第86話 火精霊<マーズ>の試練

 炎の都フレイムタウン北東に位置するフレイア火山。焼けるような赤銅色の大地、溶岩の川が流れ、間欠泉から噴き出す灼熱のマグマと蒸気が一層周囲の気温を上昇させていく。草木の存在をも許さない、さながら灼熱地獄が続く山。そんな山の頂へ向けて、戦乙女のような鎧を身につけた妖精が、火山をたった一名ひとりで登っていた。


 飛び散るマグマを交わし、灼熱の大気に耐え、溶岩に生命が宿った溶岩悪魔ラーヴァエビルを退ける。火妖精イグニスフェアリーとして強さを求め続けたファイリーにとって、灼熱の大気に耐える事は容易であったが、火属性の攻撃へ耐性がある溶岩悪魔には苦戦する。


「こんなところであたいは負ける訳にはいかないんだ ――暴走溜刃オーバーエッジ二連十字斬にれんじゅうじざん!」


 炎を一点に集中させるやり方の応用で、自身の力を剣へと集中させ、昇華させる暴走溜刃オーバーエッジ。溶岩悪魔が口から吐き出す灼熱の球を回避し、強靭な力で十字に斬りつけるファイリー。溶岩へ刻まれた深い十字の傷より亀裂が入り、溶岩悪魔ラーヴァエビルはバラバラと崩れ落ちた。


「よしっ! このまま一気に行くぜ」


 山頂で待ち受ける試練に備え、戦乙女闘式ヴァルキリースタイルは使わずに登っていくファイリー。やがて、切り立った崖のような場所を登り、山頂へと辿り着く。


「……ここか」


 赤銅色の開けた大地。山頂には何もないように見えた。開けた大地の向こう側に盛り上がった場所があり、蒸気が上っている様子が見て取れた。恐らくフレイア火山の火口だろう。


 火口へ向け、一歩一歩近づいていくファイリー。その時、地面が迫り上がるかのような振動と共に、大地が震え、火口からマグマが噴き上がる! 噴出したマグマは意思を持ったかのように人の形を成し、ファイリーの前へ君臨した。紅く燃え盛る炎の魔人。今まで倒して来た溶岩悪魔よりも何倍もの大きさ、熱量、力を兼ね備えた魔人であった。どうやらこれが火精霊マーズの試練らしい。


「なるほど、そういう事か。火妖精イグニスフェアリー、ファイリー・フィリーいざ、参る!」


 ファイリーが魔人へと突撃する!






「あたいに火精霊マーズの試練を受けさせてくれ!」


 雄也達が夢の都ドリームタウンにてリリスを撃破し、一度人間界へ戻った後、炎の国フレイミディアへと帰還したファイリー。彼女は自ら火精霊マーズの試練への挑戦を志願する。


 火精霊マーズの試練は、炎の国フレイミディアでも限られた妖精しか受ける事の出来ない試練。以前より、炎の国フレイミディア国王の推薦と、四大巫女いずれかの許可があれば、受ける事が可能と言われていた。ファイリーもその名は知っていたが今まで受けるつもりはなかった。


 しかし、ナイトメア、リリスという強敵を前にし、自身の弱さが露呈し、精神も肉体も強くなければこの先戦う難敵には勝てないとファイリーは痛感する。そして、炎の国へ戻った直後、リンクの母であり、現四大巫女の一名ひとり――エレナの巫女である、エレナ王妃の許可を貰い、単身フレイア火山へ乗り込んだのである。



 魔人の口から放たれる巨大な溶岩の塊。ファイリーが横に跳びつつかわす事で、溶岩の塊が地面に触れる度に炎が巻き上がり大地を燃やす。ファイリーが火焔の刃イグニスエッジを纏い、魔人の腕を斬りつけようとするが、灼熱の炎を宿した腕に炎が通る筈もなく、吸収され、振り下ろされる巨大な腕を後方へ飛び上がり回避する事となる。地面へと叩きつけられた腕の衝撃で大地が揺れ、亀裂が入る。


「炎が効かない相手……これは龍炎刃でも無理だな。どうする……」


 亀裂から噴き上がるマグマ。間欠泉のように噴き上がるマグマを回避すると、再び目の前に魔人の腕が出現する。自身の剣を頭上に広げ魔人の腕を受け止めるが、頭に衝撃が走り、その圧倒的な力により身体が地面に沈む。溶岩はファイリーの身体を侵食しようと襲いかかる!


