1-2 迷子の同行者
【SIDE:ユウガ・フェリテ・リヒター】
『ユウガ、悪いな。でも、お前が悪いんだよ。分かってくれ――――』
「うわぁぁぁ!!」
ユウガは勢い良くベッドから跳ね起きた。
しばらく夢と現実の区別が付かずに狭間を彷徨っていたが、ようやく意識が戻る。
息が荒れ、寝間着が汗でぐっしょりと濡れ、額には脂汗が滲んでいる。胸の音が直に聴こえるような気がする程に脈打っている。
「……はぁ」
ユウガはため息をついた。最近になってよく同じ夢を見るようになった。
あまり気分の良い夢ではない。
窓の外では朝の陽の光がさんさんと降り注いでいる。雲一つない快晴だというのにユウガの心は曇り空だ。その対比が皮肉のようにも思えてくる。
朝っぱらから嫌な思いをした。
「あの、洗濯場は何処に?」
部屋を出たユウガは汗で濡れた寝間着を洗おうと女中に声をかけた。
「それでしたら、この廊下の突き当りを右手でございます。よろしければご案内致しますが?」
「なら、お言葉に甘えてお願いします」
女中の後ろについて洗濯場に向かった。ちょっと入り口がわかりづらい所にあった。
「こ、これは……!」
洗濯場には縦長の謎の立方体がずらりと並んでいた。ユウガが知っている普通の水道や川の側の洗濯場とは全く違う光景だった。
「ウワサの……洗濯機ですか?!」
「見るのは初めてですか?」
女中は小さく笑いながら言った。
「複数の属性の
「お、お願いします」
ユウガは女中に洗濯機の使い方を学んだ。
洗濯が自動で出来る。ウワサに聞いていたが実在した事にユウガは驚いた。魔術も日々進歩している。
乾燥まで自動でやってくれるらしい。
「そろそろ朝食のご用意が出来る時間ですよ」
しばらくした後、すっかり乾いた寝間着に感動するユウガに女中が言った。
「朝ご飯がついて来るんですか!?」
「ええ。食堂にて朝食の準備をしております」
ユウガが食堂に向かうと豪華な朝食が用意されていた。
程よいバランスのメニューだ。しかも米や味噌汁はおかわり自由!
「いただきます!!」
ユウガは勢い良く食べ始めた。昨夜も食べていなかったし、腹ぺこだ。
故郷のモルト村の食事と違い味も繊細で高級感がある……ような、気がする。
こういう事には疎いからよくわからないがとにかく美味しいのでいいじゃないか。
「村の皆にも、食べさせてあげたいな……」
ユウガはポツリと呟いた。
愚王を倒せばいくらだって食べさせてあげれるじゃないか。そう思いながらユウガは箸を進めた。
ユウガは部屋に戻ると時計を見上げた。
そういえば、王様にもう一度城に来るように言われていたっけ。
ユウガは宿を出て歩き出した。
いつもは大賑わいの大通りや市場はまだ眠っている。後もう少し時間が経つと大国と呼ばれるだけのある賑わいが頭角を現し始める。
この国は朝は遅いがその分だけ夜が長い。
ユウガは城に向かった。相変わらず兵士には顔が知れ渡っているようでスムーズに謁見の間に案内してもらった。
「王様。おはようございます。只今戻りました」
「おぉ、勇者殿。参ったか。昨日はこれからの方針と言ったが、大まかな目的だけはこちらで決めさせてもらった。セリオス。頼む」
「かしこまりました」
そう言うと王様の座る玉座の隣で待機していた大臣のセリオスが説明を始める。
「早速ですが勇者様。貴方は『勇者の武具』をご存知ですかな」
「勇者の武具……確か、勇者伝説で勇者が闇の王を討つのに用いた武具の事だったと思います」
プロッセータ王国はかの勇者伝説の発祥の地とされている。
今より太古の昔、悪の軍勢の棟梁として強大な闇の力を振るった悪の王を神に選ばれし勇者が様々な冒険を経て打ち倒す物語だ。
実際に起こった事かは不明たが、今でも
勇者の武具はその御伽話の中に登場する勇者が使っていた武具の事。神による聖なる光の祝福を受け、如何なる邪悪をも払い退ける力を持つという。
「その通りです。しかし、一般の民には知れ渡っていない事ですがそれはただの御伽話などではなく、勇者の武具は実際に存在します。前回の勇者様の存在自体があまり知れていないのでご存知ないかも知れませんが前回の愚王を討ち果たした勇者様が用いた武具こそが、神による強力な加護を受けたあの勇者の武具なのです」
前回の勇者……。それは今から約十年程という近く前の勇者。その当時、愚王が初めて現れて世界は混乱状態。そんな中、勇者伝説の通りに突如として現れた勇者が愚王を討ったと言われている。
……と、この程度の情報しか出回っていない。この前勇者の事を詳細知る人間は殆どいないのだ。
巷では政府が何か不都合を隠蔽するために隠していると言われていたりする。
もちろんこの話の事を知らないのは新勇者のユウガとて例外ではない。
「……それで、今は勇者の武具はどこに?」
「プロッセータには保管されていませんが、他のブランルージュ等の大国でそれぞれに分かれて保管されています。また、残念ながらその内の幾つかは行方不明となっております。一つの場所に纏まっていないのがもどかしいですが、こちらにも政治的な理由がありまして。権力や戦力の集中は避けねばならんのです。……とにかく、以上になります」
説明を終えるとセリオスは一歩下がって小さく一礼した。
「えっと、つまり俺は旅をしながらそれぞれの勇者の武具を集める……ということですね」
