第9話

 翌日、司令官室に集まったのは、アキラと真冬、ハルと千夏、そして八雲とほのかの六人だった。

「……なるほど。火車が、氷堂の一族を狙っていたあやかしだったか」

 千夏の報告をひととおり聞いた八雲が静かに頷く。これまで曖昧なままだった色々な情報が、ひとつに重なった。そんな予感はあるものの、まだわからないことも多かった。

「氷堂の一族って、そんな狙われやすいの?」

 ほのかが首をかしげながら訊ねたそれも、わからないことのひとつだ。アキラもまた、ほのかと同じような疑問を抱いていた。

 だが、それに関しては真冬が疑問を拭ってくれた。

「今でこそ行われていませんが、氷堂家は元々神を宿す依り代とされてきました。氷堂家はその霊力の高さからあやかしに狙われ、若くして命を落とす一族です」

「マジかよ……お前、そんなヤバいんだったらなんでもっと早く言わないんだよ」

 きちんとわかっていたら、アキラだってもう少し対処の仕方を変えたはずだ。拗ねるように言うアキラに、真冬は嫌そうな顔をする。

「説明したところで分かるのか? そもそも、お前はこの世界のことに詳しくないだろう」

「そりゃそうだけど……さすがに相棒のことくらい知っておきたいだろ」

「相棒……」

 真冬の反応は予想外のものだった。頬を染め、心なしか嬉しそうに目を煌めかせ。その反応に、思わずキョトンとする。

 赤い顔をする真冬に、わずかに涙ぐみながら千夏が肩を抱く

「よかったねぇ、真冬ちゃん。初めてのお友達だもんねぇ。ずっと家に閉じ込められてたから」

「友達じゃない!」

 なるほど、これが由緒正しいツンデレか。アキラが感心していると、今度はハルが疑問を口にした。

「監禁されてたの?」

 その問いに答えたのは千夏だった。

「氷堂家の風習なんだよ。あやかしに狙われるから若くして命を落とすって言ったでしょ? だから、二十歳になるまでは二重三重に術式を張り巡らせた屋敷で過ごすことになってんの。それでも、力が強い子どもはあやかしを引きつけちゃうんだけど」

「真冬があやかしに対して慎重だったりすぐ動揺したりすんのって、もしかしてそのせいっすか?」

「動揺は……」

「してただろ」

 していないと言おうとした真冬にジト目で言えば、彼は反論出来なくなったのか押し黙る。直後、諦めたようにため息をついた。

「……不意にあやかしの声が聞こえる。それも、僕にだけだ。誰も信じてくれない。ちゃんと理解して守ってくれたのは、千夏さんだけだった」

「だったらそれを言えよ……悪かったよ、突っ走るようなこと言って」

「いや……僕の方も、お前があやかし祓いになった理由を知らなかったから……」

「まー、そういうのもあったから、お互い様ってことで!」

 半ば開き直るようにそう言ったが、真冬は苦笑しただけで反論はしなかった。それはつまり、アキラの言い分を受け止めてくれたということでいいのだろう。なんだかんだ素直なのだ。可愛いやつだと少し思う。

 そんなアキラと真冬の様子を、先輩二人は嬉しそうに見守ってくれていた。

「仲直りだね~。いやあ、よかったよかった!」

「このまま二人で組んでも問題なさそうだ」

 千夏とハルの言葉に、八雲もまた頷く。

「そうだな……アキラ、真冬、今後も頼むぞ」

「はい!」

 二人の言葉がぴったりと重なる。これで名実共にバディになれた。そんな予感がする。となれば、次にすることはひとつだ。

「んじゃ、もうちょっと交流を深めるために、飲みにでも行くか!」

「いや、僕は酒は……」

「なんだよ、飲めないのか? 酒飲んでる方が話しやすいだろ。俺、ビール飲みたい」

「僕は日本酒がいいな」

「ハルも行く気満々!? でもねえ、真冬ちゃんは飲めないんだよ」

「それも氷堂家のしきたりですか?」

「いや、真冬ちゃん未成年だから」

「……え?」

 信じられない言葉を聞いた気がする。未成年。組織で仕事をしているということと、彼の物言いから勝手に自分と同い年くらいかと思っていたが――

 言葉を失うアキラに向かって、千夏は得意気に胸を張る。

「氷堂家のしきたりでは二十歳までは家から出られないけど、それじゃ可哀相じゃん? だから、真冬ちゃん本人が戦えるようにして外に出られるようにしたの! だから真冬ちゃんはまだ未成年だけど屋敷の外にいる! 俺のおかげでね! へへー、俺すごくない? すごくない?」

「いやいやいや……こんな図太くて図々しくて偉そうなのに未成年!? 俺より四つも年下!?」

「誰が図太くて図々しいだ! だいたいお前が年上に思えないほどだらしないのがいけないんだろ!」

「誰がだらしないだ! 食事の後はすぐに洗い物してるぞ!」

「そういう話じゃない!」

「でもお前洗い物しないじゃねえかよ、このお坊ちゃま!」

「やり方を知らないだけだ、教えてもらえればやれる!」

「あーそうかよ、じゃあ教えてやるからお前今日から完璧にやれよ? 掃除と洗濯もな!」

「出来るに決まってる!」

 だんだん話が逸れてきているのは自覚していた。遠くで司令官やハルや千夏が微笑ましく見守っている。そのことにも気付いていた。いい加減に軌道修正しなければいけない。そうは思うものの、これだけは聞かずにいられなかった。

「だいたいお前、なんで今まで未成年だって黙ってたんだよ!」

 別に年齢なんて言ったところで不利益になるわけでもあるまいし。隠し事をされていたことが腹立たしい。だから勢いに任せてそう言ったのだが。

 真冬の返事は、やはり予想外のものだった。

「そっ……そんなこと言ったら子ども扱いするだろ! 対等に扱われたかったんだ!」

「おっ……お前、可愛いな?」

「可愛いって言うな!」

 ――こうして。

 後に組織の核となるルーキーたちの『願い』は、走り出したのだった。


終わり

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白銀のデザイア 木原梨花 @aobanana

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