第31話 番外編 ちょっとしたシリアス




異世界召喚。

まさか自分がそんな特殊な経験をするとは思っていなかった。

異世界に召喚されて早3年。異世界にやってきてすぐの頃は、それはもう悲惨なものだった。

異世界のことについて知るわけもなく、そもそも異世界召喚と言うジャンルに関する知識がまったくなかったのだ。

お約束と呼ばれるような展開など思いつきもせず、ただただ路頭に迷って死にかけた。しかし運は悪くなかったらしく、日雇いの肉体労働を斡旋してもらって一息ついた。

その後は俺が召喚者であることを何処かで嗅ぎつけたリンシュに拾われ、召喚者や転生者と言う物について学んだ。

そしてギルドの職員として働くべく、様々な勉強をそれはもうスパルタ式に叩き込まれ、ギルド事務職として職を得る。

研修期間も最終段階。今は実地研修として中央ギルドで働いている。


「それではこれで手続きは終了です。今後のご武運をお祈りいたします」


新人冒険者の登録手続きを済ませ、もう何百回言ったか分からない謳い文句を機械的に吐き出した。

機械的にと言っても一応客商売。笑顔は絶やさず、出来る限りの愛想を振るまいて冒険者をその気にさせる。本来の性格など彼らに見せない。と言うか見せられない。仕事とはそういうものである。


研修中の部署から冒険者が居なくなった。そろそろお昼休みの時間のようだ

タイミングを見計らったように、同僚のボンズが声をかけてきた。


「サトー、ご飯食べに行く~?」

「ああ。ミントも呼ぶか」

「私ならここに居るわよ」

「なんだ居たのか。ボンズの影に隠れてて見えなかった」


同期としてギルドに入った友人二人。ミントとボンズとは、ギルドに入った頃から、もう二年ほどの付き合いになっている。

馬が合うというのだろうか? 友人は他にも何人か居るが、彼らほど長い時間をともにした人間はこの世界には居ないだろう。


「所で二人共、職場の希望地域はもう出した?」

「あー、そう言えばもうそんな時期か。あんまり考えてなかった」

「ちょっと駄目じゃない。早めに出しておかないと、人気の地域はすぐに埋まっちゃうんだから」


実地研修として中央セントラルで働けるのも後半年足らず。その後はそれぞれ別の地域に派遣されて本格的な職務に就くそうだ。

希望地域と言っても、実際はその希望が通ることは少ないらしい。よほど成績が良いか、コネが無いと難しいのである。

ちなみに俺はリンシュ・ハーケンソードと言うギルドナンバー2のコネを持っているのだが、「どこどこに配属してくれ」なんて言おうものなら、その真逆の地域に派遣されるのは目に見えている。下手をすれば辺境地域に飛ばされて一生を平職員として過ごすことになりそうだ。あの女はそういう奴である。


「そう言うミントはもう届けを出したのか? どこか希望勤務地があるのか?」

「もちろん。私は中央セントラルでの勤務希望を出したわ。できればその……リンシュサブマスターの元で働きたいと……」

「はいはい。お前はホントあいつにぞっこんだな。あの女のどこが良いんだか」

「ちょっと、私の眼鏡が光っている間は、サブマスターの悪口は許さないわよ」


睨みつけられた。ミントはあの女の本性を知らない。と言うか、多分本性を知っている人間など片手で数える程度だろう。知っている方が少数派だ。

そしてその本性はドS。どう贔屓目に見ても尊敬できる人間ではない。


「ま、まあミントは中央勤務なんだな。ボンズはどうだ? 行きたい地域とかもう決めたか?」

「ん~、まだ提出はしてないけど、多分西部ギルドに希望を出すと思うよ~。実家が近いほうが何かと便利だしね~」

「そう言えばボンズ君、西部出身だったわね。お家の仕事に就くつもりは無いの?」


ボンズの本名はボンズード・フォン・マクシリアン。西部における有名な貴族出身者である。

穀倉地帯や農園を幾つか抱えた家柄で、正直ギルドの職員などにはならずとも仕事はいくらでもあるはずなのだ。


「実家の仕事も将来的には考えてるよ~。でもちょっと自由に人生経験したかったからね~。しばらくはギルドでやってくつもり~」


平民にとってはもったいないと感じてしまうことだが、貴族には貴族の感性がある。のだろう。自由な人生経験など、貴族として職につけば相当制限されてしまうらしい。


「で? サトー君はちゃんと考えてるの?」

「俺か? 正直どこでも良いけどなぁ……ああ、できれば中央からは離れたい」


そしてあのドSから少しでも遠ざかりたい。


「それじゃあ地方のギルド本部希望かな~。サトーの成績ならどこでだってやっていけそうだね~」

「サトー君って、見た目と違ってかなり有望視されてるからなぁ。サブマスターとのコネだってあるわけだし」

「おい、あの女との関係は……」

「はいはい。内緒なんでしょ? 誰にも言ってないわよ……まったくもう、こっちからすれば羨ましい限りなのに、どうしてそう邪険にするかなぁ」


呆れ顔でため息をつくミント。こいつがあの女の本性を知ったらどういう反応をするのだろう。ちょっと見てみたい気もするが、多分ろくな事にはならないだろうからバラさないでおこう。