「うむ、その通りだ。ここからだと山を挟んで向こう側のアルカシエルが近い。そこには確か……籠手が、あるはずだ」
王様が言う。
「では、俺はアルカシエルに向かう事にします。相手は愚王ですからね。勇者の武具はきっと必要になると思います」
「あぁ。わざわざすまなかったな。もう、行っても良いぞ。ご武運を祈る」
礼を言って城を出た。宿に戻り荷物をまとめると宿を出る。
プロッセータ近郊の山は比較的穏やかな傾斜で旅人、商人から単なる旅行者までの人が訪れる。とはいえ整備された街道から外れると深い木々に視界を狭められ迷ってしまうこと請け合いだろう。
ここを越えればアルカシエルが見えてくるはずだ。
ユウガの背負う大きめのバックパックはぱんぱんに膨れ上がっている。
この辺りは国同士が近くに位置するので野宿もないだろうが、他の国々を巡るとなると話は違ってくる。沢山の食料に衣服、それと魔法の使えないユウガにとって何かと使うであろう魔石がこれでもかと詰め込まれていた。
……いくら緩やかな傾斜とは言え、疲れる。
うんざりしていた時、離れたところから微かな声が聞こえた。
これは、泣き声だ。
街道から外れてしまうが、もしかしたら獣愚に襲われているのかも知れない。
ユウガは声のする方へ早足で歩いて行った。
その声の主は草葉の陰にいた恐らく女性、女の子だろう。変にブカブカな服を着ていて同じように大きな帽子を深く被っている。小柄な体型には似合っているとは言い難い。
「あの、どうかしましたか」
「遅い……」
「えっ?」
服の裾で目……恐らく涙を拭い、鼻をすすりながらこちらに険のこもった眼つきでユウガを睨んだ。
「だから、遅いっ……!」
「いや、あの」
「遅いって言ってんのよ! 下級兵士の癖に! クビよ! クビー!!」
な、なんで俺は怒られているんだ……。
妙に興奮していてとても話が通じそうになかったのでしばらく間を置く事にした。
そして約五分後。
「えーと、改めて聞くけど、どうしたの」
「あなた、パパの使いの兵士じゃないの」
「使いの兵士……って、どういう事?」
妙な程に深く被った帽子の影からその顔が覗いた。
この顔、どこかで見たことがあるような…………使いの兵士……。
「ま、まさか、君はプロッセータのリーベル姫?!」
その少女はユウガが新聞や写し絵で見たプロッセータの姫君、リーベル・プロキスタにそっくりだった。
確か、昨日は姿を見せていなかった。
「えぇ!? なんでバレっ……いやいや、違う違う。そんな訳ないし、ね。私の名前は……えっとぉ……リンベル! 」
なんだその隠す気があるのか無いのか分からない取ってつけたような名前は。
ユウガは苦笑した。
目がさっきから落ち着き無く泳いでいる。確か、昨日城でローワ王が娘がいない事について口にしていた気がする。
「そ、そそそれであなたは?」
露骨に話を逸らそうとしている。無理に追求しても無駄そうだ。
「俺はユウガ・リヒターだ」
ユウガが名乗るとリンベルは驚いた表情をした。
「その名前……確か、勇者よね」
「ああ、そうだけど」
「……! あなた、本当にあの勇者なの?」
「本当さ。ほら、勇者の証もある」
指にはめた証を見せるとリンベルは考え込む様な仕草をした。
「確か、旅をするのよね? なら、その旅に私も連れて行ってよ。私、実は迷子だったから丁度いいと思うの。ね!」
「はい?」
あまりの急展開に間の抜けた声が出てしまった。一体何が丁度いいと言うのだろうか。
「いやいや、何を仰るか。今すぐプロッセータに帰りましょうよ」
「でも、ここからならアルカシエルのほうが近いし……ね。それに、心配には及ばないわ。魔法も使えるし、武術も出来るの」
そう言って軽くストレッチをしたかと思えば急に跳びかかってきた。
「え、ちょっ……うわっ!」
……?
「えっと、痛くないけど」
急に腹パンされるとは思わなかったので驚いたが別に痛くも痒くもなかった。
「強がらなくてもいいわ。私、国の兵士にこのパンチをお見舞いして倒せるもの。あいつらたった一発で沈むのよ? 国の将来が心配ね」
「そ、そう……なんだ」
ユウガが痛みを感じない程強いのではない。あのパンチが決定的に弱いのだ。
と言う事は、彼女の言う兵士はやられたフリをしてやっていたのだろうか。
その光景を想像すると、なんだか微笑ましくもある。ただ、将来が心配なのはリンベルの方だ。
「断ってもついていくからね」
どうもユウガが説得してどうにかなる相手ではなさそうだ。
ユウガはアルカシエルに着いたらそこで彼女を引き取ってもらえばいいと考えて仕方なく承諾した。
「とにかく、あまり無茶をしないで下さいよ」
「うんうん。話が早くて良いわね」
リンベルはユウガの後ろを歩いている。しかし、お姫様がなぜこんな所にいるのだろうか。
もしかしたら、ただのそっくりさんだったという可能性もある。
ユウガは思案顔で街道に戻るとしばらく歩く。もう下り道に入った。
「……いつ見ても綺麗」
リンベルが言った。
ユウガもその方を見ると下方に広大な花畑が広がっていた。色々な色が混ざり合い、見事な虹色のグラデーションを作っていた。
アルカシエル名物の大花畑だ。
そしてその中心にある城壁に囲まれたあの街がアルカシエルだ。
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