とある兄弟の会話

ソラ

帰宅

 午後6時過ぎ。

 日は落ちかけており、天頂はすでに夜の色に染まっている。

 紅太は、制服のポケットから自宅の鍵を取りだし、鍵穴に挿す。

 かしゃ、と軽い音がした。鍵が開いている。

「…………」

 今日は父も母も仕事で遅くなると聞いているし、そもそも鍵を開けっ放しにしておく人物は、この家族でひとりしかいない。

 軽くため息をつきながら、紅太はドアを開けた。

「ただいま」

 返ってくる声はない。

 ただ、タイル張りの玄関にごつい黒のブーツが無造作に脱ぎ捨てられている。

 またひとつ、ため息をついた。

 ひとまず、自分のものとあまり変わらないサイズのブーツを玄関の隅にそろえて置き、脱いだローファーをその隣に寄り添わせた。


 換気扇の豆電球だけがついた薄暗いリビング。ソファの肘置きにかけられたコート。わずかな明かりの下でもわかるほど赤い、コート。

 リビングよりも明るいベランダに、無造作に切り揃えられた髪をなびかせている瘦身があった。

 その姿を一瞥したあと、くしゃくしゃになったコートを取ってしわを伸ばす。

 ふわりと、濃い煙草の匂いが立ちのぼる。

――……兄貴の匂いだ。

 ゆるみかけた頰の内側を軽くみ、ベランダへ足を向けた。

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