黄昏時が紡ぐ永遠

とんこつ毬藻

第1話


 黄昏時が紡ぐは永遠――――


 心の奥底に渦巻いていた不安も、迷いも、全ての感情を洗い流し、彼と私が辿る永遠に続くトキを――未来へと導く路を示しているようだった。






 彼との待ち合わせは駅だった。

 彼と言っても私と彼はこの時まだ付き合ってはいなかった。

 初めて出会った時、私が見た彼の第一印象は、なんだか〝胡散臭い人〟だった。

 彼は時折蘊蓄うんちくを話す。

 彼みたいな人の事をまさに生き字引・・・・って言うんだよね?



「僕の地元であるこの町は塩を創る塩田でかつて栄えた町なんですよ。当時の面影を残す街並みが今も残っているんです」

「へぇー、そうなんだねー」


「今度石畳が続く通りにある古民家カフェへ連れていきますよ?」

「いいね! そういうの好きだよ。今日はそこには行かないの?」


「ええ、今日は目的の場所がありますので――」


 そんな彼の話を聞きながら、駅よりしばらく歩いて海岸線を目指す。海沿いに栄えたこの町は、最近大型ショッピングモールが出来た影響で新築が立ち並び、新興住宅地として人気の地域みたい。大きな新しいマンションもたくさん立ち並んでいた。


「僕が育った頃、駅の周辺は本当に何もなかったんですけどね」

「時代の流れってやつね」

「見えて来ましたよ」


 ようやく見えてきた海岸線。天高く昇ったお天道様が水面を照らし、陽光が眩しい程に乱反射している。サラサラとした砂浜とマリンブルーのコントラストが美しい。


「わぁー綺麗ーー!」


 思わず見惚れてしまうほど眩い景色にうっとりしてしまう。さざ波の音と、心地よい潮風。しばらく海を眺め、情緒を嗜んでいると……。


「ちょっと休憩しましょうか」


 彼が指差した先にはカフェが立ち並んでいた。海を眺めるには絶好の立地だ。


「ちょっといいじゃん! やるぅー」

「か、からかわないで下さい」


 眼鏡をかけていない癖にくいっとあげるような仕草をしたのは彼の照れ隠しだろうか? 思わず笑みが零れる。


 オープンテラス席に座り、海を眺めながら食べるクロックムッシュ。そよ風と共に届けられる磯の香り。こんがり焼かれたチーズとホワイトソースの芳香が食欲を湧きたてる。口に含んだとろーりチーズが伸びるものだから、そのままほっぺたを持っていかれそうになる。


「凄く美味しそうに食べますね」

「……もう、さっきから見過ぎだから」


 そんなに見つめられると、夕暮れ時でもないのに頬が染まってしまうではないか。よし、ここは気を取り直してデザート三点盛りに集中しよう。クリームを添えたふわふわのシフォンケーキが、まだかまだかと私を見つめてくれている。口の中で柔らかなシフォンケーキはクリームの甘味と共に、私の元気成分として胃の中へと溶けていった。


「……どうですか?」

「私は今、このふわふわとしたシフォンケーキと共に、天使となって羽根を広げ、ふわりふわりと潮風に乗って旅に出るのでした……めでたしめでたし」


「何の話ですか?」

「もうー、そこは乗ってよ」


 たまに冗談が通じないところがあるもんな。真面目でお堅いところは改善の余地あり……と。メモメモ。


 続けてマンゴーアイスとフルーツ。グァバジュースで南の島へのトリップを堪能した私。すると、しばらくして彼が切り出した。


「この後、一緒に来て欲しいところがあるんですよ」

「え? どこ? このまま海で夕陽を見るプランじゃない訳?」


 夕暮れ時まではもう少し時間がある。恐らく彼は事前に色々準備をして此処に連れて来たのだろう。


「この近くに神社があるんです。少し歩きますが、見せたい景色があるんです」

「まぁ、君の地元に来たの初めてだし。今日はお任せするよ」


 彼が珍しく自分の地元を紹介したいと切り出したんだ。きっと何かあるんだろう。今日はとことん付き合ってやろうじゃあないか。カフェを出た私と彼は、海岸沿いの道を再び歩くのだった。





 ――――のだが。



「あのーー、この道、どこまで続くのでしょうか?」


 彼これ一時間近く歩いている気がする。季節はまだまだコートを着ていて丁度いい位の気候だが、私の肌は汗ばんでいる。日差しは少しずつ傾いて来ているものの、まだまだ紫外線が気になる時間帯だ。


「もうちょっとで着きますよ、頑張って下さい」

「さっきもその台詞言ったんですけど」


 若干急ぎ足で歩く彼の歩幅。必死に着いていこうとしていたが、置いていかれそうになる。こんな時はゆっくりエスコートして欲しいんだけどな……。だんだん口数が減る私。海を眺めているときまではよかったんだけど、彼は一体どこを目指しているんだろう。



