなのに。

　何か情報はないかとあたりを見回していると、自分が何かを握っていることに気が付いた。

　握っているものは僕の知っているようで知らない端末だった。形からすればそれはいわゆるスマホであるが、少なくとも僕の知っている機種ではなさそうだった。

　とりあえず起動しようとしてみるが、どこにもボタンがない。音声認識かと思い、「起動！」や「スタート！」などと叫んでみるが効果はなく、むなしさだけが響く。

　一通りいじくりまわしていると、端末の裏側にボタンを見つけた。さっきの時間は一体何だったのだろう。恥ずかしさが込み上げてきて悶えたくなったが、そういえばこの空間には誰もいないのだと思い出し、落ち着いてボタンを押してみる。

　ブゥン、という小さな起動音の後に、端末に光がともった。

　――Welcome to The Enpty Space――

　端末にはそう表示され、すぐにメニュー画面へと切り替わった。

　「何もない空間（The Enpty Space）、か。そのままだな。」

　呟きながら画面を眺める。選択できる項目は少なく、Status、Friend、Quest、Optionの四つのみだ。

　ふとその画面に既視感を覚え、気づく。ゲームだ。ゲームのオプションメニューなども似たような並びだったと、記憶ではなく知識の部分が教えてくれる。

　僕の知識上、こういう時は大抵「Option」の項目にヘルプだとか、そういう説明の項目があるはずだ。

　そう思い、「Option」の項目を選択してみる。

　すると案の定そこに「Tutorial」の項目があった。躊躇うことなく、その項目を選択する。

　「これから、チュートリアルを始めます。衝撃に備えてください」

　どこからか機械的な音声が流れる。端末からではなく、この部屋のどこかから響いているようだ。

　ゴゴゴゴ、という地鳴りとともに、足元が揺れだす。地面ではなく、空間そのものが微かに振動している。揺れはどんどん強くなり、立っていられなくなるほど強くなったとき、僕は光に包まれた。