どっちにしよう
(うーん…。)
ある平日の昼下がり。
人もまばらなショッピングモールの1軒の店先で、レナはさっきから悩んでいた。
(どうしようかな…。こっちもいいけど、そっちのも捨てがたい…。)
ふたつのベビー服を手に取り、交互に見ては首を左右に傾げる。
(いっそのこと、両方買っちゃおうかな…。)
もう随分長い時間、真剣にベビー服を手に悩んでいるレナを、店員がチラチラ見ている。
(よし、そうしよう!!)
悩んだ末レナは、可愛らしいぞうさんの模様の入った淡い水色の新生児用のベビー服と、つなぎの形になっているくまさんの被り物のような防寒着を買うことにした。
(これから寒くなるし…。年末年始とか、お出掛けの時にも着られるかな?)
やっと選んだふたつのベビー服をレジに持って行くと、店員が服のサイズや不具合がないかをチェックする。
「こちら新生児用のお洋服ですね。こちらの防寒着はサイズが80cmですが、お間違いないですか?」
「あっ…。」
(そっか、当たり前だけど、ベビー服にもサイズがあるんだ!!でも、80cmってどれくらい?!)
困った顔で首を傾げるレナに、店員が優しい笑みを浮かべて尋ねた。
「プレゼントですか?」
「ハイ…。11月半ばが出産予定日だって…。」
レナが答えると、店員が少し言いにくそうに口を開く。
「ご出産のお祝いでしたら、お生まれになってからご準備なさるのが良いかと…。」
「えっ?」
思わぬ言葉に、レナは驚いた。
「赤ちゃんにも体格の個人差がありますし…。それに、無事にお生まれになったことと、事前に伝えられていた性別をきちんと確認してからの方が良いと思いますよ。出産のお祝いは、少しくらい遅くなっても大丈夫ですから。」
(それって…。)
「そういうもの…ですか…?」
「そうですね…。ご準備なさるのは、それはそれで悪くはないんですが…。お産と言うのは、何があるかわからないものですから。」
「なるほど…。じゃあ…また、赤ちゃんが生まれたら改めて買いに来ます。」
「ハイ、お待ちしております。」
店員に見送られて店を出たレナは、がっくりと肩を落とした。
(あんなに悩んで決めたのになぁ…。)
悩みに悩んで決めたのに、と言う思いももちろんあるが、店員の言葉には重みがあった。
“お産は何があるかわからない”
“無事に生まれたことを確認してから”
(妊娠も出産も経験のない私には、どれくらい大変かわからない…。なんか…急に不安になっちゃうな…。)
片桐アリシア怜奈、30歳。
アメリカ人と日本人のハーフの両親の元に生まれ、スラリと背が高く、日本人離れした顔立ちと、茶色い髪と茶色い瞳。
職業はカメラマン、時々、モデル。
幼い頃から極度の人見知りで、目立つことや人前に出ることが苦手なレナだが、ファッションデザイナーをしている母親の高梨リサが経営するファッションブランド`アナスタシア´のモデルを幼少の頃から務めてきた。
芸術大学の写真科を卒業した後は、子供の頃からお世話になっているカメラマンの須藤透の写真事務所でカメラマンをしている。
同じ日に生まれた、物心がつく前からの幼なじみの片桐悠と、いくつもの別れと涙を乗り越えて結ばれ、今年のバレンタインデーに入籍、ホワイトデーに結婚式を挙げ、夫婦になった。
夫のユウは、人気バンド`ALISON´のギタリスト。
18歳の時にロンドンへ渡り、実力派人気ミュージシャンのヒロの元で10年間経験を積んで帰国した後、日本で`ALISON´としてデビュー。
188cmの長身に長い手脚と、甘く整った顔立ちで`アナスタシア´初のメンズファッションのイメージキャラクターとしても活躍中。
先日、ヒロのプロデュースで、片桐悠としてソロデビューを果たしたこともあり、最近はソロの取材やテレビの歌番組への出演が増えた。
しかし元々照れ屋なユウは、テレビ番組でのトークなどが苦手で、バンドで出演した時以上に緊張しているらしい。
レナは建ち並ぶたくさんのお店を眺めながら、ぼんやりと歩く。
(せっかくの休みにわざわざ出てきて、何も買わずに帰るって言うのも…。)
