第18話「特別授業」


 カンカンカンと甲高く激しい音が修練場内を鳴り響く。

 修練所内はざっと二百人以上の人間が、型稽古を一斉に始めても大丈夫なくらいのゆとりのある広さだった。


 中間考査の試験期間は、試験免除の生徒を含め原則使用を禁止されている。

 もし万が一、使用する事があるのなら担任の先生の許可が必要である。

 そのせいか今日はこの修練所には誰一人いない貸切状態だった。


「っ……」

「ほらほら、どうした!さっさと反撃して来いよっ!」


 ニーナ先生は、いつもより楽しそうな表情でタケルに木製の剣を打ち込む。


「っ……クッ、、」


 タケルはニーナ先生の激しい打ち込みを受け止めるのが精一杯だった。

 反撃しようにも先生の一撃一撃が相当に重く、受け止め続けて数分、手が尋常じゃないくらい痛い。


⦅このままじゃ時間の問題だ。いずれ先生の剣に押しつぶされちまう。何かいい方法が……⦆


「ほらほら、いつもの元気はどうしたぁ? ハッハッハッ」


⦅なんでこの先生こんなに楽しそうなんだよ。やっぱりドS女教官だ。⦆


「何を、考えているのか知らんがな、お前みたいな奴はな、頭で考えるな!剣筋を見て、そして感じろ!」


 ニーナ先生は、不気味に笑いながらも剣を振り続ける。


⦅見ろって?? このバカ重い一撃を見た所で……⦆


「………あっ!?」


 タケルは、先からニーナ先生の剣先の軌道が同じ事に気が付いた。


⦅でも軌道が分かった所で、どうやってこの重い一撃を跳ね返すんだ?⦆


「ほら、また考えてた、ナッ!!」


 さっきより比べ物にならないくらいの一撃がタケルの剣を押し込んだ。

 そしてそのままニーナ先生の剣は、タケルの頭部に直撃した。


 ガンッ!


「グハッ……イッテェ……」


 タケルは、そのまま地面に尻餅を付いた。


「ふぅ。ま、こんなものか」


 額に映る汗が首元に流れ込んいく様は、より一層ニーナ先生の大人の女性としての色気魅力を引き立てる。


「お前、何故魔気を使わなかった?」

「えっ……それは……」

「いくら稽古用の木製の剣とは言え、この剣は大体の魔気に耐えれる用に作られてる事は、お前も知っているだろう?」


 タケルは、何か思い出したように顔を俯かせた。


「俺……自分の魔気があんまり好きじゃないんだ」

?」

「えっ……なんで、そのことを?」


 ニーナ先生は、大きなため息をついた。


「あのなぁ~私はお前の担任だぞ?そんなことくらい林間合宿の時にすぐに気付いたに決まってるだろう」

「えっ!?でも先生は、オークと戦ってる時いなかっただろ?」

「違う。魔気の属性検査の時だ」

「いやいや、あの時は、ただ俺が魔気を上手く扱えなかっただけだっただろ?」


 再び大きなため息。


「もういいよその事については。それにオークと戦った時のオーク達の様を見れば何と無く察しはついたんだ」

「そうだったのか……」

「それで、自分の魔気が怖いのか?」

「いや、わからない。俺は、あの時の事はちゃんと覚えてる訳じゃないんだ。

 でも一時的に敵を斬れば相手の腕ごと溶けたり、刺せば穴が開くほどドロドロに熱かったのは何と無く覚えてる」


 そしてタケルは、真面目な顔をしながらゆっくりと立ち上がる。


「先生。俺の魔気は、一体何なんだ?ただの火属性じゃないのか?」


 ニーナ先生は、タケルの真面目な表情を、目をしっかりと捉える。


「お前の魔気は、火属性で間違いない。……でも一時的に熔岩マグマ使いにもなってる」

熔岩マグマ??」


 タケルは初めて耳にするその属性の名に、驚きと動揺を隠せなかった。


「マ、マグマってなんだよ?そんな属性聞いた事がねぇよ」

「あぁ。もちろんかなり珍しい。大和ヤマトの地には、確かそういう物達もいると伺っているが、このラタリアでは少なくとも私が出会ったのはお前だけだ」


?⦆


 タケルは、色々な情報に混乱し始める。


「でも俺のそのマグマ?ってやつ、あれっきり使えないんだよ。

 でもいつあれが出るか分かんねーから、実技授業でもあまり本気だせないんだよ。

 あれが出ると剣の方が溶けちまうから。それに剣焦がしたりすると先生怒るだろ?」

「別に事情が事情なら怒らんさ。でもお前のソレは、火属性の上位進化によるもので本来は、お前のようなひよっこに出来る芸当じゃないんだ。

 だがな、己の根幹になる火属性の魔気をしっかりと修練を詰めば、コントロール出来る様になるかもしれんぞ」

「ホントに怒んねぇのか? よっしゃあ! それなら次からは、遠慮なく魔気が使えるぞ!!」


 その時、ニーナ先生はニヤッと頬を釣り上げた。


「タケル、もう一度剣を持て!」

「え?」

「いいから剣を持て。今から私にお前の全力の魔気をぶつけてみろ!」


 あまりに急な先生の発言に驚くタケル。


「えっ!?でも……いいのか?」

「何度も言わせるな。これは特別授業だ」


 タケルは、今の自分を本気で受け入れてくれるという相手がいる事の安堵と、でも自分がもし先生を溶かしてしまったらという不安の双方に襲われる。


「何を躊躇ためらっている。お前らしくもない! お前私を少々舐めすぎてないか?」

「いや、別にそんなことは……」

「“お前は弱い!!”」

「えっ!?」


 いきなりニーナ先生から強い言葉を放たれ、不意を突かれるタケル。


「お前は自分が思っている以上に弱いって言ったんだ。

 うぬぼれるなこの小童が!