「くっ、赤眼妖精レッドアイズ戦乙女闘式ヴァルキリースタイル――第一の型 火焔の衣イグニスヴェール!」


 紅い光にファイリーの身体が包まれ、瞬間魔人の腕を持ち上げ弾く。魔人は、ファイリーから離れ一度後退するが、口から赤眼妖精レッドアイズに向かって灼熱の塊を放つ! 橙と紅色の戦衣を纏い、周囲を紅く染めるかのように妖気力フェアリーエナジーを放つ赤眼妖精レッドアイズ。灼熱の溶岩は弾ける事なく火焔の衣イグニスヴェールに吸収されたようだ。


「炎が効かないなら、力と力で勝負するまでだ! ――暴走溜刃オーバーエッジ乱撃ラッシュ!」


 火炎の剣フレイムソードを両手で持ち、魔人の身体へ向かって高速で連続突きによる攻撃を放つファイリー。魔人がここに来て初めて山頂に響き渡る程の呻き声をあげる。しかし、灼熱の炎に包まれた身体では、傷がついたのかどうかは見て取れない。血の代わりに噴き出るものは溶岩だ。振りかかる火の粉を火焔の衣イグニスヴェールで守り、ファイリーは攻撃を畳み掛ける!


二連十字斬にれんじゅうじざん! 旋回刃せんかいじん!」


 足下に二連十字斬の刃が入った瞬間、魔人の動きが止まったように見えた。その様子を見て自身の何倍もの高さにある魔人の顔目がけて飛び上がり、身体を空中で回転させながら脳天に一撃を喰らわせる! 再び呻き声をあげる紅い魔人。ファイリーが頭へ突き刺した刃を引き抜き、地面へ着地すると、紅い生命体は溶岩を地面へ垂れ流したまま片手で頭を押さえ、二三歩後ずさった。


「止めだ! 戦乙女闘式ヴァルキリースタイル――第ニの型 火焔嵐流イグニスストリーム!」


 炎の渦が創り出した激流が魔人を包み込み、赤く燃え上がる竜巻が巨大な姿を完全に覆い尽くした。灼熱の魔人と灼熱の渦、力と力のぶつかり合い。ファイリーが放つ最大級の攻撃が魔人を飲み込み、周囲の空気をも巻き込み、辺りは蒸気に包まれ視界は遮られた。やがて、竜巻が収まり、一瞬山頂が静寂に包まれる。


「やったか……? がっ!?」


 その瞬間、蒸気の向こう側から腕の形を成した巨大な溶岩が伸び、ファイリーの身体を掴み、後方の岩肌へ激突させる。巨大な腕は彼女を縛り、灼熱の溶岩が火焔の衣イグニスヴェールをも侵食していく!


「今ので倒せないのかよ……」


 魔人はファイリーの攻撃によりダメージを受けたのか、人の形を崩したまま存在していた。巨大な溶岩の塊そのものが意思を持っているかのような異形の姿。その中心から巨大な腕が灼熱に燃える大樹のように伸び、ファイリーを握り潰そうとしているのだ。戦乙女の身体から赤い蒸気があがり、火焔の衣イグニスヴェールが少しずつ剥がれていく様子が見てとれる。燃え盛る魔人の腕が持つ熱量が、赤眼妖精かのじょを包む衣の熱量それを上回っているのだ。


「く、くそ……息が……」


 ファイリーの胴体、首、全てを縛り、押し潰そうとする魔人。刹那背後の岩肌が魔人の力に耐え切れず、衝撃と共にガラガラと崩れ落ちる。魔人の腕が一旦溶岩の核へと収納される。力による呪縛から解放されたファイリーだが、今度は瓦礫に埋もれてしまう。



「もう……だめなのか……」


 瓦礫に埋もれ、傷だらけのファイリーが目を閉じる……。走馬灯のように様々な映像がファイリーの脳内に再生されていた。




『あたいとリンクは、これから良いライバルであり、大切な仲間だ! これからよろしくな、お姫様』

『うん、よろしくね、ファイリー! シャキーンです!』


『お帰り……ファイリー……』


 ―― リンク……。



『あたいは、火妖精イグニスフェアリーのファイリー・フィリーだ。これからよろしくな相棒!』

『俺は新井和馬だ。よろしくなファイリー!』


『ファイリーも熱くなるな! お前の事は俺が一番分かってるから――』


 ―― 和馬!


