第17話「居残り」


「うーん、気持ちぃ」


 リリアは、気持の良い朝日に照らされながら金色の髪をなびかせるように街の川沿いを歩いていた。

 大きく背伸びをしながら、まだ馴染みがあるとは言い難い青銀学園せいぎんがくえんへの通学路を歩く。


 歩く。


 歩く。


 うん?


 何か妙な視線を感じる。


 しかもとてつもなく、いや、尋常な程見られている。


「えっ?誰かいるの?」


 少し不気味に感じたが勇気をだして後ろを振り返る。

 そこには誰もいない。


 いつも通りの街並みがあって、早朝なので人は多くはないがリリア自身を見つめ続けている人の姿は、どこにも無かった。


⦅何なんだろう?気のせいなのかな⦆


「よっ!!」


「キャアァア!!」

「なんだよ、そんな大声出して!まるで俺が不審者みたいに思われるだろが」


 いきなり自分の肩に手を置いてきた人物は、リリアを少し不思議がる表情で見つめていた。


「なんか、まだ三日くらいしか経って無いのに久しぶりな感じだなリリア!」


 その少年は、たまに見せるニッっとした表情をリリアに見せた。


「なんだ、驚かせないでよ……ってタケル!? えっ、あんた身体は大丈夫なの?」

「うーん、何だかよくわかんねーんだけど、学園の医務室の先生がもう大丈夫だってさ」


 ___あんなにボコボコにされたのに経ったの三日間で治したって言うの?


「でも実際は、二日間くらいずっと眠りっぱなしだったらしい。

 先生には、なんで貴方の身体は、そんなに頑丈なの?とか言われたけど……まぁ元気に違いはない!」


 タケルは、まるでオーク戦あの時がもう終わった事のような口調で淡々と喋っている。


「あんたねぇ。ちょっとは先生にも感謝しなさいよね。本当にボロボロだったんだから」

「やっぱりそうだったのか? 正直さぁ、俺あんまりあの時の事覚えてねーんだよな。

 全く覚えてねえって事はねぇんだけど、なんか記憶がぼんやりしてるんだよなぁ」

「覚えてないってあんた、まさかオークと戦ってた時の事もなの?」

「うーん、それは覚えてるんだけど、自分がどうやってオークと斬り合ってたのかとかこう、細かく思い出せねぇんだよなぁ。

 あ、でもアルンが凄い強かったとか他の皆やコフィンが来てくれたり、最後にニーナ先生の姿が一瞬だけあったとかはちゃんと覚えてるぜ」


 ニッシッシッと鼻をこすりながら赤髮の少年は言う。


「でも、リリアが達が無事で良かったよ」


 タケルは、どことなく凛々しい表情で遠くを見つめるように言っていた。


「ハッ……」


 リリアは、何故か自分の頬が少し火照るのを感じた。

 タケルの発言に嘘偽りは無く、本心で言っているんだと何故だかしっくりと理解できた。


「な、なによ。ちょっと皆救ったくらいで……でもあの時は、その、あ、あり……」

「でも? なんだ?」

「なんでも無いっ。早く学校に行くわよ」


 リリアは、タケルを置いていきそうなもうスピードで歩を進めて行った。


「お、おーい。なんだよ急に急いで! 小便でも漏れそうななのか?」

「ハァ!?そんな訳ないでしょバカっ! 

