二人の世界で

 思わず首につかまると、楽しそうに笑われる。


「ちゃんとつかまっとけよ?」


 ちゃんとロキがドアの桟に当たらないよう気をつけながら、片桐は階段を上がり始めた。子供とはいえ人ひとりを担いでいると言うのに、その足取りに不安定さはない。それがまたむず痒く、ロキは目を落とした。


 地下から出ると、外はもう一面の闇に沈んでいた。廃墟のこの建物の周りは、ロキのセキュリティ範囲内なので状況はいつも見ていた。だが、暗視カメラごしなので肉眼とではやはり見え方は違う。空には月が昇っており、その周辺に申し訳なさ程度に星が散っている。遠くの方には街の明かりが見え、吸う空気は地下の籠ったものとは違う。


「外だ」


 まがいなりにも追われている身だ、本来であれば、外に出るなどありえない。けれど、研究所にいた時、追われている時、確かに自分は憧れていた。何の不安もなく見上げられる空を、確かに憧れていた。それが今、目の前に広がっている。踏みしめた足の裏に感じる土の感触。少し湿気を孕んだ風の臭い。雲一つない夜空。


「外だぁ」

「外だな」


 感嘆するロキに小さく笑い、片桐は彼の頭を頭を撫でた。


 今までヴァーリとトール以外の大人は全員敵でしかなかったのに、何故だろう。この人の傍にいると、安心する。そう、きっとこれが本の中にしか存在しない『家族』というものなのかもしれないと錯覚してしまうほど、片桐の傍は安心できた。


「オジサンみたいな人がおとうさんだったらよかったのになぁ」


 誰もいない広場でロキは楽し気にそう言った。


「忙しくて構ってやれねぇぞ?」


 冗談に乗ってやれば、彼はクスクスと笑う。


「いいじゃん。そしたらボクが面倒を見てあげるよ。洗濯をして、ご飯を作って、掃除をして。学校に行って、くだらない話して盛り上がって。馬鹿みたいに笑って」

「たまに帰ってきた親父は邪魔扱いか?」

「そう。『掃除の邪魔』って掃除機で突っついてあげるの」


 楽しそうに言って、ロキは両手を広げながらクルリと回った。真っ白い白衣が、夜の明かりにひらりと舞う。


 クルクルと回りながらロキは歌うように続ける。


「くたびれて帰ってきたオジサンにね、ボクの学校での話を聞かせてあげるの。で、学校ではオジサンの武勇伝! きっと盛り上がるよ! だって刑事さんのお話だもん!」


 ひとしきり楽しそうに回った後、ロキは立ち止まり遠くを見つめた。


「そういう世界が、あったらいいのに」


 そんな世界が訪れることは無いと諦めている背中に、片桐は笑ってやった。


「全部終わったら、付き合ってやるよ」


 その言葉に、ロキは目を丸くした後笑った。


 諦めたように笑った。


「太っ腹だね、オジサン。いいね、素敵だ。そうしようか」


 そして、視線を落とし、


「きっと、素敵だ」

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