しかし、これと言って特に欲しい物や必要な物があるわけでもないので、結局レナは食料品売り場に向かって歩き出した。
(結局、こうなるんだな…。ユウと一緒なら、いろんなお店を見てまわるだけでもすごく楽しいのに…一人だとやっぱりつまんない…。)
レナは今日は午前中から音楽雑誌の取材のために出掛けたユウのことを思い浮かべた。
その時、レナのスマホの着信音が鳴った。
ジャケットのポケットからスマホを取り出し、画面に映る着信表示を見た途端に笑顔になったレナは、嬉しそうに通話ボタンをタップする。
「もしもし。」
「レナ、予定よりちょっと早いけど、終わったよ。今どこにいるの?」
「いつものショッピングモールだよ。これから迎えに行っていい?」
「来てくれるんだ。じゃあ、事務所で待ってるから、気を付けて。」
「うん。」
結婚して毎日一緒にいるのに、ユウが電話をくれたことや、これから迎えに行って一緒に過ごせることがたまらなく嬉しくて、レナは足取りも軽く駐車場へと向かう。
(思ってたよりずっと早く終わったんだ、嬉しいな…。ユウと一緒に夕飯のメニュー考えて…お買い物して、それから…。)
“着きました。駐車場で待ってるよ”
相変わらず飾り気のない、レナからの短いメールを受け取ると、ユウは穏やかに微笑んだ。
(レナのメールは相変わらず簡潔だなぁ。)
高校生の頃も確かこんな感じだったなと思いながら、ユウはレナの待つ駐車場へ向かおうと、タバコの火を灰皿の上で揉み消して立ち上がった。
「ユウ、お疲れ様!」
運転席のレナは、嬉しそうにユウを出迎える。
「うん、ありがと。」
笑顔のレナがかわいくて、ユウは優しく笑ってレナの頭を撫でる。
「何か買いに行ったの?」
助手席に座ってシートベルトを締めながらユウが尋ねると、レナは口を少し、への字に曲げて呟く。
「そのつもりだったんだけど…店員さんが、出産祝いは赤ちゃんが生まれてから用意した方がいいって。」
「そうなんだ。」
「だから、何も買わなかった。」
残念そうなレナを見て、ユウは優しく微笑む。
「じゃあ、これから何か、レナが欲しい物でも買いに行く?」
「私の欲しい物?」
「これから寒くなるし、コートとかどう?」
「いいの?ちょうど、そろそろ新しいの欲しいなって思ってた!」
「よし、じゃあ早速行こう!!」
「うん!!」
さっきとは違うショッピングモールに足を運んだ二人は、仲良く手を繋いで、たくさんの店を見て歩く。
「やっぱり私たちは、ここじゃないとね。」
「他の店には行けないな。」
二人は`アナスタシア´の店舗に入り、冬物アウターのコーナーへ向かう。
「今年のコートは、今までより色が鮮やかと言うか…。今までになかった感じかなぁ。」
モノトーンの多かった昨年までの物に比べ、今年のコートは随分華やかだ。
「これなんか似合うんじゃない?」
ユウはピンクベージュのピーコートを手に取りレナの体に当てがう。
「派手じゃない?」
今までにあまり着たことのない色合いに、レナは少し照れ臭そうにしている。
「全然派手じゃない。優しい感じでいいよ。こっちのもいいな。」
ユウは同じ形のライトブルーのコートも手に取り、交互にレナの体に当てて見比べる。
「ユウはいつも、私が選ばないような服を見立てるね。私が自分で選ぶと、どうしてもモノトーンが多くなる。」
「せっかく一緒に来たんだから、いつもと違うのもいいでしょ。」
仲良くコートを選んでいると、店員や買い物客からの視線を感じて、レナは照れ臭そうにうつむいた。
「やっぱり、見られてるね…。」
「いいじゃん、他の店じゃないんだから。」
「じゃあ、後でユウにも選ぼうかな。」
「えぇっ…。オレはいいよ。」
「ダメです。私もユウの服、選びたいもん。」
レナは、ユウがイメージキャラクターをしているメンズファッションのポスターを見る。
(モデルのユウも、カッコいい…。)
「コート、どうする?」
「うーん、どっちにしようかなぁ…。ユウ、決めて。」
「そうだなぁ…。」
ユウはハンガーからコートを外して、レナに着せる。
「うん、やっぱり似合う。これにしよう。」
