第89話 優希サイド④《優希ちゃんの初体験?》

「優希……優希……」

 

 遠くから女の子の声が聞こえる。赤茶けた大地に夕闇のような紅と紫色に覆われた空。前方には、見慣れた顔の女性が立っていた。しかし、意識は映像を見せられているかのようで、自分の意思に反して言葉を発する。


美優みゆどうしてここに!?」

「助けに来たのよ、優希? 私が救ってあげるね。そして、二人で一緒に暮らすの」


 美優はうっすら笑みを浮かべ……。





―― あれ? 夢……?


 どうやらベットに寝かされていたらしい。ここはどこだろう。ふかふかのベットはどうやら自分の家ではないらしい。目をこすりながら、身体を起こしたのは優斗だった。


「てか、なんで美優みゆ? しかも格好が制服じゃなかったような……」


 なぜか美優は制服ではない格好だった気がする……どんな格好だったかまでは思い出せないが……。


「とりあえずトイレ……」


 優斗は朝起きたらトイレに行く事が習慣だった。部屋を出ると長い廊下に出る。寝ぼけ眼で廊下を歩き、トイレらしき場所を発見する。優斗の自宅ではない廊下……だったのだが、いつも歩いている場所のように迷う事はなく……。


「ふぅ、あったあった・・・・・・


 無事にトイレを発見し、男性の小便器前に立ち、スタンバイをする。あれ、いつもならズボンの隙間から出てくる男の象徴がなかなか出て来ない……というか、なぜかバスローブのような寝巻き……あれ、下半身の下着で覆われている部分が心許ないぞ……そっと男の象徴を引き出そうと……。


「あれ? あれ?」


 だんだん目が冴えて来る優斗。慌てて視線を下半身へと落とし……。


「え、ない・・! ない・・ーー」


 トイレの入口にある鏡で自身の姿を確認すると、そこには美しいブラウンヘアーの美女・・が映っていた。


「なんでー!? どうしてー!?」


 鏡に映った姿は紛れもなく優希ちゃんだった。


 ――あれ? ルナティ救ったよね? どうして優希ちゃん? 融合ユニゾン解除したからしばらく見納めじゃなかったん?


 優斗の脳裏に疑問符が浮かぶ。それよりも死活問題がある。下半身の尿意うずきをどうにかしないといけないのだ。慌てて男子トイレを飛び出す優斗ユウキ。隣には女性のマーク。着物姿の女性マーク……夢見御殿かどこかなのであろうか? 確かにトイレも人間界とものと若干違った。水を流すところに魔法陣あったし……いや、そんな事言ってる場合じゃないと彼(彼女?)は思う。心は男性のまま女子トイレに入る事も問題だったが、身体は女性なのである。意を決して飛び込む。


「誰も居なくてよかった……十六夜いざよいさんに今度、多目的トイレ作って貰わないとだね……」

 

 トイレに座り、ブルブルと身体を震わせる。妙な背徳感があるが、生理現象には逆らえないのだ。びくびくしながら出て来る場所を確認。一瞬雫が外に飛びだしそうになり、驚きつつも角度を調節し……。


「はぁああーー」


 恍惚な表情を見せつつ、彼……いや、彼女の戦いは終わった。無事に死活問題を解決させ、トイレから出る彼女ユウキ


「へ?」

「あ、優希様……いや、優斗様? って事は……」


 目の前に桜色の浴衣を着た女性が現れ……。


「……えっと、卯月うづきさん、おはようございます……」

「きゃぁああああああ」


 夢見御殿の回廊にて、少女の悲鳴がこだましたのであった。





「優斗、おはよう。どうしたの? そんな顔を真っ赤にして!」

ルナティ・・・・、どうして融合ユニゾンしてたん?」


 夢見御殿の客間、掘り炬燵式の小上がり席に向かい合って座る優斗とルナティ。そんな二名ふたりへ不機嫌そうな表情で、食事の配膳をするのは卯月だ。寝巻から着替えた優希は心の中でルナティと会話し、無事に優斗とルナティに分かれていたのである。


「だって、あの後保護空間プロテクションフィールドで、優斗急に気を失うんだものー。融合が解除された後できっと力を使い果たしたからでしょうね。夢見御殿へ運んでしばらく休ませていたんだけど、心配だったから融合して私の力を分けてあげようと思って」

