第8話
「お~、着いたな」
雲ひとつ無い夜。
墨のような夜空には砂を撒いたように星空が光り、丸く切り取られた薄黄色の月がポッカリと綺麗に浮かんでいる。
それと同じくらい綺麗な笑顔で染谷は彼自身の家の前に立っていた。
男に綺麗ということは普段なら抵抗があるのだが、それでもかつての染谷の表情と比べればそう評価することしか出来ない。
「待たせたか?」
と声をかける。
「い~や、待ちどおしくて俺が勝手に出てたんだよ」
染谷はおどけながら軽やかに助手席へと乗り込んでくる。
それが何だか嬉しくなってしまって車の扉が閉まったことを確認したあとに出た
「それじゃ出発しますか~!」
言葉は思っていた以上に明るかった。
週末の夜。 共に明日は休みな土曜日。
吐く息は白いが心はほのかに温かい。
俺にとっては何度目か、染谷にとっては初めてハーブを買いに行く日だ。
県外の繁華街に最近出来たハーブショップはかなり質が良いらしい。
SNSで仕入れた同好者のコミュニティでそれを知った俺は早速そこに行ってみることにした。
だがいかんせんガソリン代等を考えると、手放しにというわけにはいかないので、先週、俺の部屋でハーブを楽しんでいた染谷にそのことを話すとすぐに俺も行くと言ってくれた。
いままで買っていたところは路上販売なのであまりにも人目が多すぎる。
別段気にしなければいいことなのだが、どうも繊細な俺にとってはやはり抵抗があった。
なによりその店以外にも素晴らしいハーブがあるかもしれないのだ。
本来出不精である俺だが、ことハーブを知ってからは大分アクティブになった。
もっともそれはハーブに関することだけだが……。
「さすがに首都圏に向かうだけあって車の往来が多いな」
運転する俺の横でそんなことを呟く染谷は言葉とは裏腹にワクワクしていることが見て取れた。
「まあな…それでもその分駐車場は無駄にあるだろうから、車を止められないってことはないだろう」
俺も上機嫌で答える。
車内はBGMとして少し前のJPOPが流れていて、懐かしき青春時代に流行した歌ばかりだ。
俺も染谷もカラオケには行かない人種だが、今日ばかりはお互いにこれからのことを考えて上機嫌だったようで思い思いに歌詞を口ずさんでいる。
思えば染谷と仲良くなったのは音楽の趣味があったからだろう。
同じクラスになったのは一年間だけで、最初はお互いに口すら聞かないくらい疎遠だった。
あるときにたまたま俺が聞いていたCDを見て、
「それ、俺も好きなんだ」
と話しかけてきたのが仲良くなるきっかけだった。 それを言われるのはクラスが分かれる一ヶ月前だったが…。
若ければ若いほどに仲良くなるのは容易い。
いま思えば年齢を重ねるほどに親友を見つけることは難しいものだ。
孤独で無口だった俺にとっては染谷と出会えたことは少なからず人生にプラスになった。
多少は社交的にはなったもんな。
横目で見る親友は窓の外を見ながら流れてくる曲の一節を歌い上げていた。
『誰かが残していった退屈にあくびが出ちゃう。 人生ってのはそういうもんかな?』
その問いかけじみた歌詞を親友は口ずさみながら、俺は心の中でひそやかに歌い上げていた。
ふと見上げると首都高の入り口を示す緑色の看板が俺たちの頭上を通り過ぎたところだった。
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