放課後ハースストーン!

ナマコ先生

イントロダクション

高校に入学して1年が経ち、新年度の浮ついた気持ちが薄暗い憂鬱へと色を変える時期に差しかかっていた。

「はぁ…」

けれど、この自分の憂鬱な気持ちは一般的な高校生のそれとは少し違うのかもしれない。部活に所属していない、いわゆる帰宅部の僕は、自分が何も問題を抱えていないことに憂鬱になっている___つまり、暇人なのだ。

「そんなに暇そうにするんだったら、部活に入れば?」

帰りのホームルームを終え、溜息をつく僕に声をかけた彼女の髪は肩にかかる程度で、いかにもスポーツ系少女、といった風である。

「やっぱり、暇そうに見えるかな」

「いや、まぁ、そうなんだけど。でも、ほら何かやってた方が楽しいしさ」

「ありがとう。でも、僕さ、運動は平均的だし、足もあんまり速いわけじゃないから。」

「別に才能があるからとか、ないからとかで部活は決めるものじゃないと思うよ。私だって陸上部入ったときは全然だったしね」

確かにそれは事実だったのだろう。自分がこの高校に入学してきたときは当然だが、彼女の名前は知らなかった。しかし、今となっては、目の前の少女、河本広海の名前を知らない者は学校でも少ないだろう。彼女は高校に入ってから陸上の才能を花開かせ、関東大会でも結果を残すほどになったのだ。

「でも河本さんは、陸上に向いてたわけでしょ?それなら熱中できるじゃないか」

我ながら、意地の悪い質問だ。出来ない事を盾に、何もやらない事を言い訳しているみたいで…

「うーん、なんかちょっと違うかもなぁ。私にとって部活って、そういう感じじゃないのかもしれない、、うーん、わかんないや!」

そういって、ハハハと笑う彼女は僕なんかよりもずっと人間が出来ているのだろうと、強く思った。


河本は部活に向かった。部活で凄い成績を残しているのだ、血の滲むような努力をしているに違いない。学校という施設は、ああいうような、自分とは生きている世界が違う人間と、ただ席が近いという理由で話す事が出来る。不思議なものである。僕にとって未知との遭遇場所である、学校の校舎は夕方になると、奇妙な静けさを帯びる。校舎に残る人間はあまり多くない。遠くから聞こえる部活動の音、あとは少しの物音。自分が歩く音が廊下に響くのは、心地よいものである。


進路指導室の戸を開く。生徒が憂鬱になる時期だという事で、担任が心配な生徒と面談をすることにしたらしい。何事にもあまり活力が感じられないとの事で、僕は勿論対象であった。

「一応呼んでみたのはいいものの、あんまり話す事は無いな。」

あまりに雑な仕打ちではないだろうか。河本と話してから今まで二時間くらい、待っていたというのに。しかし、怒りよりも、この仲山という教師への寛容が先行している自分の心境に鑑みるに、僕はもしかして真面目なのかもしれない。

「そうですか。」

「正直な話、学年団の間で面談の話が出たとき、俺にはよく分からなかったんだよね。」

「…と、いうと?」

「お前が何をするというわけもないから話すか、、今この学年全体として、鬱々とした雰囲気に呑まれているんだよ。」

「へぇー、そうなんですか」

鬱々とした雰囲気、そのようなものは面談をしたところで何も変わらなさそうだが。

「勉学に励んでいた奴が急に何もやらなくなったり、部活に積極的だった奴が休みがちになったり、な。」

「それは大変ですね。」

本心にもない事が口から出た。やはり私は真面目ではないのかもしれない。

「思ってないだろ、そんな事。でもお前はすげえよな、前からずっとその調子だからな。勉強だってそれなりにこなしてるじゃねぇか。上の下だった成績が、上の中くらいだぜ、今はな。」

「褒めてるんですか、それ。」

「貶してはいないよ、それでな、まぁ教師としてもあまり良く思ってないらしくてなぁ、何人かは面談するよう頼まれたんだが、他に気になる奴も面談しろとさ。」

「へえ。」

つまるところ、ある程度以上面談をしているという事を他の教員にアピールしなければならず、他の教師から見たら心配な僕を面談することにした、と。そういう事らしい。

「まぁいいですよ、先生も色々面倒くさいんでしょう、僕としても去年の担任と違って、帰宅部である事を悪く言わない先生には感謝してますしね。」

「すまんな、本当。」

「他にはどんな人が呼ばれてるんですか?」

「それ、聞くか?普通はな、誰しも人に知られたくない事とかあるもんだぜ」

「分かりました、良くない事を聞きましたね、すいません」

面談はこのように、あまり自分と関係ない話をして過ぎていった。自分としてもどうせ暇なので、理解のある教師と話す事は嫌いではなかったのだ。10分程雑談し、退室しようとしたところで彼は、

「別にどうするにも好きにすればいいさ、お前の場合は自由にしても満足できるさ」

と、声を掛けてきた。何故彼がこのように信頼してくれているかは分からないが、人からの信頼というのも悪くないものだな、と柄にもなく思ってしまったのである。


橙色の空の端から、黒が染み込んでくる、そんな時間。いつもよりずっと遅くまで学校に残ってしまい、少し早足で家に帰ろうと下駄箱に着いたとき、私は忘れものを思い出した。勉強はそれなりにこなしている、仲山はそう言っていたが、自分は記憶力が欠如していて、忘れものなど日常茶飯事である。いや、飯を食うよりも頻繁に忘れものをする。試験での失点も多くはド忘れであり、前の試験では、、何をド忘れしたんだっけな、という始末である。さて、そんな自分でも、教室にカバンを忘れたのは思い出す事が出来た。このままでは手ぶらで家に帰るところだった。


進路指導室に向かったときよりもずっと強い静寂が校舎を覆っていた。下駄箱で靴を脱いでしまったが履くのは面倒であったから、汚いが裸足で教室に向かっていた。だから、無人であるはずの教室からする、少しの物音にも気づけたのかもしれない。


好奇心に負けてしまった、少し音がするからといってそれを確認する必要はなかったし、それが自分の教室ではなかったから、尚更であった。好奇心ゆえの行動、その先には、日常を超える未知があったのだ。


ある教室の扉を開けると、そこでは、河本広海が、携帯でゲームをしていたのである。

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放課後ハースストーン! ナマコ先生 @moryo31415

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