ピンクベージュのコートを着たレナを見て、ユウは満足そうに笑った。
「ユウがそう言うなら、これにする。」
レナも鏡に映った自分の姿を見てうなずいた。
「じゃあ、次はユウの番ね。」
レナは嬉しそうにそう言って、メンズファッションのコーナーに向かう。
「オレはいいって…。」
「ダメ。ユウだけズルイ。私にもユウの服、選ばせてよ。それとも私が選んだ服はイヤ?」
「イヤじゃないよ。レナが選んでくれるのは嬉しいんだけど…。なんか照れ臭いな…。レナの気持ち、わかった。」
ユウは照れ臭そうに頭をかく。
「これは撮影で着たな。そっちの色違いのはCM録りの時に着た。」
「こっちのチャコールグレーのコートも似合うと思うけど、ユウにはやっぱり黒のロングコートがいいかな。」
「あ、そういうの好き。」
レナがコートをハンガーから外して手渡すと、ユウはそれを着て見せた。
「どう?」
背の高いユウでもじゅうぶんな丈の長さの黒いロングコートは、ユウの長身を更に際立たせているような気がした。
「うん、かっこいいよ。すごく似合う。」
「じゃあ、これにする。」
ユウがコートを脱いでいると、レナが少し残念そうに唇を尖らせて呟く。
「なんか…あっという間に決まったね…。もっとゆっくり、ユウとお買い物したいな…。」
いつになく甘えた様子のレナを見て、ユウは嬉しそうに笑った。
「いいよ。他には何買おう?」
「ホント?じゃあ…あっちも見てみよ。」
それから二人は、店内に並んだ洋服や小物をいろいろ手に取って試してみたり、お互いの体に当ててみたりした。
それから色違いのカシミアのマフラーをお互いに選び、会計を済ませて店を出た。
「これで今年の冬はあったかく過ごせるね。」
「レナが選んでくれたからな。」
「私も、ユウが選んでくれたから、着るの楽しみだな。」
「手袋かわいいのあったのに…良かったの?」
「うん。ユウと手を繋いだらあったかいから、手袋はいいの。」
「そっか。」
二人は幸せそうに笑って、手を繋いで歩いた。
「今日の晩御飯、どうする?」
レナが尋ねると、ユウは少し考えて、レナの手をギュッと握り直した。
「たまには外食でもする?」
「いいの?」
「せっかくの休みなんだから、奥さんを休ませてあげないと。」
「ふふ…。ありがと。」
(やっぱりユウは優しいな…。)
それから二人は、何を食べようか相談して、いつもはあまり選ばない和食にするか中華にするか迷って、一軒の中華料理店に入った。
メニューを見ながら、普段はあまり食べる事のない中華料理に、どれを選ぶか悩む。
「麻婆豆腐も美味しそうだけど…エビチリも食べたいなぁ…。」
「じゃあ、いろいろ頼んで一緒に食べよう。」
「なんか、今日はどっちにするかで迷う事が多い気がする。」
「そうなんだ。回鍋肉と炒飯も頼もうかな。レナ、悩まず全部食べていいよ。」
ユウは店員を呼んで料理を注文すると、レナの顔を見て微笑んだ。
「何か、悩み事でもある?」
「えっ?」
「レナ、さっきからずっと口がへの字。」
「嘘?!」
「ホント。なんかあった?」
(ユウにはかなわないな…。)
レナは水を一口飲んで、小さく呟く。
「さっき、出産祝いは赤ちゃんが生まれてから用意した方がいいって店員さんに言われた話、したでしょ。」
「うん。」
「その時にね、店員さんが言ったの。」
「なんて?」
「お産は何があるかわからないから、無事に生まれたことを確認してから、って。」
「うん。」
「私には妊娠も出産も経験のない事だから…どれくらい大変か、わからないでしょ。なんて言うか…。」
急に口ごもるレナを見て、ユウはレナの言おうとした事に気付く。
「不安になった?」
「……うん…。」
「そっか…。」
確かに、経験のない事は不安だとユウは思う。
ましてや、自分の命をかけて我が子を産むと言う事は、男の自分にとっては、今後どんなに頑張っても経験する事のできない、全くの未知の世界だ。
(レナが不安になっても仕方ないよな…。)
ユウは優しく笑って、レナの手を握った。
「その時はさ…レナ一人じゃなくて、オレもいるから。」
「うん…。」
