第20話
「お~い…生きてるか~」
「ああ、幸せだよ」
散らかった俺の部屋の床で二人は部屋の広さに足りなかった絨毯から外れたフローリングにベッタリと顔をつけながらお互いを見ていた。
偶然なのかそれとも必然だろうか?
すっかりとリキッドを吸収し終えた俺たちの体勢は向かい合うように…つまり…その…左右対称でまったく同じだった。
ふと想像すると俺と渋谷を中心に木目長のフローリング。
無造作に散らばった小物とゴミが非対称でありながら何か深い考えを施したように彩りを与えている。
ああ芸術とはこんなにも近いところにあるのだな。
フニャリとした声と蕩けているような身体で、わずか1メートル先にいる同胞を繋がっているようにも思えるくらいに身近に感じる。
「なあ…凄い…だろ~」
「あ~最高だ…な~」
冷たいフローリングの上で軟体動物のように俺たちの身体は弛緩し、そして緩慢に動いている。
全てが幸福に繋がるとはこういうことなのだろう。
自らが発した声の振動で全身の性感帯がダイレクトに揺らされているような感覚に俺と染谷は酔いしれている。
だがパーティはいまだ始まらない。
それはこれからわかるだろう。
やがてそこからニ時間程たった。
全身にそれが充満して飽和するようになってはじめて動けるようになる。
ようやくパーティ会場の扉(ゲート)は開いた。
さあパーティはここからだ!
無造作に立ち上がる。
参加者の一人はまだまどろみの中で、でも目線だけはこちらを向いている。
こいつももうすぐだな。
横目で奴を見ながらコンポのスイッチを入れ…ようとして辞めた。
「点けないのかい?」
「駄目だ…近所迷惑だ。 通報されたら厄介だろ?」
フワリとした声が心地よく背中を撫ぜる。
普段ならば決して思うはずのないのにどうして他人の声はこんなに美しく思えるのか?
それならばプロの歌手ならば?
コンポの前から移動して棚からある者を取り出す。
そしていまだ朦朧とする染谷の前に置く。
「CDウオークマンか…いいねぇ」
ポツリと漏らした一言ですら…ああ、美しい。
まだズシリと重い身体を投げ出す。
着いていたイヤホンジャックには双タイプのアタッチメントが点けられていた。
それにイヤホンを二つ点けて無言で染谷に差し出す。
その意図を察して染谷は両耳につける。 俺も同じように。
ウルウルと潤んだ瞳を見ながら俺はスイッチを入れた。
「ああ~~!スゴイ!スゴイ!」
選んだジャンルはハードロック。 普段とは違う選曲だ。
せっかくの初めてなんだ。
今日はとことん飛びたいだろう。
俺も染谷も。
余分な思考をカットし、瞳を瞑る。
そうすれば俺もまた飛びたつだろう。
音の宴へと。
ザラザラとしたギターの音色に削られていく。
穿つようなドラム音に打ちのめされる。
そして倒れこむ俺をベースの低音ラインが優しく受け止めてくれる。
ヴォーカルの歌声は音色に色をつけてくれた。
情熱の赤に高音はジグザグと伸びやかなラインで、低音は燃え盛るように心を燃やし尽くす。
それらすべてが綯い交ぜになり、グシャグシャと心の底をかき乱していく。
硬く干からびていた精神に魂が宿る。
閉じていた瞳を開けば電灯の光がキラキラと輝いていて、生きていることの喜びが次から次へと湧いてくる。
ああ、これで今日も明日も俺たちは生き続けていける。
だがこれが…リキッドが無ければ俺は、俺たちは幸せに生きていけるだろうか?
いかん…。
思考に雑念が混じる。
途端に足場が抜けるような感覚が迫ってくる。
駄目だ! 駄目だ! 早くこの音から抜け出さないと!
俺は………。
俺は……。
俺は…。
「…………あれ?」
音が止まった。
起き上がってCDプレイヤーの液晶を確認すると液晶画面にはアルバムの視聴時間だけが表示されている。
どうやらリピート再生するのを忘れていたようだ。
失敗だな。 だがおかげで助かった。
最近リキッドブースターの効果に僅かながらの変化が出ているようだ。
しかしまあ、そういうこともあるからこその逸脱行為なのだからこういう日もあるだろう。
ふと横を見ると、もう一人の逸脱者は白目を向きながら恍惚の表情でビクビクと喘いでいた。
とりあえずムカつくから、軽く蹴りを入れておこう。
手荒い激励だと後で言っておけばいい。
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