39.時計





 夜、眠れない時、何故か時計の針が進む音が気になってしまう。

 そのせいで眠ろう眠ろうと思っても、だんだん音が大きくなる錯覚をして、余計に眠れない。


「あー、もう!うるさい!!」


 ついに耐えきれなくなって、私は近所迷惑を考える暇なく怒鳴った。

 しかし時計に自我なんてないのだから、音が止むわけがない。


 考えないように考えないようにして、限界を迎えた時に眠るしかないのだ。

 友人からは安眠グッズをいくつかもらったのだが、それを使ったとしても効果はあまりなかった。

 逆に時計の音を強く意識してしまって、ますます眠れない事態に陥った。





「えー。あれでも駄目だったの?まじおすすめの奴だったのに。」


 美夜子はそう言って、私の目の下にある隈を撫でた。

 私はひんやりとした感触に目を閉じる。


「全然駄目。時計の音が気になって、本当に眠れなかった。」


 最近、ちゃんと寝たという実感が無くて、ぼんやりとしている頭を振った。

 そうすればくらりと意識が遠のきかけそうになって、慌てて目を開ける。


「その内、死んじゃいそうじゃん。危ないよ。本当、時計でも買い替えればいいんじゃない?」


「確かにその通りかもね。でも、実はもう買い替えています。今のは5個目です。」


 変えるという手は、随分前に思いついていた。

 しかし変えても変えても、時計の音は気になってしまう。


 時計を買わなければいいんじゃないかと思ったが、それは日常生活が不便になってしまうから出来ない。


「難しいねえ。じゃあ時計の音がならないように、いじくってあげようか?」


 もう気にしなくなるまで我慢するしかないのか、そう思っていたら美夜子が提案して来た。

 私は少し考えて、駄目で元々かと思い了承する。





「うわー。結構高そうなマンション。」


 後をついてきた美夜子は、皮肉も無く本心からそう言っているみたいだった。

 私はさっさと事をすませようと、彼女の手を引っ張り部屋へと向かう。


 玄関のカギを手間取りながら開けて、中へと入れた。

 美夜子は眉間にしわを寄せていたが、特に何も言わずさっさとリビングの方へと向かっていく。


「その突き当りの部屋にあるから。」


 私はその背中に声をかけた。

 少し後から部屋に入れば、すでに美夜子は時計を外している。


 随分手際が良いものだ。

 そう思いながら、見ていれば時計に耳を当てていた彼女が、眉間にしわを寄せたまま口を開いた。







「ねえ、音なんてしてないじゃない。」


「は?」


 美夜子の言っている意味が分からない。

 今もちくたくちくたくと、針が進む音は聞こえてきている。

 それがしていないとは、頭がおかしくなってしまったんじゃないか。


 大丈夫なのかと心配しつつ、彼女を見ていれば更に言葉を重ねてくる。


「それよりも、さっきからうるさくない?ギーギーガーガー。一体何の音なの?」


 美夜子はおかしくなったんだ。

 だってそんな音なんか聞こえてこない。


 ずっと聞こえてくるのは、時計の音だけ。



 ちくたくちくたくちくたくちくたく




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