ユウの言葉に、レナは少し安心したように微笑んだ。
美味しい中華料理でゆっくりと夕飯を楽しんだ二人は、まだ時間も早いので、のんびりと手を繋いでショッピングモールを歩いた。
大型書店の前を通りかかった時、発売されたばかりの音楽雑誌の山を見てレナが足を止める。
「これ、ユウが表紙だね。」
表紙に写る自分の姿を見て、ユウは恥ずかしそうに目をそらす。
「そんなの見なくていいよ…。」
「こういうユウも、たまには見たいな。」
レナは雑誌を手に取り、ページをめくる。
「カッコよく撮れてるよ?」
「恥ずかしいって…。」
「じゃあ、買って帰って家でゆっくり見る。」
「えぇっ…。」
(めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど…。)
レナがレジに向かうと、ユウは書店の外で壁にもたれて待っていた。
若い女の子のグループが、さっきレナが見ていた音楽雑誌を手に取り、会話をしているのが、ユウの耳に入ってくる。
「あっ、今月号の表紙にユウが載ってる!!」
「アンタ、好きだもんねぇ。」
「うん、大好き!!カッコいいじゃん!!」
ユウは見ず知らずの人に自分の話をされているのが照れ臭くなって、うつむいた。
「ユウもいいけど、私はタクミがいいな。」
「私はトモがいい!!大人の男って感じが最高!!」
「それを言うならリュウじゃない?」
「ハヤテも優しそうでいいよね!!」
「でもなんで、ユウだけソロデビューなの?」
(それはヒロさんの陰謀だよ…。)
「ユウって結婚したんでしょ?」
「モデルのアリシアだっけ?」
「でも、モデルって言っても、モデルの仕事するのは母親のブランドだけで、本業はカメラマンなんでしょ?」
「そうらしいね。」
「なんか…どっちつかずな感じ?」
「そうだねぇ…。アリシア、キレイだからモデル1本でもやって行けそうなのに、なんで他の仕事はしないんだろうね。」
「親の七光り?カメラマンの仕事は須藤透の力もあるんじゃないの?昔、ユウと付き合う前は須藤透と婚約してたって話だし。」
「そう言えば、そんな話あったね。」
(痛いとこ突くな…。)
女の子たちの会話を聞きながら、ユウは小さくため息をついた。
「お待たせ…。」
レジから戻ってきたレナは、さっきまでしていなかった眼鏡をかけて、帽子を目深に被っている。
(あの子たちの話…聞こえてたのかな…。)
「行こうか。」
「うん…。」
レナはまた口をへの字にして、うつむいた。
ユウはレナの手を握り、いつものように優しく尋ねる。
「まだ何か買う物ある?」
「あ、うん。食料品売り場で買い物して帰ろうかな…。」
「よし、じゃあ行こう。そうだ、ビールもそろそろ残り少ないから、買って帰らないと。」
「うん…そうだね…。」
食料品売り場に向かって歩いている間も、レナは口数も少なく、浮かない様子だった。
(レナ、さっきの女の子たちの話、ものすごく気にしてる…。)
食料品売り場で買い物をした後、ユウの運転で住み慣れたマンションへ帰った。
入浴を済ませてソファーに座り、いつものように二人でビールを飲む。
書店を出てからずっと元気のないレナの様子が気になって、ユウはレナを抱き寄せ、優しく髪を撫でた。
「レナ、さっきからずっと気にしてる?」
「えっ?」
「あの子たちの話。」
「……少し…。」
ユウの肩に身を預けて小さく呟くレナを、ユウはギュッと抱きしめた。
「気にする事ないよ。あの子たちはレナの事、何も知らないんだから。」
「うん…。」
「芸能人でも、俳優も歌手もやって、その上画家とかモデルとか、作家とか、本業以外の事やってる人なんて、いっぱいいるよ。」
「そうなんだけど…。」
「レナは、モデルで、カメラマンで、オレの奥さんで…。たまに人知れず歌も歌って…それがレナなんだから、それでいいじゃん。」
ユウが笑うと、レナは少し照れ臭そうに呟く。
「歌はもう歌わないよ…。」
レナは以前、ヒロの申し出を断り切れず、正体を隠してヒロとのコラボ曲を歌った。
その後、ヒロに歌手にならないかと誘われたが、レナは本業のカメラマンとしてやっていきたいと言って、その誘いを断った。
