手にした喜び

 子供のころからプロ棋士になることに憧れていた。漫画かアニメかそのあたりに影響されたのだろうが、もしかしたらそれ以外に何か原因があるのかもしれない。


 そんなことはどうでもいい。

 僕は小さい頃から棋譜を読むことに熱中していた。友達からの誘いなんかもおざなりになっていたが、その代わり棋院に入ったため年上──むしろ年寄り──と仲が良かった。

 こんな時代だからだろうか、小さな子が棋院に出入りするのは珍しいのだろう。とても親切に教えてくれた。


 将棋というのはルールを把握するだけであれば、そこまで難しいものではない。

 しかし戦略その他無限の可能性を秘めている。必勝法がないからこそ、大昔から続いているゲームと言えるだろう。


 最初は見ている専門だったが、徐々に打たせてもらえるようになってきた。

 そうはいっても、相手は熟練の棋士ばかり。敵う筈もない。当然のようにハンディがあった。勝つことによってよりモチベーションは上がるものだと先達が判断したからだろう。

 でも、僕はそれが不満だった。手を抜いてもらっているようだからだ。

「ハンディなしでお願いします」

 そう告げると、周囲は驚いた眼をした。

「本当にいいのかい?」

「はい、そして絶対手を抜かないでください」

 真剣な眼差しが伝わったのだろうか、皆受けとめてくれた。


 結果は当然惨敗。でも不満はなかった。むしろすがすがしい気持ち。そして、多くを学び学べると感じたのだ。


 以後、ずっとハンディもなく全力で挑み続けた。棋譜も読みまくった。

 それでも勝てない。

 老人たちも、以前は手を抜こうとしたりしていたが、その度に僕が怒っていたのでそういうことをしなくなっていた。

 心が折れそうになることもあったが、悔しさが勝る。


 気が付いたら僕は中学生になっていた。

 忘れもしない、中1の夏休み。いつものように挑み、初めて勝つことができたのだ。

 その時の嬉しさといったら表現のしようがなかった。

 ウキウキ気分で家に帰り、家族に報告をし、皆喜んでくれた。


 次の日、棋院に行きまた対局をした。

 駒をいつものように並べようとしたらこんな一言を言われる。


「ほれ、お前さんはこっちじゃよ」


 渡されたのは『王』の駒。それだけで少し泣きそうになってしまった。

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