第2話「なんでやねん」

 夏休みなんて、いつも遅くやって来て、あっと言う間に去って行く。毎年、解っているのに宿題は遅れ、今も一週間分の日記をまとめて書き終えたところだ。僕の親はというと、夏祭りの準備で昨日から忙しく、今朝も朝食を済ませたら、すぐに出かけて行った。


 イタズラに鳴る太鼓や笛のが、祭りまでの時を刻んでいる。


 チャイムも鳴らさずに、安夫は玄関を開けると、二階に居るであろう僕を呼んだ。


安夫「広志ぃ~、まだかぁ~?」

広志「ちょっと待って、もうすぐ出るから」


 今、来たばっかりやのに『まだか?』って、ホンマあいつは……そう呟きながら、壁に掛けてあった浴衣に袖を通し、安夫の居る一階へと降りた。


 空も赤く染まり、木などに吊るされた提灯ちょうちんたちが、その色を奪うかのような明かりをともし出した頃、祭りは始まりを告げる。

 祭りの出店は、的当て・風船釣り・焼そば・お好み焼などなど、僕と安夫は、そんな色々な屋台を覚えきれないほど渡り歩き、最後の盆踊りに至るまで祭りを楽しんだ。


 夢のような時間は、いつだって早く過ぎて行く。

 提灯が祭りの終わりを告げた頃、とうとう『肝試し』の時間が始まった。


 肝試しを仕切る安夫の兄、和夫は参加する子供たちに集合をかける。


和夫「それじゃ、ルールを説明するぞ。一人で行く以外は、去年と同じや。賽銭箱さいせんばこの前に『お前らの名前が書いてある札』が在るから、そいつを持って帰ってくればいいだけや。んじゃ、ジャンケンして順番を決めようか?」


 肝試しのコースは、最初に細い参道を抜けて行くと、その先に大きな赤い鳥居が現れる。その鳥居の奥には、長~い長~い階段が待ち構えていて、それを登りきれば、目的地である神社に到着。和兄ちゃんが山の中腹まで車で送ってくれているので、頂上にある神社までは往復1kmも無い。

 走れば10分と掛からないのだが、そこは肝試し、如何にゆっくり帰ってくるかで、度胸が試されてるって訳だ。


 ジャンケンの結果、僕は5番目になった。


 一人、また一人と帰ってくる度に、僕の心拍数も上がっていき、とうとう、4番目の秋男が帰って来た。


和夫「んじゃ、広志行ってこい!」


 そう言われて背中を叩かれた。

 ビクッとしたことを隠すように声を出したら「おぅ!」と、普段はしない気合の入った返事をしてしまい、ビビってる事がバレたんじゃないかと、行く前から変な汗を掻いた。

 カチコチになった体を無理やり動かして歩いてる姿が、平然とゆっくり歩いているように見えてくれと祈りながら、僕は一歩また一歩と、怖くて暗い夜の中を進んで行った。


 参道の明かりは月だけで薄気味悪く、手に持った懐中電灯が命綱のように思えた。道沿いに並んだ木々は、枝が蛇のようにクネクネと曲がっていて、わざと怖がらせる為の演出じゃないのかと、植えた人間に少し怒りさえ覚えた。

 風で枝葉が揺れて、ガサッと音をたてる度に、もう僕には驚いた声を抑える事が出来なくなっていた。

 昼間は味方に思える、物言わぬ地蔵でさえ、妖怪にしか見えない。

 道だけを見て走ろうか?と思った時、急に後ろから呼び止められた。


 振り返って見れば、そこには赤い目をした犬が!

 僕は、声を出す事も出来ないまま、その場に倒れ、気を失った。


 おい! おい! 大丈夫か?


広志「ん? ここ……どこ?」


 起こされた僕を再び、夢の世界へ誘うモノが目の前に居る。


 犬「おい! 気失うなよ!」

広志「犬がぁ……犬がぁ……」

 犬「犬、犬言うな! ワシは火星人や!」


 あまりの衝撃の告白に、僕は怖さを忘れてしまい、


広志「か、火星人!? 火星人って、タコみたいなんとちゃうの?」

 犬「ハァ? あんな気色悪い生きモンと一緒にすんな!」

広志「火星人って……犬なん?」

 犬「なんでやねん!」


 きっと、広い世界の中で僕だけなんだろうなぁ、犬(火星人)にツッコまれたのは……。


広志「じゃぁ、変身したってこと?」

 犬「あぁそうや、変身したい生きモンを喰うことで変われるんや」

広志「……」

 犬「……………………………………………………んな訳ないやろがぁ! ツッコまんかいぃ!」

広志「だって、そんなカッコなんやから、本当やって思うやんか!」

 犬「ッチ、空気読まれへん奴っちゃなぁ」


 えぇぇぇぇぇ~


広志「ところで、なんで地球に来たん?」

 犬「それは勿論、征服する為や!」


 そう言って、ほくそ笑みながら、目で『何か』を要求しているようだったので、


広志「な、なんでやねん!」

 犬「遅い! 遅すぎる!」

広志「なんで、犬からダメ出しされなアカンねん!」

 犬「犬ちゃうわぁぁぁ!」


広志「ところで、何で僕を捕まえたん? 僕に変身すんの?」

 犬「色々質問の多い奴っちゃなぁ。お前には変身でけへん。一回変身したら、一週間は変わられへんねん。お前に声かけたんは、宇宙船の調子悪いから、当分お前ん家に泊めろ」

広志「えぇ~、ウチ犬飼ったらアカンのに!」

 犬「犬ちゃう言うとるやろうがぁぁぁ!」

広志「今、犬やんけ!」

 犬「えぇツッコミできるやないか」


 なんだか面倒臭い犬……いや、火星人やなぁ~と思った時、重要なことを思い出した。


広志「あ!」

 犬「なんや?」

広志「肝試しの最中やった! 僕、どのくらい寝てたん? きっと、みんな心配してるわ」

 犬「あぁ、それなら大丈夫や」


 そう言って僕に眩しい光を浴びせると、僕は再び夢の世界へといざなわれた。

 気が失われる向こう側で、犬が何やらボソボソとボヤいている。


 犬「色々ネタ仕込んどったっちゅうのに、このアホ!」

 犬「なんで関西弁やねん! とか言えんか?」

 犬「え? 標準語ちゃうんか!? って返しまで用意してたっちゅうのに!」


 心の中で僕は、こう叫んだ。


 自分とは、やってられへんわ。

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