山下との同居生活
@munomuno
<1>
家が燃えている。
俺の家だ。正確には、俺の住んでいるアパートだ。つい1週間前に入居したばかりの。
4月3日。社会人になって3日目。俺は住む家を失った。
火のまわりが遅かったので、命からがらという程でもなく、貴重品くらいは持ち出せたが、ともかく住む場所がなくなってしまった。命あっての物種などというが、現代社会では命だけあってもなかなか生きてはいけない。
午前1時の夜空と炎の鮮やかなコントラストを眺めながら呆然としていると、知らない男に声をかけられた。
「すいません、このアパートに住んでいる方ですか?」
「そうです。まあ、今となっては住んでいた、ですが……」
ちょっとした軽口が叩けるあたり、俺にもまだ余裕があるらしい。まだ実感が伴っていないだけだろうが。
男は小さくお悔やみのような言葉を口にし、こう続けた。
「住むところが決まるまでの間、私の部屋を使いませんか? ここから歩いて5分位のところなんですけど」
俺は弾かれたように顔を上げ、初めて男と目を合わせた。気の毒そうな表情を浮かべるその男は、30歳前後くらいに見える。髪を剃りあげてスキンヘッドにしているのが特徴的だが、人相はむしろ頼柔らかく、怖い印象は受けない。いきなりの申し出はありがたすぎて戸惑うが、断れるほど余裕があるわけでもない。さすがに「住むところが決まるまで」お世話になるわけにはいかないだろうが、今晩の宿が決まるだけでもありがたい。明日も仕事なのだ。
「そんな、申し訳ないですよ」
と、形だけの遠慮を見せてみるが、形だけなのであっさりと男の申し出を受けることに決まった。
案内された男の部屋は、元々俺が住んでいた部屋の倍は広かった。2DKは男の一人暮らしには広すぎるように思えるが、おかげで寝室をまるごと貸してもらえるのは助かる。
「私はこっちで寝るので、あなたはそちらで。布団はクローゼットに入っているのを使ってください。キッチンも好きに使って構いません。冷蔵庫も、私が使うのは私の寝室にあるので、キッチンのは自由に使ってください」
「いや、さすがに明日にはお暇するつもりなので、そこまでお世話になるわけには……」
今度は本気の遠慮だったが、男は首を横に振った。
「そんなこと言っても、実際、次の部屋が決まるまで困るでしょう? 見ての通り部屋は持て余しているので、しばらく住んでもらっても全然困らないんです」
実は同棲してた彼女に逃げられましてね、と男は自嘲的に笑ってみせた。
「いや、でも……」
「それでも気を遣うというなら、賃貸ってことで家賃をもらいましょうか。シェアハウスですし、月1万円くらいでどうですか?」
男は案外頑固なようだ。これ以上固辞しても無駄なようなので、おとなしくその条件で住まわせてもらうことにした。なるべく早く新居を見つけて出て行けばいいだろう。
私がその旨を伝えると、男は山下と名乗り、同居生活が始まった。
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