俺の弟の彼女は……。
田城潤
プロローグ
かつて本気で恋をしていた。
それはもうこの身を焦がす程の恋を、高校一年から半年程と言う少ない期間ではあったが、その当時の俺には毎日がバラ色であった。
しかしそんな幸せな日々にも終わりが来る。ある日親友と映画館で映画を見ていた時のこと、スマホの電源を切る前、彼女からラインで、『話したい事がある』と送られて来た。
そんな一言に脳内お花畑の俺はただ単純に、『ああ、何か重要な悩み事かな?』なんて思っていた。
まさかその重要な悩み事ってやつが別れ話だとは露ほども知らず。
それから先の展開は俺の脳内を地獄にさせた。
まず映画を見終わりスマホの電源を入れる、そしてライン通知2件、内容は、
『ゴメン別れよう……』
『本当にゴメン、今までありがとう』
その時の俺の様子を親友はこう語る。
『初めて人が抜け殻になる所を見た』
と。
そんな抜け殻とかした俺を親友はカラオケまで連れていき、抜け殻のまま俺が歌ったのは何故か失恋ソングではなく、湘南○風の○恋歌。
そして俺は号泣した。
それからの事はよく覚えていない、気がつけば元からオタクっぽい一面を持っていた俺は、完全なるオタクへと進化。
そして小学校の頃からの夢だった、調理師になると言う夢をあっさりと諦め、現在の俺は実家の自室でカタカタとキーボードを打つ職業、所謂小説家になっていた。
そんなある日の事、この物語は俺、今井太一の弟である、今井祐司が自宅に彼女を連れてくるところから始まる。
********
端的に言って、それはもう地獄であった。
何が地獄なのかと問われたら返事に困ってしまう程動揺し、加えて今の俺はまるで停止魔法を掛けられたが如く硬直していた。
「あ、兄さん。紹介するね、こちら僕の彼女さんである所の一ノ瀬優奈」
と、弟は満面の笑みでそう言った。只リビングに飲み物を取りに行っただけの筈なのに、只弟に彼女を紹介されただけなのに
何故だろう、冷や汗が止まらない。
「…………」
満面の笑で俺を見つめる弟は知らない、現在兄は思考回路がショートしているということに。
「どうもはじめまして、私は祐司くんの彼女の一ノ瀬優奈です」
そう言った彼女の表情は、どこか懐かしかった、というか、実際に数年前一度関わった事がある。
「あ、あぁ。初め、まして……兄です」
そんな自己紹介というには余りに粗末なそれをなんとか声に出した俺であったが、未だ俺の脳は修復してくれない。
それどころかもっとひどくなっていた。
「じゃ、そういう事で兄さん。……優奈、僕の部屋に行こうか」
「うん、あ……お、お兄さん、お邪魔します」
そうして二人はリビングを出て行った。残されたのは体も心もすっかり真っ白に燃え尽きてしまった俺ただ一人。
「えー……こんな事ってあるの……」
何をそんなに病んでいるのか、それは先程冒頭で言った、『かつて本気で恋をしていた」その相手こそが、
「弟の彼女、だと!?」
人生色々、男も色々、女も色々、なんてどこかの演歌歌手がほざいていたが、これは余りにも……。
「えぇ……泣きたい」
泣きたい、というかもう既に泣いていた。
そんであと数時間もすれば弟の部屋から鳴き声が聞こえるのだろう、なんの? 知るか。
********
「と、まあ。そんな事があった訳なんだが。親友よ、どうすればいいだろうか?」
一時間後、俺は御用達の某全国チェーンコーヒー屋さんで、親友である所の山田に泣きついていた。
「いやいきなり深刻そうな顔で電話してきたかと思えばまたそれか」
「またそれかとはなんだ!!」
目の前に座る山田は中学時代からの親友だ、今は美容師を目指して修行中だとか何とか。容姿は明るめの髪色を長めに伸ばしており、それをオシャレにセットしている。
自身が童顔であることにコンプレックスを持っているらしいが、今はそんなこと死ぬほどどうでもいい。
「だってお前、優奈がらみの相談これで何回めだと思ってんだよ……」
「二十回を超えたあたりから数えるのをやめた……」
「今回で二百回目だよ!」
何と、そんなに相談した記憶がないのだが……。
「その、『え、俺そんなに言ったっけ?』みたいな表情マジでムカつくからやめてくれ」
「それでも親友か!?」
酷い、親友というのは辛い時助けてくれるものなのではなかったのか。
「まぁ、何にせよ。俺がいうことは一つだけだ。
……あの女はやめておけ」
山田は真面目な表情でそう言う、そしてそのセリフを俺に吐いたのは今で二百回目だろう。
「そう、だよな……」
「というか今回に関してはあっちにも彼氏がいる訳だし、……まぁ、相手お前の弟だけど」
「死にたい……」
そう呟いてコーヒーを一息に啜る、そして山田への相談は終わる。
というか気がつけばいつもいなくなっている、まったくもって酷い友人である。
「……あぁ、まだやっぱ好きだな」
忘れられない元カノ、一ノ瀬優奈。
別れて数年がたった今でも未練がましく想い続けている俺の諦めの悪さ、しかしそれぐらい好きだったのだから仕方がない。
「でもそろそろ……」
いい機会だし、新しい彼女を作ろう。
そう俺は決意した。
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