第8話「さよならプラッシー」

 犬「前から気になってたんやが……」

広志「何?」

 犬「オドレがペットアカン言うからワシは、てっきりマンションや思うてたら、お前んとこ一軒家やんけ! 何でペット飼ったらアカンねん」


 ホンマ、地球の事情に詳しい面倒な犬やと思いながら、事情を説明する。


広志「ペットは良いよ、犬がアカンねん」

 犬「はぁ?」

広志「父ちゃんが子供の頃な、犬に噛まれてん」

 犬「こんなプリティな犬でもアカンのか!」

広志「………」


 僕は敢えて『そのボケ』に触れるのは止め、


広志「未だに怖いみたいやで……父ちゃん、自分には近づかへんかったやろ?」

 犬「こんなにプリチーなのにぃ!」


 心の中で、僕は叫んだ。


 自分、噛むよりタチ悪いやんけぇ!

    ・

    ・

    ・

 今日も午前中は宿題していたら、思いもかけない客が訪れた。


 母「広志! 秋男君が犬引き取りに来たよ」

広志「あ!」

 犬「まぁ、しゃーないよな」

秋男「広志、ホンマありがとうな。いい子にしてたか? ………あれ? コイツ名前なんやったけ?」

広志「……まだ買ったばかりやから、名前付けてなかったんとちゃうの?」

秋男「そ、そうやったかな? まぁ、また付け直せばえぇか、んじゃ広志、ありがとう世話になったな」


 あとは秋男が僕の続きをしてくれるだろう。

 ホッとしたような、ちょっと寂しいような、複雑な気分だった。


 昼過ぎ、安夫に誘われ、僕は山へカブトムシを取りに出かけた。


安夫「オオクワも絶対見つけてやる!」


 五月蝿く鳴くセミたちが、今は暑い夏だったことを思い出させてくれた。


広志「なぁ、喉乾いたから神社で水飲まへんか?」


安夫「せやな」


 手水舎で柄杓を口にあて水を飲みながら、楽しく会話している子供たちの姿を一人の老人が微笑ましく見守っていた。


神主「うんうん、友達が出来たようじゃの。あの子も救われた」


 境内で微笑んでいる神主を見つけた広志は、帽子を脱いで会釈した後、大きく手を振った。


広志「かわいそうな爺ちゃんだ! 安夫も手振ってあげて」

安夫「なんで?」

広志「あとで説明するから」


 神主は子供達に答え、大きく手を振り返した。


神主「ワシも金星人になった甲斐があると言うもんじゃ。ふぉ、ふぉ、ふぉ~」


 日も暮れて赤く染まり始めたので、僕らは帰ることにした。オオクワガタは見つからなかったが、8匹のカブトムシと2匹のノコギリクワガタを手に山を降りた。


安夫「そうかぁ、かわいそうな爺さんやな」

広志「そうやろ」


 爺ちゃんの事を説明するのに『僕が犬と会話して……火星人と言う言葉を聞いて』なんて言えないので、そこを飛ばして安夫に伝えた。


安夫「しかし、自分のことを金星人って言うてまで、相手にして欲しいなんてな……」

広志「そうやろ」


 この時の僕は、まさか『この話』が後に『大きな事件』になるなんて、思っても見なかった。


 家に着いたら、日も落ちてスッカリ暗くなり、タップリ母ちゃんに叱られた。


 母「広志! 何時やと思ってんの! 夏は太陽が出てる時間が長いって学校で習ったでしょ! ホンマ誰に似たんかしら……」


 そう言うと母は、父へとその視線を移した。


 父「なんやねん、男の子は少しぐらいワンパクな方が……」


 スルドイ母の視線が、父の言葉を全く別の話に変えさせた。


 父「……そうそう、広志に見せたいもんがあんねん」

広志「え? なになに」

 父「父ちゃんが昔から、犬好きなん知ってるやろ?」

広志「え!?」


 嫌な予感……否、悪寒が僕の体を通り抜けた。


 父「それがなぁ、たまたまペットショップの前を通ったら、メチャメチャ可愛い犬が居てな! 思わず買うてしもうてん」


 そこには想像していた通りのヤツが、偉そうにソファーに腰掛けていた。


広志「やっぱり……」

 

 コ、コイツ……ヤリやがったな


 犬は、素知らぬ顔で口笛を吹いている。


 父「なぁ、可愛いやろ?」


 犬と言っただけで、怯えてた父が嘘のよう。


 父「実は、もう名前も決めてある」

広志「え!? と、父ちゃん! ま、間違ってもジョンとか止めてや」

 父「お前なぁ~、幾ら何でもそれはベタ過ぎるやろ」

広志「そうやんね。僕は、プラッ……」


 勘のいい犬は、異常なまでに吠えて、僕の言葉を打ち消した。


 父「静かに! では、名前を発表する!」


 妙な緊張感が漂った後に、その名が告げられた。


 父「ご紹介します、フリードリッヒ13世です!」


 13世って、なんやねん!


 僕は犬を部屋へと連れて行き、今の気持ちを最小限の言葉で現した。


広志「で?」

 犬「貴公は何か? 人に物を訪ねるのに、主語も述語も無しかね?」

広志「秋男んトコは、どうしたんですか? フリードリッヒ君!」

 犬「消したよ」


 牛乳が入ったワイングラスにを片手に、皿に盛られたドッグフードを摘みながら、貴族気取りの犬が答えた。


 全く……どこで覚えて来たんや、タチの悪さに磨きが掛かってる!


広志「あのさ、母ちゃんが上がって来るかも知れへんねんから、そう言う態度は犬として、ヤっちゃぁマズイやろ?」

 犬「案ずるな、面倒なので『こう言う種類の犬』が居ることにしたよ」


 どう考えても、会う人間全ての記憶を擦り替える方が面倒なのに、何で戻って来たのか疑問に感じたので聞いてみた。


広志「で、なんで戻って来たん?」

 犬「愚かな……秋男に1からUFOの仕組みを教えるより、貴公に手伝わせた方が効率が良いからに決まってるではないか!」

広志「はぁ? 記憶の擦り替え出来るんやったら、秋男にUFOの技術者の記憶入れりゃ………あ!」

 犬「ハッ!」


 翌日。


広志「直ったなぁ」

 犬「直ったなぁ」


 UFO技術者の記憶を広志に入れることで、短時間で修理が完了した。

 あまりの素早さに呆気にとられ、数分の間、ただ宇宙船をボケーっと眺めていた。


 犬「世話になったな。もし、地球を征服しても、お前は殺さんとペットで飼ってやるからな」

広志「なんでやねん!」


 僕は涙を堪えるのに必死だった。

 色々あったけど楽しかった。

 犬は泣きながら手を振り始めた、いよいよ帰る頃なのだろう。


広志「元気でな……また、遊びに来いよ!」


 僕も涙を止めることは出来なくなっていた。

 犬は大きく両手を振りながら、


 犬「こんな手じゃ、運転出来へん!」

広志「………」

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