 っていうかいきなりそんな事大声で言うなんてほんとバカっ!!」


 2人は、入学式当日とは少し違った雰囲気で校舎に入って行った。



 ーーー



「え~本日の授業はここまで。

 明日までに魔気の属性について自分なりにレポートをまとめてくるように。

 あ、居残りの生徒は、この後すぐに職員室にくるように。それじゃあ解散」


『ありがとうございました!!』


 生徒達は、本日最後の授業を終えた事による解放感からザワザワと騒がしくなっていく。

 放課後という名の自由な時間に胸を躍らせて。


 入学式・林間合宿があった四月から一ヶ月経った五月の初め。

 ようやくクラスの生徒達も今の環境に慣れ始めていた。


 林間合宿の時以来、特にこの一ヶ月間で何か荒事があった事は一度も無く、本当にただの平凡でどこにでもあるような学園生活の日々を送っていた。


「やっと終わった~。ねぇねぇリリアちゃん、この後少しどこかでお茶でもしない?」


 甘く優しい声でリリアを誘うのは、赤渕メガネがよく似合い、どこか気弱な感じが残る少女・ナーシャだった。


「あ、いいね、ナーシャちゃん。行こう。今ね、流行りのオレンジパイが食べれるお店があるの♪そこの紅茶も美味しくてね……」

「すごい美味しそう~行きたいよ♪早くいこっ」


 二人の仲は、今やクラスの皆が認知する程までになっていた。


 そしてその女子たちの仲睦まじい姿を、チラッチラッと横目に窓際で文句を言い放つタケルの姿がそこにあった。


「けっ、何がお茶だよ。こっちは居残りだっつーの」

「まぁまぁ、落ち着きなよタケル。今は中間試験前だから授業についていけてない生徒は、居残りさせるのは当たり前だって。

 まぁ僕は居残りないけど……」


 ここ一カ月で手慣れたように、タケルを落ち着かせるレフトの姿がそこにあった。


「ってお前もちゃっかり俺を見捨てるのかよ、この優等生め!」

「いやだって、タケルが授業中に堂々と居眠りなんかしてるから……」

「全部の授業が実技だったらいいんだけどな~俺は、こう教室でじっと勉強とかするのがどうもつまんねーっていうか性に合わねぇっていうか眠くなるんだよな~」


 口元を尖らせたタケルは、窓に映る夕焼け模様が見え始めた空に向かって叫ぶ。


「あ~早く試験なんか終わんねかな~」


「フッ、やはりお前みたいな脳筋バカは、中間試験に落ちて今すぐにこの学園を退学になるべきなんだよ」


 突如、後ろから自分をバカにしたような発言が聞こえてくる。

 ここ一ヶ月の間に耳に穴が開くほど聞いたその声の主はローグからだった。


「あぁ、てめぇローグ! お前またそんな事だけ言いに来たのかよ。

 それともお友達がいなさすぎて、俺としか喋る人がいないのが寂しかったんでちゅか~?」


 ここで一つ大きなため息をつくローグ。


「そんな訳ないだろう馬鹿が。お前みたいなバカと言葉を交わすのがどれ程の屈辱か。

 脳筋馬鹿には一生掛けても分からないだろうな!」

「おまえぇなぁぁ!もう一回言ってみろぉぉおおお!! ぶっとば……」


 タケルは、ローグにつかみかかろうとする。


「まぁまぁ辞めなよ二人とも。入学してからまだ一ヶ月しか経ってないのに二人はどれだけ喧嘩すれば気が済むの!」


 またもや手慣れた様子で喧嘩の仲裁に入るレフト。


「放せ、レフト! 俺はっ、こいっ、、つをぶっ、、飛ばっ」


 タケルが暴れるのをレフトが止めていたその時、後ろからとてつもないプレッシャーを感じた。

 すぐさまその気を感じたタケルは、怒りを忘れて後ろを振り返る。


「へっ? ちょ、まっ」

「まーたーおまえっかっ! このバカ猿がっ!!」

「いたっ、痛い痛い痛い痛いっ!!

 先生引っ張らないでっ、俺の髪が、、ぬけっ。痛い痛い痛い痛いっ」


 そして美人な顔が、鬼のような表情で赤色の髪を引っ張りまわすニーナ先生の姿もここにあった。


「そもそもA組の居残りの生徒はカレンとお前だけなんだよっ、このバカ猿。

 たまたまローグ委員長に職員室まで色々資料を運んでもらったりしていたのに、お前は一向に来ない。

 そんでだな、悪いが委員長にお前を呼んで来てくれとお願いした結果がこれだ」


 そこからもニーナ先生は、大きなため息を3度繰り返した。


「そ・れ・に! 委員長だっていうのに、お前もだっ」


 コツンとローグの頭を小突くニーナ先生。


「プッ。ププププ。あいつ委員長の癖して先生に怒られてやんの。ププププッ!」


 タケルは、笑いを抑えきれない様子で腹を抱える。


「何笑ってんだ!! お前が一番反省しろぉぉおおおおお!!」


 ついに堪忍袋の緒が切れ大声で怒鳴ってしまったニーナ先生は、再びタケルの髪を引っ張りながら廊下に飛び出し職員室に引きずり込んで行った。


「痛いっ痛いから。先生~ごめんなさ~い」



「タケル君は、いつも騒がしいね。ホントに楽しそう~」


 ナーシャは遠目に、引きずられていくタケルをどこか羨むように見つめていた。


「ただのバカだからあまり相手にしたら駄目だよナーシャちゃん。バカが移っちゃうから。ほら私達もいきましょ」

「そ、そうかな~う、うん!」



 ーーー


「ほら、そこに座れ」

「はい……」


 タケルは、職員室の真ん中で正座していた。


「なんでここに呼ばれたかは、分かるな?」

「はぁ。なんとなく……あっ、そう言えばカレンは?あいつも居残りなんだろ?」

「なんとなくじゃないだろが。カレンあいつは別の先生の科目で居残り。それよりお前実技はまだしも筆記がまるでダメみたいだけど、そんなに難しいのか?」


 ニーナ先生は、先程より落ち着いた様子でタケルに語りかける。


「なんだよ、カレンいねぇのか。

 まぁなんていうか魔気の授業とか科学みたいなやつとか、もっぱら意味分からないっていうか、俺は身体動かしてる方が性に合うっていうか……」

「まぁそれは分からなくもないけど……でもな、筆記で習う授業も大事な……」

「えっ!? 先生も分かってくれるのか?」


 ニーナ先生の喋り途中など無視して、タケルはキラキラと目を輝かせながら問いかける。


「人の話を聞けっ! まぁ、私もだな、教職になる前は、ラタリアの軍にいたからな。そして……」

「先生軍にいたの!? スッげぇな!だからそんな鬼……。強いのか?」

「だから勝手に喋るな! お前は人の話を聞くところからまず練習しろ、バカタレが!

 あと最後なんか言いかけなかったか?」

「はい。すいません……何にも言ってません」


 ニーナ先生は、一息ついた様子でコーヒーを啜る。


「で、どうやったら勉強に集中できる?」

「えっ、そんな事言われても……俺、勉強苦手だし……」


 その時、ニーナ先生は、何か良い事を思いついた様に口角が少し上がる。


「よし、お前みたいなタイプは、私が身体を動かして教えてやる。

 どうせお前みたいな奴は、頭で覚えるより身体で覚えるタイプなんだろ?

 それにお前には、一度確認しておきたい事もあったからな……」


「えっ……さすが、先生! そうだよ、それだよ!! 

 実践がなにより大事なんだよな!」


 タケルは、天使でも見るかのように先生を見つめていた。

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