 お前には魔気の本当の戦い方を少しばかり教えてやるよ!」


 ニーナ先生は、いつもよくタケルには怒る方だが今は何かいつもと違う雰囲気を感じる。


「構えろ。剣を握れ。魔気を出せ」


 ニーナ先生は、凛々しい声がいつもより低くより重圧を感じる。


「あぁ……やってやるよ」


 タケルはゆっくりと木剣をギュッと握り直し、左足を前に右足を半歩後ろに引き腰を中段に降ろして右手で握る剣に力を入れる。

 そして刀身にボワッと赤い炎が灯り始め、全体に薄く赤色のオーラが纏い始める。


 __今も授業の時も思ってたけどなんでこの木製の剣は火で燃えないんだ、とタケルは不思議がりながらも正面にいるニーナ先生に照準を合わせる。


「フッ。ようやくその気になったか。いいだろうかかってこい」


 余裕そうな表情のニーナ先生は、一瞬視線をチラッと入り口付近に見せた。

 次の瞬間には、刀身にバチバチと電撃が激しく打ち合っていた。


⦅へっ。先生も本気ってか。なんかあれこれ考えるのはもういいや。今は先生コイツを倒す!!⦆


 タケルの赤色の目かがより濃くなっていく。

 ニーナ先生までたったの二メートル弱。

 すぐさま飛びつけば斬り合いになる。


 対するニーナ先生は構えは、ほぼ棒立ち姿に剣はだらんと下を向いている挙句に手招きまでする余裕。


⦅行ける。これだけ隙があればまず初撃で確実に間合いを詰めれるはず⦆


 そう思ったタケルはすぐさま右足をバネにして前進する。


「舐めてんのはそっちだろがぁぁああ!!」


 距離はかなり詰め、一メートルを切った。

 すぐさま斜め上段斬りのモーションに入る。


「いや、舐めてるのお前の方だよ。タケル」


 微かに聞こえた先生の言葉など無視して首筋辺りめがけて剣を振り下ろす。


 バチンッツツ


 先程とは違い、とても木製の剣とは思えない音が修練所内を響かせた。


 __確かに今斬ったはず。


 ニーナ先生は、斬られる寸前まで全く、いや一ミリたりとも動いていなかった。

 なのにニーナ先生の首元手前には、電撃を迸る木剣がタケルの赤く薄身を帯びた剣を止めていた。


「なっ……」

「言っただろ。“お前は弱い”」


 そう言った瞬間先生はクルット半回転して、後ろ回し蹴りをタケルの頭部にかました。


「ブッァァアア……」


 それをもろに受けたタケルは、床に吹っ飛んでいった。


「いってぇ……」


 頭部にもろにやられてタケルの怒りは上昇。

 すぐさま起き上がり魔気を込め直す。

 赤色の薄身を帯びたオーラからメラメラと炎が立ち始める。


「ぶっ殺す!!」

「こいよ!!」


 吹っ飛ばされて先生との距離は先よりも放され、三メートル弱。

 だが頭に血が上っているタケルとってそんな事は、もう関係のない事。


「ヴォオオオオオオオ!!」


 赤い炎と薄紫の紫電がぶつかり合う。

 バチバチと火花を幾度となく散らしはじめる。


「燃えろ!もっと燃えろぉぉおお!!」


 剣を一度引いたタケルは、剣に力を込め直し、刀身の炎は先程よりも深くメラメラと舞い始める。

 そして左右に幾度となく上段斬りを始めた。


「ヴォオオオオオオオオ!!」

「そうだ、そうだ、もっとお前の炎を私に見せて見ろ!

 まだまだこんなもんじゃないだろッ!!」


 余裕でタケルの斬撃をいなす先生の表情は、やはり少し笑っているように見えた。


「クソガァァァア!!」


 タケルの雄叫びと共に今まで一番重かろう一撃が放たれる。

 すぐさま鍔迫り合いが始まるかと思われたがそれもあっけなく。


電撃流しサンダーポーイングッ!!」


 ニーナ先生の剣から溢れんばかりの電流が、タケルの炎を呑みこんでいく。

 そしてタケル剣を通り越し、電流は体にまでも流れ込んでいった。


「アァァヴァァァア!!」


 全身を真っ黒焦げになりながら、タケルは膝から崩れ落ちていく。

 タケルの意識がゆっくりと薄れかかっていく。


「立て。特別授業はまだ終わっていない。寝るな」


 ニーナ先生は、崩れ落ちていくタケルの首根っこを掴み頬を無理やりビンタする。


「ヴッ……」

「まだ私に見せてないだろう。お前の熔岩本気を」


 ニーナ先生は無表情で目の奥は一切笑ってはいなかった。

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