 彼と私は地元が違う。大学で知り合った彼と私。気づけば友達グループの中でよく会うようになっていた。そんな中彼は、先日突然私に見せたい景色があると今日を指定して自身の地元へ私を誘った。こう書くと既に付き合っているように見えるが、まだお互いの気持ちを確認していない。蘊蓄くさい彼の真意が読めず、私の独りよがりなんじゃないかと時折不安になる。


「大丈夫ですか?」


 ようやく離れかけていた私に気づいて彼が足を止める。もう、気づくの遅いよ。


「はいはい大丈夫ですよ」


 彼と視線をなるべく合わせないまま、民家が並ぶ真っ直ぐな道を歩く。突き当たりを曲がったところにようやく神社の朱い鳥居が見えて来た。


「よかった……間に合いました」

「……はぁ、はぁ……遠いよ……」


 鳥居を潜ると、参道沿いに時代をそのまま切り取ったかのような情緒溢れる店が並ぶ。彼はお店で昔ながらのラムネと白いお餅のようなものを買っていた。


「ひゃうっ!」


 ラムネの瓶を私の頬にあてるものだから、心の臓が飛び跳ねるではないか。


「疲れたでしょう。疲れた時は炭酸が一番です」


 ラムネのシュワっとした炭酸が喉を潤し、私の疲れを少し浄化してくれた。


「こちらのお餅はこの神社の名物なんですよ」

「おいひーーい。あんほのあまさがつはれをいやふわね」


「食べながらだと何て言ってるか分かりません」

「私のご機嫌メーターが少し戻ったって言ったのよ」


 それにしても彼は、私に何を見せたいのだろう? そう思っていると目の前にさらなる難関が立ちはだかっていた。思わず私は断固抗議する。


「これ……上るの?」

「山に登る時も、頂上からの景色というご褒美のために試練を乗り越えていくものです」


 もう嫌だ……私が兎だったら、絶対今両耳はペタンとなった筈だ。もう、さっきの炭酸とお餅なんかじゃ騙されないぞ。


 急な神社の石段を上り、境内へと向かう。ようやく辿り着いた時には、私の両膝が悲鳴をあげていた。神社でお参りをする頃には、もうすっかり夕暮れ時が近づいていた。


「もうすぐ時間です。さっきの石段へ向かいましょう」


 そう言うと、彼は境内を背に歩き出す。半信半疑のまま私は彼の背中を追う。見ている景色は視点を変えるだけで、全く違う世界へと変貌を遂げる。石段の前へ来た時、私は全てを悟った。




 彼は私にこれを見せたかったんだ――――



 

 石段の上……高い位置に創られた神を祀るこの場所は、まるで神様が人々をそっと見守るかのような、そんな位置に創られていた。海岸より歩いて来たまっすぐな道――石段から参道、海岸線まで一直線に伸びる道は、そのまま海まで続いており、ずっと先の地平線まで見渡せるようになっていた。


「――――綺麗」


 これ以上の言葉が出て来なかった。真っ赤に染まる空は街並みを照らし、光輝く橙黄色が世界を創っている。


 ――――光の道


 幻想的な光景は心の奥底に渦巻いていた不安も、迷いも、全ての感情を洗い流してくれるかのように、真っ直ぐその先を照らし続けている。


「この光の道は年に二回、沈む夕日とこの参道が一直線になった日しか見る事が出来ない景色なんです。君にこの景色を見せたかった」

「……」

 

 たくさん言いたい事があった筈なのに……溢れ出す感情を止める事が出来ず、言葉にならない私。目に映る光景はまさに奇跡としか言いようがなかった。やがて夕暮れは時を刻み、ゆっくり黄昏時を紡ぎ出していく。朱く染まる地平線と新たなトキが織り成す藍色。余りに幻想的な光景に、まるで時が止まってしまったかのような錯覚を引き起こす。


「未来と過去、空蝉うつせみ幽身かくりみ。全てが繋がるこのトキに、私は貴女と永遠を誓いたく、ここへ来ました」

「え?」


 ふいに掌へ温もりを感じる。気づくと彼は私の手を握っていた。


「私は貴女をお慕い申しております。光の道と黄昏時が創り出す永遠に、僕とこのまま身を任せてみませんか?」


 え、何? いつの時代の人? でも昔この街に住んでいた恋人達も、ここで永遠を誓ったのかな?


 ――――独りよがりじゃなくてよかった。


 気づくと溜まっていた感情が溢れ出すかのように、私の瞳からなぜか雫が零れ落ちていた。


「…………はい」




 ―――― 私達はこの日、恋人となった。 


 黄昏時は私達の誓いをゆっくりと見守る。

 流れる光の綾瀬に身を任せ、私達はそっと口づけを交わした ―――― 

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