ツルっと恩返し

ポムサイ

ツルっと1話目

「ハァ…。」


 ため息が自然に漏れる。またやってしまった。何度も確認したはずの見積り書に五ヶ所もミスがあったのだ。その内の一つは先方の会社名の漢字を間違えるという有り得ないものだった。


「おいおい。随分深いため息だな。」


「あ…谷垣先輩…。」


 谷垣先輩は優秀でミスをしたことを俺は見たことがない。そんな先輩が出来の悪い俺と仲良くしているのが周囲も、そして俺自身もなぜだか分からない。


「まぁ、落ち込んでても仕方ないじゃないか。どうせ今夜暇なんだろ?飲みに行こうぜ。」


「どうせとは失礼ですね。確かに暇ですけどね。ありがとうございます。でも…。」


「いいから付き合えよ。」



 谷垣先輩は俺が落ち込んでいる時はいつもこの居酒屋に連れて来てくれる。沈んだ気持ちを周りの喧騒が和らげてくれる効果がある事に最近気付いた。そういえば、嬉しい事があった時は落ち着いたバーに連れて行ってくれるな…と今更ながら先輩の気遣いに感心した。


「谷垣先輩~。俺は…俺はね…本当にダメな奴なんですよ~。」


 酒が進み俺はべろべろになっていた。先輩は同じ量を飲んでいるはずなのに酔った様子はない。


「お前はまだ2年目じゃないか。もちろんミスはないに越したことはないけどな。上の人がチェックしたりフォローするから大丈夫さ。今回だって先方に出す前だったんだろ?」


「先輩は優しいっすね…。ありがとうございます。」


 そして俺は酔った勢いで日頃思っていた疑問を先輩に聞いてみた。


「先輩は何で俺なんかをかまってくれるんですか?自分の仕事をこなすのも大変なのに俺の事まで…。みんな言ってますよ?俺の事なんか放っておけばいいのにって…。」


 先輩は少し困った様な顔をして笑いながら言った。


「う~ん。何でだろうな。特に理由なんてないさ。」


「そんな事ないでしょう?先輩に何のメリットもないじゃないですか?何か理由があるはずです!!今日こそはそれを教えてもらえるまで諦めませんからね!!」


 俺が言うと先輩は急に真面目な顔になった。


「本当に知りたいのか?」


「知りたいです。」


「そうか…。」


 先輩はジョッキに残ったビールを飲み干し姿勢を正した。俺も姿勢を正す。


「ついにこの時が来たか…。これを見て思い出さないか?」


 そう言うと先輩はバサリとスーツを脱ぎ捨てた。驚く俺の前には1羽のツルがいた。


「お…お前は…あの時の!!」


「はい。あの時助けていただいたツルでございます。あなた様のお役に立ちたくて人に化けておりました。私がなぜあなた様を助けるのか理由をお知りになりたいとおっしゃった以上私はそれに答えなければなりません。しかし、知られてしまった以上、私はあなた様の元を去らなければならなくなりました。」


「そ…そんな…。」


「これからお守りする事は出来ませんが陰ながら応援しております。それではお身体にお気を付けて…。」


 そう言うとツルは飛び立とうとしたが室内である事に気付き入り口まで歩いて行って自動ドアを開け、今度こそ空に飛んで行った。


「ツル…。」


 ありがとうツル…。お前の事は忘れない。そう思いながらツルの分の会計も済ませ俺は居酒屋を後にした。

 

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