 瞬間、ファイリーの視界が光に包まれた。





 巨大な溶岩の塊と化した魔人の形だったモノ・・・・・は、異形の姿のまま、中心から再び巨大な腕を伸ばし、ファイリーが埋もれている瓦礫毎溶かし尽くすかのように襲いかかっていた。瓦礫は灼熱の溶岩に包み込まれ、だんだんと熱により溶かされていく。火妖精は最早形も残らない……魔人に意思があるのならば、そう思ったに違いない。


 しかし、次の瞬間、溶かされた瓦礫の奥より、橙色の光が放たれたのである。


 やがて、溶岩が人の形となり、ファイリーの姿が浮かぶ。刹那、赤眼妖精が溶岩の中で紅く光った。


「あたいはもう誰も哀しませない。最後まで諦めない。心が負けたら全てが終わりだ。信じてくれている奴等のためにも、あたいは何度でも立ち上がるさ」


 灼熱の溶岩に包まれたままの身体。魔人の腕がファイリーの身体を掴もうとするのだが、まるで溶岩と同化・・しているかのように実体を掴む事が出来ないのである。全てを悟ったかのように、ファイリーは目を閉じた。


「こういう事だったんだな……戦乙女闘式ヴァルキリースタイル ―― ついの型 灼熱同化フレアフュージョン!」


 魔人の呻き声が山頂へ響き渡り、灼熱の腕が蠢く。溶岩に包まれた戦乙女が魔人の本体へと一歩一歩近づいていく。腕は蠢きながら、戦乙女の身体へと流れていくかのように呑み込まれていく。全身で溶岩を取り込んでいくかのように――そう、ファイリーは灼熱の溶岩そのものを吸収しようとしていた。


「――灼熱盗奪フレイストール


 ファイリーがそう呟いた瞬間、魔人の全身が波打ち、彼女の身体へと吸い込まれていった。灼熱の溶岩が渦を巻き、取り込まれていく。溶岩は奪われた……というより、喰らい尽くされたかのように、その場から魔人は消滅したのである。やがて戦乙女の姿が現れ、元の姿へと戻っていく赤眼妖精ファイリー。魔人の力は全て、彼女へと取り込まれた。





「はーい、おめでとーございまーーす! 火精霊マーズの試練、見事クリアでーーす!」


 そこに火山の火口から、羽根の生えた赤い髪の小さな羽根妖精が飛んで来る。先ほどまで戦闘が行われていた山頂に似つかわしくない可愛らしい声が辺りに響く。


火精霊マーズ……ではなさそうだな」


 火炎の剣フレイムソードを収め、ファイリーが羽根妖精を見つめる。手のひらサイズの羽根妖精がおめでとーおめでとーと彼女の周りをぱたぱた飛んでいる。なぜか赤い水着姿ような格好だ。橙色の瞳はくりっとしていて可愛らしい。……のだが、あまりにぱたぱた彼女の周りを飛び回るので、片手で羽根妖精を掴んでみる。


「……んが! な、なにするんですかぁーー」

「いや、目の前飛び回るからついイライラしちまって……」


「目の前に飛び回るものを貴女は全て捕まえるんですか……!?」

「いや、そうじゃねーけど、じゃああんた何者だよ」


 飛び回らない事を条件に掴んでいた腕を離すファイリー。


「はぁ、はぁ、もう、火妖精は短気な方が多いから困るのです。私は火妖精、フレイア・ディースです。今は火精霊マーズの使いをやってます」

火精霊マーズの使いだって!」


 飛び回る妖精からはそんな力を感じられなかった。火精霊の使いとなると、とんでもない力の持ち主という事になる。


「そうですよー。だってさっきの火焔魔人ほむらまじん出したの……僕ですから」

「なっ! マジか!?」


 ファイリーが驚いて目の前に浮かぶ妖精を見る。にわかに信じ難い事実だった。


「火精霊の試練、最終試験にふさわしい相手だったでしょう? あれを取り込めたという事は、貴女にもそれなりの力は受け継がれた・・・・・・筈ですよー」

受け継がれた・・・・・・、だって?」


「はい、そうです。僕もかつて火精霊の試練を受け、力を引き継いだのです。そして、その力で魔王と戦いました。倒す事は出来なかったんですけどねぇー」

「フレイア・ディースって言ったよな? あんた、何者なんだ?」


「僕がここに居る理由を貴女には話さなくてはなりません。まずはこの指輪を受け取って下さい。火精霊マーズの力を籠めた火精霊の指輪マーズリングです。これで今回のように、人間の使役がなくとも戦乙女闘式ヴァルキリースタイルついの型まで変身出来るでしょう」

「あんた、見た目はあれだが、只者じゃないな。その理由ってのをあたいに教えてくれ!」


 ファイリーがフレイアから指輪を受け取り、身につける。そして、フレイアから今回の試練にまつわる話を聞くのであった。


「恐らく既に、貴女が契約している人間や仲間達も、かつての魔王の話を聞いている事でしょう。僕は貴女の前に人間と契約した火妖精イグニスフェアリーです。契約した人間の名前は藤堂咲夜トウドウサクヤと言います。僕達が戦ってかなわなかった魔王をたった一人で封印し、世界を救った英雄ヒロインですよ」

「な、なんだって!」


 そして、ファイリーはフレイアから魔王と彼女達との戦いの話を聞く事となる。戦いにより命を落としたトウドウサクヤという女性の話を ――――

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