まるで混沌な運動会
第26話 王都へ
「あああああああああああああ!!」
たまの休日。我が家である広い屋敷に、俺の声がこだまする。
「ど、どうしましたサトーさん! Gでも出ましたか!?」
俺の大声に反応したのか、同じ屋敷に住むルーンが俺の部屋へと飛び込んできた。
片手にはなぜか布団たたきを持ったパジャマ姿である。かわいい。
「る、ルーン……俺はもうだめだ。来月の俺はもうだめだ……」
「何があったんですか? 来月に何が……」
俺は手に持った書類をルーンに渡した。そこにはとある数字とともに、生活に必須な単語が書いてある。
「……給与明細? って、わっ!? なんですかこの数字!」
具体的な数字は省くが、そこには明らかに0がいくつも足りない給与が書かれていた。
度重なるドS上司による減棒。それにより、ここの所もやし生活でしのいでいたが、もちろんそれでは賄えず、貯金を切り崩しながら生活をしていた。
そして貯金が底をついた時期にこの給与明細。
もはや家賃を払える程度しか金はなく、生活費などもやしオンリーでもまだ足りない。
「あ、あのドS上司……俺を餓死させるつもりなのか」
「いくらなんでもこれは……あ、でもサトーさん。これ見てください。まだ何か書かれていますよ?」
ルーンが指さす場所へ目をやると、そこには”追伸”と書かれた追加項目があった。手紙でもないのになんだ追伸って。
「えっとなになに? 『普通ならこれだけの減棒は法律的にできないんだから、いろいろ頑張った私を褒め称えなさい』…………どのベクトルに頑張ってくれとんじゃぁ!!」
「お、落ち着いてくださいサトーさん! ああ!? 給与明細が!?」
あまりに理不尽かつ空気を読まない文章に、俺は思わず給与明細を破り捨てた。
「はぁはぁ……まあいい。ちょうどあの時期が迫っているからな。タイミングが良いのか悪いのかわからないが」
「そういえば3日後が出発日でしたか……例のアレ」
俺の給与とギルドの財政状況を合わせて解決してくれる”例のアレ”
近々、ギルドの中央本部がある王都で行われる
――――運動会である。
* *
「中央ギルド主催の大運動会、『
「おはよーございまふ…………くー」
「おはようって……まだ日も昇ってないぞ。むしろ夜中な時間なんだが……」
あたりが静寂と闇に包まれる中、俺は運動会への参加者である数人をギルド前へと集めた。王都への出発前の挨拶である。
4年に一度行われる大運動会『
おそらくこれも、日本人の転生者か召喚者が始めたことなのだろう。
奇をてらった競技も多々あるが、ベースは日本で普通に行われている運動会と変わりない。
研修時代に一度だけ見たことがあるが、全国の屈強な冒険者たちが一同に介し、平和的な運動競技を行うというのは、なかなかシュールな光景だった。
そしてここが重要。
この運動会では報奨金が出る。
大きく分けて賞金は2つ。
冒険者による個人競技の物と、支部の冒険者たちによるチーム戦での賞金だ。
つまり、現在我がギルドが抱える赤字問題と、俺の個人的な金欠問題が一挙に解決できる……かも知れないイベントなのである。
そのため俺は今現在、珍しく本気でやる気を出していた。
「いつも皆さんにお世話になっている我々が、冒険者さんたちのために用意した楽しいイベントです。是非、結果などに固執せず、存分に楽しみましょう」
(いつもギルドの資金を食い散らかす豚どもめ! このイベントで勝って賞金を手にしなきゃお前らに価値はない! 勝ってその価値を俺に示してみせろ家畜が!!)
「えーっと……副音声?」
「本音がだだ漏れですよ、サトー」
今回の参加者は俺を除いて4名。
眼の前にいるパプカとジュリアス。そしてこの場にはいない、酒に潰れて眠りこけるゴルフリートに加え、もはやギルドの顔なじみ冒険者となったメテオラである。
我がギルドで最上級に腕の立つ奴らを集めたつもりだ……まあジュリアスは除くが。
実は例のドS上司からの要請……と言うか圧力でねじ込まれてしまったのだ。本当ならゴールドランクの冒険者を連れて行きたかったのだが、残念ながらジュリアスを入れるとなると定員オーバーだ
ま、とにかくこのメンバーでベストを尽くすしか無い。正直不安もあるが……間違えた、不安しかないが、もはや選手登録は済ませているためどうしようもない。
「そう言えばそろそろ出発時間ですが、メテオラはまだ来ないのですか?」
「と言うか、ゴルフリート殿も呼んでこないといけないんじゃないか? 酒に酔って潰れているのだろう?」
「ええ。中央に行きたくないと、昨晩まで駄々をこねていたので、”酒神”とか言う酒を無理やり飲ませた後に、バインドの魔法を5重掛けにして馬車に放り込んでおきました」
それって死んでるんじゃねぇの?
「ちなみにメテオラさんは、もう少しこちらでゆっくりしてから後を追うそうです」
「それは大丈夫なんですか? 私達だって、結構ギリギリの出発なのに」
メテオラが、かの最強の四天王であることを彼女たちは知らない。同名なだけの、普通の冒険者であると思っている。
俺とルーンが全力で情報統制しているおかげだ。四天王であることがバレてしまったら、我がギルド及びリールの村はハルマゲドンの最初の被害現場になってしまう。
「彼には彼の移動方法があるそうです。ご心配なく」
「なら馬車旅はこの三人での移動ですね。お父さんは道中失神魔法と束縛魔法でふん縛って置きますので。良かったですねぇサトー。美女二人を侍らせての旅行ですよ?」
「お一人はジュリアスさんですよね? でももうひとりが見当たらないのですが、どういうことでしょう?」
「ほう? 貴方の目は随分と濁っておいでのようで。居るではありませんか。ほら目の前に! さあ、その目をひん剥いてよく見てください!」
「いでででっ!? やめろ! まぶたを引っ張るな! ひん剥けるぅ!!」
まぶたを鷲掴みにするパプカを引き剥がし、ジュリアスの影に隠れた。
「サトー……私はその、そこまで美人ではないと思うんだが……」
「何を照れているんですか。別にそこは否定するようなものではありませんよ」
「そ、そうか。そう言ってもらえるのは、気恥ずかしいが嬉しいものだな」
顔を赤くして顔をそむけるジュリアス。ホント、黙ってしおらしくしてれば完璧な美人なんだけどなぁ。
そうこうしているうちに日が昇った。そろそろ出発したほうが良いだろう。
「では、そろそろ出発しましょうか。皆さん、忘れ物はありませんか?」
「うん。中央など久しぶりだ。運動会もそうだが、なかなか楽しみだな」
「お母さんは元気でしょうかねぇ……とりあえず、お父さんが逃げ出さないようにしないと、お母さんに大目玉をくらってしまいます」
会ったことはないが、パプカの母親とは一体どういった人間なのだろうか。
俺達は鉄の鎖で雁字搦めにされたオッサンを乗せた馬車に乗り、王都への旅路についたのだった。
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