ここでいつまでもダベっていても仕方がない。続きは食堂に行って、食事を取りながら話すことにしよう。

俺達は仕事場を後にして食堂へと向かった…………



「何度言わせるんだこの糞女!!」



向かいたかったのだが、その足は他の部署から聞こえてきた怒号によって止められてしまった。

広々としたギルド施設に響く声に、その場に居た者たちの視線が一斉に集まった

視線の先には、茶色の髪を乱雑に切りそろえ、全身を黒色の服で包んだ冒険者と、彼に怒鳴られる女性職員の姿があった。


「なんだあれ?」

「あ~、多分最近噂になってる人だね~。名前は確か~……」

「ロック・ヴィンジー。中央貴族のヴィンジー家の三男ね。よくああやって女性職員をいじめてる有名人よ」


ロックと呼ばれる青年は、「割のいいクエストが無い」だの「報酬が少ないだの」と職員を怒鳴りつけている。怒鳴られている女性職員はすでに涙目で、傍から見れば完全にモンスタークレーマーだ。

おそらく女性は受付長。それも悪名高い相談窓口の担当をしているのだろう。たまにああやってクレームを付けてくる冒険者が居るのだ。

嫌だなぁ。どんな仕事でもそつなくこなす自信はあるけれど、相談窓口の勤務にだけはなりたくないものだ。


「確か魔法も剣術もかなりの才能を持ってて、しかも噂では転生者だって言われてるそうよ」

「転生者? ってことはその魔法も剣術も女神特典か。羨ましい」

「……ねぇ、その”女神特典”って何なの? ”チート”とかもよく聞くけど、いまいち意味がわからないのよね」


転生者や召喚者はこの世界では有名だ。ほぼ例外なく強力な能力を持っているため嫌でも目立つ。

しかし、女神特典……いわゆるチート能力というものは、異世界人に話してもいまいち通じづらい。

「女神様に会った」とか言えば頭のお医者さんを紹介されるし、地球について説明しても「ああ、そんな地方があるんだなぁ」と解釈される。

そのあたりの謎は、この世界において研究対象の一つとなっており、学会でも様々な議論がなされているそうだ。


「だからいつも言ってる通り、俺はそういうのは持ってないから上手く説明できないんだって」

「サトーが召喚者だって聞いた時はみんな驚いてたもんね~。「平凡すぎる」とか言われてたよ~」


ひどいことを言いやがる。

ふと、俺の視線がロックと重なった。眉をひそめ、睨みつけること数秒。俺が視線をそらすと、彼は大声で叫んだ。


「オイそこの職員! ちょっとこっち来い!」


指さす方向に視線を移すと、俺達三人の地点に行き着いた。

と言うか俺を指していた。


「お前だよ、とっととこっち来いウスノロが!」


やはり俺のようだった。俺を睨む目つきは一層凶悪になり、口汚く「こっちに来い」と連呼する。

……俺、今から昼飯なんだけど行かなきゃ駄目か? 駄目なんだろうなぁ。一応客商売だからなぁ。

いやいやながらも、泣きべそをかく女性職員の代わりに椅子に座った。


「まったく、さっきの女は話にならないぞ。そう思わないか、召喚者」

「はぁ、当ギルドの職員がご迷惑をおかけしたのなら、代わりに謝罪します…………召喚者?」


俺が召喚者であるということはロックには言っていないはずだ。と言うか初対面なのだから面識すら無いのだ。


「さっき”佐藤”って名前が聞こえたからな。こっちの世界には面白い名前がたくさんあるけど、そんな現実的な名前はそうそう聞かない。転生者なら大抵西洋風の名前になるしな」


この世界には和風のコロニーも存在する。だが、あくまで和”風”。和服や建物もそれっぽいが、どこか微妙に違っているのだ。

具体的に言うと、いわゆるキラキラネームが多いのである。

異世界人の素の文化と混ざりあった結果、純粋な和の要素はかなり少なくなっている。”佐藤”なんて普通すぎる名字を名乗る人間はかなり少なくなっている。


「召喚者なら俺の言うことも聞いてくれるだろ?」

「おっしゃっている意味がわかりかねます」

「俺のこと噂になってんだろ? 俺は転生者だ」


やはりと言えば良いのだろうか。俺は転生者と言えばリンシュしか知らない。あいつ以外にもそれなりの人数が居るらしいが、出会ったことはない。

目の前のロックという男に「俺は転生者だ」などとドヤ顔で言われても「はぁ……そうですか」としか反応のしようが無いのである。とりあえず思った通りの感想を述べておこう。


