そのリフレインの終わりに

古原千里人

プロローグ

第0話 プロローグ、覚醒・拡張、霧散

名前を呼ぶ声が聞こえる。


真っ暗な海の底だ。

漂うのは、生きているのか

死んでいるのか分からない海草ばかり。


太陽の光が全く差さないのにも関わらず、 ここは少し暖かい。

何故かとても懐かしい匂いがする。

時々コポコポと音を立てながら、小さな空気の塊が上だと思う方向へと昇っていく。

昼も夜も分からない、ひょっとしたら時間の流れすらないだろうこの空間。


色んな事が分からないのに。

分からないという事が分かる、という事になんだか安心感を覚える。


まただ。

名前を呼ぶ声が聞こえる。

きっとこのイメージから、

僕を出させたいのだ。

イメージ、そうこれはイメージ。


光の線が一筋、やっぱり上だと思っていた方向から差してくる。

もしこの光の線に質量があったら、僕は貫かれてもいいのに。

でも、そんな願いは叶わない。


そんな事を冷静に考えている。


ここから出るのは嫌だ。


どうしてこんな空間に、僕は留まりたいのだろう。

優劣も、善悪も、何もない。

在るのは暖かい水の流れ、

そして自分の鼓動だけ。

貧富も、美醜も、主従もない。


そうか、ここには僕一人。


だから何もないのか、煩わしいものが。

なんてここは綺麗なのだろう。

煩わしい人の概念が、ここには一切ない。

また、名前を呼ぶ声が聞こえる。

僕はここを出たくないのに、

誰が僕の名前を呼ぶのだろう。


誰にも邪魔されずに生きていく。

そんなことは夢でしかあり得ない。

そうかこれは夢かもしれない。


都合のいい夢だから

誰かが僕を、起こそうとしている。



何度目だ、名前を呼ぶ声が聞こえる。




「───起きたか?」

僕の覚醒に合わせて、室内の照明が最大になった。眩しさに思わず目眩がする。

「おはよう、何時?」

視界の中央で僕のバディであるカンパが、時刻カウンターをポップさせる。

「2054,3/18,jst8:25.予定起床時間を25分もオーバーしている、何度も呼び掛けたのだが」

「久し振りに夢を見ていたみたいだ。内容はもうあまり思い出せないけど」

「それらしい脳波を検知していた、まずはいつも通りカフェオレを淹れる事を勧める」

「はいはい」僕はベッドから起き上がり、隣の部屋へ移動する。その途中思い付いた事を口にする。

「夢って昔はさ、実現不可能な事だったり、達成困難な目標も指していたんだよね。今じゃ拡張現実内で、大抵の事は体験出来るけど」

「それ以外にも、突飛な物語や理想を指す場合もある」キッチンでインスタントの珈琲と牛乳でカフェオレを作る。

「想像以上って意味だよね。夢にも思わなかった、夢物語だってやつ」

「何年も前だが、そこから深層心理を解明しようとした学者も居たようだ。ネット上にはその記録がある」

「あぁ、外界の影響を受けたりするんだよね。僕って小さい頃からさ、見た夢のその続きが見れたりするんだけど」

「知っている。4,5才の幼少期の君は、よく私に話してくれた、当時の記録はまだ残っている。探し出すのに、予測で五分掛かる」

「恥ずかしい事を言わないでよ、探さなくていいから」

「恥ずかしい事が何を指すのか分からないが、それを言ったのは私ではないと指摘したい」

「もう良いから、デスクに昨日のファイル出して。レポートの続きを少し進める」

僕はカップを手に机に移動して、ポップしてきたファイルを確認する。

「セキュリティはA級、チェックを頼む」

「call,imagesphere. contact」

A級セキュリティでロックを掛けていたので、イメージスフィアの認証を得る。様々な僕の深層心理イメージが駆け抜ける。僕の精神はそれに対し記号化出来ない、抽象的イメージを反応させていく。


「セキュリティをパスした、指定されたファイルを開く」

手のひらで雲を掴む様に呆気なく、跡形もなくイメージは霧散した。


その感覚は続きの見れない夢の様だ。


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