sideB ぶっちゃけた話

 ぶっちゃけた話、大変都合がいい女であるのは重々承知しながら申し上げるが、私、一ノ瀬優奈はまだ今井太一の事が好きだ。


 しかしながら、太一を振ったのは私自身であり、太一に刻みつけただろう傷は大きなものだろう。

 恐らく彼は私を憎んでいる、と言うか、そちらの方が私としても納得できる。


 それでも、大変虫がいいというのはわかり切っているが、私は彼に伝えたかったのだ、あの日私が今井太一という男を振った真の理由を。


 だから私は彼の弟に近づき、見事……惚れられてしまったのだ。


 私自身、まぁ少しぐらい顔がいいことは理解している、その為に昔は結構モテた、そりゃテンプレ学園アイドルほどには。


 そんな事を言うと謙遜でも何でもないのでこの辺で自重しておく。


 さて、ここ数日私は彼の弟、今井祐司の家に入り浸っている、表の理由は、彼氏の家に遊びに行く、そして裏の理由は彼に会いたいからだ、祐司くんから話を聞く限りでは、彼は現在小説家としてデビューしており、売り上げはそこそこ順調。

 最近ではコミカライズの話まで来ているとかなんとか。


 まぁ、私はその辺の話など全くもって興味などないのだが。彼の趣味は全て好きになる様に努力している。


 そんな私ではあるが、今日も今日とて飽きずに彼の家に遊びに来ていた。しかし祐司くんはどうやらいないらしく、丁度鉢合わせた彼の母親と父親に尋ねてみると、祐司くんはどうやら用事ででかけているとの事、しかしもうすぐ帰ってくるからリビングで待っているといい、と許可を貰った。


「と言うことは、私は今一つ屋根の下に太一と二人きり……」


 そんなアレげな想像に胸を膨らませながらも私はソワソワしながらソファーに座りながらジッとしていた。


 そういえば、彼の両親と会うのは初めてだ。当時、私たちはお互いの家庭について話し合ったことはないため、どんな人かと思っていたがとても優しそうな両親だ。

 二人同時に出て行った、となれば、共働きなのだろう。


 母親は彼に少し似ていて、とても穏やかな人だ、父親は、彼に似ておらず、どちらかといえば祐司くんに似ている。

 そして、彼と祐司くんは、……正直同じ遺伝子を持つとは思えないほど似ていない、顔も、性格も。


「はぁ、もうこの際太一の部屋に突撃しようかな……」


 そんな事したら彼はどんな反応をするだろうか。

 驚く? それとも……。


 そんな風に考え事をしていたら、リビングの扉近くの玄関から私が好きでたまらない彼の声が聞こえて来た。


『さーて、彼女探しにナンパしよーっと!!』


 なんて、とても大きな声で、そんな彼の言葉は私を消沈させるには十分すぎて、


『まぁ、俺ってばモテるからなー、そんな俺がそこら辺の女に一声かければコロッといっちゃうに違いねぇ!!』


 ガーン、なんて効果音が聞こえてきそうだった。

 気がつけばわたしの瞳からは涙が溢れていた、その涙は拭ってもとめどなく溢れ、とどまる事を知らない。

 もともと薄い化粧が一筋の涙で取れていく。


「……やっぱりそうだよね」


 もともと彼を振ったのは私であり、今の彼の言葉を責める権利など私にはない、それでも涙と共に、怒りが湧いてくる、いや、これは嫉妬だ。


 そう自覚した瞬間、私の体は自動的にリビングの外、つまりは彼のいる玄関へと向かっていた。


 リビングの扉を開けると、そこには肩を落として座り込む彼の姿があった。どうやら彼は私の存在には気づいていないらしい。

 涙を拭った後、私は意を決して彼に話しかけた。


「さっきからうるさいんだけど……」


 そんな私の言葉に肩を震わせた後、彼はゆっくりとこちらを振り返る。


「私への気持ちもう無いからアピールとかいちいちしなくていいから、というか言われるまでもなくそんなこと分かってるし今更そんなこと言われたところで痛くもかゆくも無いんだからね!!」


 そんな彼の顔を見ていると自然と言いたくもないことが口から勝手に飛び出てくる。

 実際、彼の言った言葉に嘘はなく、私への気持ちはもうないのだろう、だからこそ尚更怒りが湧いてくる。


「というかたしかに昔の太一はカッコよくてそりゃモテモテだったかもしれないけど、今の太一にはまったく、これっぽっちも魅力のみの字も無いんだからね!!」

「……は、はぁ」


 そんな彼の曖昧な反応に余計腹がたち、私は嫌がらせに彼に手鏡を渡してやった、自分の顔をみるなり苦笑いを浮かべる彼は何となく懐かしかった。

 と言うか今の彼の顔はかなりひどい、髪はボサボサヒゲも伸びっぱなし、それでは彼にナンパされる女の子も可哀想だ。


 正直言ってナンパなんて成功しない方がいいと思っている私だが、今の私にはそれを願う権利すらもない。


 私にヒゲを剃れと言われた彼は私の顔を見たくないのか、顔をうつむかせながら洗面台へと向かって行った。


「あぁ、……ダメだな、私」


 またも涙が溢れてくる、その涙を拭おうともせずに私はリビングへと戻り、ソファーにドカリと、倒れ込んだ。

 そしてそのまま意識を手放した。



 ********



 次に目が覚めたとき、私はなぜか彼の部屋で、彼のベッドに横になっていた、状況が理解できない私は目を開けて周りを見渡す、すると部屋の扉付近に彼がいた。


 いや、でも後ろ姿だからハッキリと分からないが彼の髪は短くなっている、あぁ、恐らくこれはまだ夢なのだろう、きっとそうだ。


 だから、夢だから私は素直になっていいだろう。


「行かないで……」


 しかし彼は振り返りもせずに部屋を出て行った。夢の中の彼にまで見放されるとは何と救われない女なのだろうか、

 仕方がない、私はそれだけの事をして来たのだから。


「うまく行かないね……」


 そう呟いて私はまた意識を手放した。

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