「はぁ……そうですか」

「……なんだよその薄い反応は」

「しかし、それらの要素で私が言うことを聞くというのはどういうことでしょう? つながりが見えないのですが」

「わかんねぇやつだな……仕事を融通しろってことだよ」


俺の耳元で小声で話す。やめろ、俺は男に耳に息を吹きかけられて喜ぶ性癖は持っていない。


「俺は冒険者を初めて日が浅いからまだブロンズなんだよ。でもそんなチマチマした小さいクエストなんてやってられないんだ」


なるほど、話が見えてきた。この男は俺に違法行為をしろと言ってきているのだ。おそらく先程の女性職員も同じことを言われたのだろう。これは断ることしか出来ない案件だ。


「しかし、ロックさんは相当な実力者と聞きます。順調に行けば1年程でゴールドランク。2年でプラチナやミスリルにだってなれると思いますが」

「相当な実力があるって分かってるならすぐに上位のクエストを受けさせろって言ってんだよ! やれ手続きだ何だと全然ランクが上がりやしねぇ!!」


ランクというものはそう簡単に上がるものではない。実力を認められ、そして信用がある冒険者が手続きを経てランクアップするシステムだ。

手続きは通常、半月から一月ほどかかる。何度か審査をして、ランクアップが認められなかった冒険者はもう少し早い場合もあるが、基本的には手続きが短くなることはない。

加えて飛び級制度が存在しない。どれほど実力があっても、ブロンズがいきなりプラチナランクになることは出来ないのである。

一応例外は存在するが、コースケのようなチートの中のチートキャラでなければ適用されない。

これは実力ではなく、信用度の問題だ。低ランクでも真面目に仕事をしているという評価がどうしても必要だ。高ランククエストになれば、失敗することが人の生死に関わってくるようなものもある。これは絶対外せない要素なのだ。


「なぁ、同じ日本出身のよしみだろ? 何もランクを上げろとは言わない。高ランククエストを斡旋してくれるだけでいいんだよ」

「高ランクをお受けしたいのでしたら、そのランクの冒険者の方の見学と言う形はいかがですか? ソレでしたら斡旋も出来ますが……」

「またかよ。さっきの女も同じことしか言わねぇし。ちょっと位融通を利かせろよ」

「そう言われましても、私共としましてはこれが精一杯の助力でして……」


そこまで言うと、ロックは俺の胸ぐらを掴む。細い腕とは思えないほどのパワーに、俺は為す術もなく持ち上げられた。

机を挟んだまま引き寄せられ、唾がかかるほどの距離で睨みつけられる。


「だから! さっきから同じことを何度も言われてんだよ!! 何度も何度も! 良いから黙って仕事よこせって言ってんだよ下っ端が!!」


ロックがキレたことにより、周囲がざわめきはじめた。ミントはロックを止めようとこっちへ駆け出したが、それはやめろと手で制した。


「た、大変申し訳ありませんが、出来る限りを尽くしております。これ以上はどうしようもありません」

「俺は転生者だぞ! この世界を救うために女神に選ばれてるんだよ! だったら優遇されてしかるべきだろうが!!」

「転生者の重要性は理解していますが、法律を我々が破る訳にはいきません……ロックさんが言うように、下っ端ですので」


自分が言った台詞で反論されたことを意趣返しとでも捕らえたのか、ロックは更に表情を険しくさせて俺を突き飛ばした。

地面に顔面が突っ込んで頬を腫らしてしまう。

ミントのみならず、回りにいる職員全員がロックへ怒りの視線を集中させた。流石に同僚をここまで攻撃されれば黙っていることは出来ないだろうが、俺はそれでも職員たちを手で制す。

おそらく、彼ら全員でロックに飛びかかったとしても返り討ちになるだけだ。今いるメンバーは荒事に対処できる奴らではないのである。

おまけにギルド職員が冒険者に手を出したとすれば、その経緯がどうであれ、ある程度の処罰は免れないだろう。


「はぁ……大体なんで召喚者のてめぇが下っ端役員なんてやってんだ? 女神特典が何か知らねぇが、何かしらいい仕事に就けるだろうに」

「わ、私は召喚者ですが、特典という物はもらっていません。それに、この仕事も悪くないと思っていますので」

「…………ちっ! 召喚者の立場で、魔王を倒すでもなく、冒険者になってクエストをこなすわけでもなく……平和なギルドでのうのうと一生を過ごすのか? この恥晒しが!」


ロックは唾を吐き捨ててこの場を去った。

恥さらし? 召喚者って何か大事を成す義務でもあるのだろうか? 女神とやらに出会わず、説明すら受けていない俺には理解できないことだ。

ロックが去ったことで、職員たちが奴を口汚く罵った。いいぞ、もっと言ってやれ。


「サトー君、顔大丈夫?」

「ああ。ちょっと腫れてるかもしれないけど」

「サトー、もうちょっと言い返しても良かったんじゃないかな~」

「そうよ! いくらなんでも言い返すべきだったわよ、さっきのは!」

「だってなぁ……仕事中に客を罵るわけにはいかないだろ?」


俺の言葉を聞くと、何故か二人はため息をついた。俺は何かおかしなことを言っているのだろうか。


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