「オレは歌ってるレナも好きだけど。」
「恥ずかしいもん。」
ユウはレナの頬をつつきながら微笑む。
「どんなレナでも、オレは好きだよ。誰がなんて言っても、レナはオレの世界一かわいい奥さんだから。」
「ふふっ…。ありがと。私もユウの事、大好きだよ。私に世界一優しくて、甘くて、カッコいい旦那様だもんね。」
「やらしいけどな。」
ユウはレナの唇に優しく口付けた。
「うん…。それでも好き。」
レナはユウにギュッと抱きついて目を閉じた。
「ユウがいてくれて、幸せ。」
「オレも、レナがいてくれたらずっと幸せ。」
レナを膝の上に座らせると、ユウはレナの髪を優しく撫でた。
「いろいろさ…不安になることとか、あると思うけど…レナは一人じゃないだろ?」
「うん…。ユウと一緒だもんね。」
「ずっと一緒だから。レナが不安な時はオレがレナの不安を取り除けるように頑張るからさ。オレたちらしくやってけばいいんじゃない?」
「うん、そうだね。」
レナはユウにそっとキスをした。
「ありがと…。ユウ、大好き…。」
翌日、いつものように仕事に出掛けたレナは、今日から始まる新しい仕事の準備をしていた。
ある芸能事務所の数人のアイドルが期間限定のユニットを組んで写真集を出す事になり、その撮影のカメラマンをレナが任されたのだ。
(珍しい…。男の子も女の子も、両方いるんだな…。しかし若い…。)
そのユニットの年齢層は、レナの歳の半分の15歳から、一番歳の近い最年長でもレナより7つも歳下の23歳まで幅広い。
(私もいつまでも若くはないって事だな…。)
「先輩、こちらは準備OKです。」
いつものようにアシスタントについてくれている後輩のルミが、レナのそばに来て笑う。
「ルミちゃん、いくつだっけ?」
「私ですか?24です。」
(若いな…。)
「それがどうかしました?」
ルミが不思議そうに首を傾げる。
「ううん、なんでもない。」
いつの間にか30代になってしまった自分にとって、20代はやけに若く感じる。
(おまけに今日は10代もいるんだ…。もしかすると、15歳の子のお母さんの歳と、そんなに変わらないのかも…。)
レナが準備を終えて資料に目を通していると、アイドルユニットのメンバーたちがスタジオにやって来た。
「おはようございます。」
「よろしくお願いします。」
リーダーらしき最年長の男の子は、レナのそばに来て頭を下げる。
「高城颯太です。よろしくお願いします。」
「片桐です。よろしくお願いします。」
23歳のソウタ、21歳のチナツ、19歳のヒカリ、17歳のシオン、15歳のタケル。
若さ溢れる5人のアイドルに囲まれ、レナはその華やかさに気後れしそうになる。
(さすがアイドル…。資料の写真で見るよりキラッキラだ…。)
レナは気を取り直してカメラを手に取ると、彼らの最高の表情をカメラに収めようと、気持ちを仕事に切り替える。
「それでは、始めますね。」
まずは5人そろっての撮影から始めた。
5人とも人気アイドルと言うだけあって、とても撮影慣れしている。
いくつかのポーズと別の衣装で写真を撮ると、次は一人ずつの撮影に移る準備のため、休憩をはさむ事になった。
(最初はソウタくんか…。それからヒカリちゃん…その後にシオンくん…。チナツちゃんとタケルくんは別の仕事でしばらく抜ける…と。)
撮影の順番と時間を確認しながら、レナは撮影の準備をすすめる。
(若くても、あの子たちもプロだから…。こちらの指示は聞いてくれるんだけど…。)
コーヒーを飲みながら、どんなふうに撮るのがいいかとレナは考えていた。
(最近の若い子は、みんな大人っぽいと言うか…。もっとあどけなさとか、素顔の感じが欲しいんだけどな…。カメラで撮られる事が計算し尽くされてる感じの笑顔なんだよね…。)
でも、カメラに向かって笑えるだけいい、とレナは思う。
(私なんか`アナスタシア´のモデル始めて25年も経つのに、いまだに、カメラに向かって笑うどころかカメラ目線すら苦手だもんね…。本当に進歩がないって言うか…。)