「いや、融合しなくていいから! てか、朝起きたらになってたらびっくりするやん! そのサプライズ要らないから!」


「いいじゃない? さっきのあれ、初体験・・・だったでしょ? 気持ち良さそうな表情してたわよ?」

「いやいや、それだけ聞くと勘違いされるからやめて!」


 卯月による遠くからの視線が冷たい。完全に優斗はゲス優斗と勘違いされているようだ。


「それに、優斗とひとつになる・・・・・・と気持ちいいし、優斗の温もりを感じられるから……嗚呼……想像しただけで昇天しそう……」

「その発言もやめて」


 顔に手をあててウットリするルナティ。発言だけを聞くとこれは完全に勘違いされるやつだ。


「それはそうと、優斗気づいた? 長く融合していたお陰で、私達いつでも融合出来るみたいよ? 互いの愛の指輪セクシングリングをくっつけて、祈るだけでいいみたい」


 戦闘に於いてこれだけ心強い事はない。自身の力も最強になるし、愛の祝福ラブブレッシングを使えば仲間も強化出来るのだ。優斗は溜息をついて答える。


「ルナティ……分かったから、戦闘中以外は融合しないでね」

「えぇーー優斗ーーいいじゃない、減るモンじゃないし。あ、分かった。文字通りひとつに・・・・なりたいの? じゃあ、今日の夜に……」


 そこにコップをガン! と、テーブルへ置いた卯月が現れ……。


「ルナティ様、いい加減にしてください!」


 顔を真っ赤にしてルナティへ言葉を投げかけ、優斗の耳元へ。


下衆ゲス!」


 それだけ言い残して去っていったのである。


「勘違いで完全に嫌われたよ、これ……」


 ゲス扱いのショックで静かに涙を零す優斗なのである。





★★★


「今朝はお楽しみでしたね(はぁと)」


 夢見御殿奥に位置する巫女の間にて、十六夜いざよいと対面するルナティと優斗。


「だから十六夜さん、勘違いされる発言やめて下さい! あと今発言にはぁとが見えましたから!」


 優斗が必死に反論する。


「必死な優斗も可愛いわねぇー。で、十六夜。私達はどこに向かったらいい訳?」


 ルナティが十六夜へ質問する。


「そうですね。敵の動きが激しく引く手数多な状況です。ただし、聖魔の巫女が統治している聖魔大国ホーリクラウンと、彼女が監視している闇夜大国ナイトルーディアがある東の大陸は今、結界に覆われていて夢渡りの力ドリームポーターで渡る事が出来ません。巫女と通信はかろうじて出来ます故、ビクトリアに任せています」

「ビクトリアって言うのは〝聖魔の巫女〟の名前ですか?」


 優斗が質問する。


「ええ、ビクトリア・ホワイト。絶大な魔力を誇り、妖精界の魔法を創世し、魔の存在を監視する役目を担っています。恐らく敵の本拠地があるなら東の大陸ですが、今はビクトリアに任せる他手段がありません」

「十六夜と並んで凄い存在って訳ね。と、いう事は、私達が向かうべきは……」


土の国ウッドリアーノと、言いたいところなんですが、あそこには樹女王ドライアドが居ます。彼女はこちらからの介入をあまり望まないのです。行くならお忍びで行く必要が……」

「えー!? 樹女王が居るんですか? 行きます! 行きましょう!」


 優斗がドライアドの姿を勝手に妄想して、エロ斗モードへ入ろうとしている。


「優斗、確かに樹女王は美しい存在だけど、貴方が思っているような心優しい性格じゃないわよ? たぶん鼻の下伸ばした状態で行くと一瞬で殺されるわね。その時は残念だけど、私も助けないからよろしくね」


 ルナティが顔を近づけて、笑顔で優斗に語りかける。優斗の頬に冷や汗が流れる。


「げ……そ、そうなんだね、ルナティ。あ、えと、十六夜さん、土の国は、雄也やレイアさんも居るからなんとかなるんじゃないでしょうか?」

「そう……ですね」


 十六夜が目を閉じ何かを考えている。


「十六夜、貴女……何が視え・・ているの?」

「運命とは一つの道筋ではない。幾恵にも重なった運命の中から、一つを選ぶ。本来の流れとは別の運命を……強い意志があれば掴み取る事が出来る。優斗さん、これから先どこへ向かうか、貴方が決めて下さい」


「十六夜さん、それってどういう……?」


 優斗には十六夜が何を言っているのか、正直分からなかった。


「優斗、十六夜はね。|運命が視え・・るの。でもそれは断片的なもので、完全に未来が視えている訳ではないし、運命は一つではないという事なの。恐らく十六夜にはこれから先の、過酷な運命が視え・・ているという事。だからこそ、十六夜は危険な場に貴方を連れていく事を躊躇っている……そうよね、十六夜」


 夢見の巫女は何も言わない。


「十六夜さん、それは今更ってモンですよ。雄也達が強敵と戦っているなら、俺はそこに行くまでです。それに友達を放置して俺だけ人間界じぶんのセカイに還るなんて非情な真似、俺には出来ないですよ?」

「決まったわね、優斗。夢渡りの力ドリームポーターで土の国へ渡るわよ? ゴルの宿屋にブリンクを預けてあるから、一緒に行きましょう!」


「……優斗さん、ルナティ。ありがとうございます」



―― ありがとう、そして、ごめんなさい


 十六夜は目を閉じただただ祈る――





「優斗にゃーー、優希お姉様じゃないにゃーー、お帰りにゃー」

「おーブリンク! この姿では久しぶりやねー」


 撫で撫でモフモフする様子は優希の時と変わらないのだが、大きな果実に埋もれる猫耳娘の時が絵的にはしっくり来る。


「ブリンク、私と優斗の果実は気持ちよかったでしょう?」

「ルナティにゃー! 元気になってよかったにゃー。優希お姉様暖かくて気持ちよかったにゃー」


「おーそうだろうそうだろう」

「ルナティの果実も気持ちいいにゃー」


 今度はルナティの果実に埋もれるブリンク。微笑ましい光景である。


「うちの旦那と雄也さん方が土の国へ行ってしばらく経ちますが、まだ音沙汰がありません。どうか、うちの旦那をよろしくお願いします」


「任せて下さい! 俺等が雄也と合流したなら百人力ですからー」

「うちも居るから大丈夫にゃーー」

「さ、優斗、ブリンク。行くわよ」 


 こうして、優斗とルナティはブリンクと合流し、いざ土の国へと向かう。

 そこに待ち受けている過酷な運命を、まだ誰も知らない――――

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