きっと、須藤がいなかったらモデルの仕事を続ける事はできなかっただろうなと思いながら、レナはふと昨日書店で耳にした女の子たちの会話を思い出す。
(確かに…リサの娘じゃなかったら私はモデルなんてしてないだろうし…須藤さんに出会ってなければ、モデルを続けられたかわからない…。大学を出て一応試験は受けたけど、須藤さんの事務所に就職できたのだって…その後の仕事だって須藤さんの力なんだろうし…。私って…こんないい歳になるまで、自分の力で何もできてないんだな…。)
モデルと言うにはお粗末過ぎる気がするし、カメラマンとしての力量も、まだまだ足りないとレナは思う。
(どっちつかずだから、結局は中途半端になるのかも…。私、このままでいいのかな…。)
撮影は順調に進み、今日予定していた撮影を随分早く終わる事ができた。
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします。」
礼儀正しく挨拶をして、ソウタとシオンはスタジオを後にした。
レナは撮影の後片付けをしながら、ふとスタジオの隅のテーブルの上に目を向ける。
(忘れ物かな?まだ控え室にいるはず…。)
かわいらしいタオルが置いてある事に気付き、レナはチナツかヒカリの忘れ物かと、タオルを手に控え室へ向かった。
女の子たちの控え室の前まで来ると、二人の会話を耳にして、レナは思わずノックをしようとした手を止める。
「ねぇ、なんであの人なんだろ?」
「何が?」
「今回のカメラマン。私、なんか腑に落ちないんだよね。」
「なんで?」
「だってさ、あの人モデルなんでしょ?」
「カメラマンが本業らしいよ。」
「じゃあモデルは片手間って事?」
「どうかなぁ。」
「そんなんで、ちゃんとした写真が撮れるの?って思わない?」
「でも、`ALISON´の写真とか撮ってるって聞いたよ。」
「それは旦那がいるからでしょ?」
「あぁ…ユウね。」
「ユウがいなかったら、多分`ALISON´の写真なんて撮ってないって。ユウと噂になったからモデルとして有名になったんだよ?結婚してなかったらカメラマンとしてもわかんないんじゃない?」
レナはノックをするのをやめて、来た道を引き返した。
そして、ちょうど通りかかったルミにタオルを手渡す。
「あの子たちの忘れ物だと思うんだけど…。」
「ハイ、渡しておきますね。」
レナは何事もなかったように後片付けを済ませると、口をへの字にしてスタジオを後にした。
(もしユウと結婚していなかったら、か…。)
レナはいつものように帰宅して、乾いた洗濯物を取り込んで片付けると、キッチンに立つ。
(久し振りにカレーライスにしようかな…。)
米を研いで炊飯器にセットした後、人参、玉ねぎ、ジャガイモを取り出した。
(お肉…どっちにしよう?チキンか、ビーフか…ユウはどっちが好きかなぁ…。)
レナは冷蔵庫の前で首を傾げる。
(なんか最近、どっちにしようかって悩んでばっかり…。)
レナが冷蔵庫の前で悩んでいると、帰宅したユウが後ろからレナを抱きしめて、頬にキスをする。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
「どうかした?」
「夕飯、カレーライスにしようと思ってるんだけど…チキンかビーフ、どっちにしようかなぁって考えてた。ユウはどっちがいい?」
「そうだなぁ…今日はチキンがいいかな。」
「うん、じゃあそうする。」
レナはユウを見上げて微笑む。
「手伝おうか?」
「ユウ、疲れてるでしょ?」
「レナだって仕事で疲れてるだろ。できる事はオレも一緒にやるよ。」
「ありがと。やっぱりユウは優しいね。」
「そうか?じゃあ、ハイ。」
ユウはレナの口元に頬を近付ける。
「ん。ユウ、大好き。」
レナがユウの頬に口付けると、ユウは嬉しそうに笑って、レナの唇にキスをした。
「さぁ、一緒にチャチャッと作って、早く食べよ。腹減った。」
「うん。」
(ユウがいてくれて良かった…。)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます