第85話 和馬サイド③《パズズとの激闘》

 ウインクとようやく再会出来た和馬、そして、弥生とビビ。頷きあった和馬とウインクが向かい合い、間に弥生が立つ。


「なるほど、そういう事やんな!」


 ビビも状況を理解したのか、その様子を見守る。そう、和馬とウインクは弥生やよい立会いの下、この場で契約をするつもりだった。


「燃え散るゲバー! ――熱風翼撃イグニアアーラ!」


 しかし、パズズが放つ紅蓮の刃が混じった旋風は、和馬達を待ってはくれない。


「来るで!」

「ぴゅあちゃん!」


「キュウウウウウウウウーーーー」


 熱風翼撃イグニアアーラが和馬達に届く直前、弥生の声に呼応し、巨大白蛇のぴゅあちゃんが銀冷吐霧シルバーブレスを吐き、パズズの前に立ちはだかった。氷の刃が混じる凍てつく冷気は紅蓮の刃を相殺するが、真空の旋風がぴゅあちゃんの身体に一部傷をつける。気づくと、蜷局とぐろを巻くかのように和馬達をぴゅあちゃんが包み込み、皆の壁となり守る態勢を取っていた。


「ぴゅあちゃん、もう少し頑張って! 和馬様、ウインク様、準備はいいですね。ウインク様、使役具サモンファクターを和馬様へ」

「おーけー」


 ウインクが使役具であるウイングイヤリングを和馬の右耳へ、ウインクが自身の左耳へと身につけた。


「キュウウウウウウーーーー」


 その間もパズズによる猛攻撃が繰り広げられているようだった。ぴゅあちゃんの悲鳴がこだまする。銀冷吐霧だけでは風の刃による攻撃までは防げないらしく、旋風がぴゅあちゃんの身体へぶつかる度に振動が響いていた。


「弥生急ぎー! あまり持たへんでー!」


 ビビが弥生を急かす。儀式の準備か弥生は目を閉じ、祈りのポーズをしていた。


「夢見の巫女、十六夜の命を受け、夢妖精ドリームフェアリー、弥生が『使役主マスター――新井和馬』と『契約者パートナーウインク・ピッピー』の契約を認めます。各々利き腕を」


 和馬とウインクが手を出し、弥生が差し出された手に自身の手を重ねる。一瞬、両者の掌に光が灯り、掌へ入っていったように見えた。


「これで契約……出来たんですよね? 弥生さん」

「やったーー和馬と契約出来たのねぇーー嗚呼ーー和馬ぁーー」

「ちょ、やめ、ウインクさん」


「なんや契約する前から仲がいい人間と妖精も珍しいな。これは相性期待出来るかもしれへんな」

「そうですね。和馬さん、時間がありません。先日教えたファイリー様を使役する際と同じ形式の、いつもの詠唱を……」


 ウインクと契約する場に備え、弥生は和馬にどうするべきか事前に教えていたようだ。今までにない強力な振動と轟音が、外から聞こえてくる。時間は残されていないようだ。


「わかりました。マスターカズマの名において、ここに示す。夢みる力ドリーマーパワー接続リンク! 舞い上がれ! 風妖精ウインドフェアリー、ウインク!」

「おーけー、任せて!」


 ウインクの足下に緑色の魔法陣が出現し、ライトグリーンのポニーテールが地面から風を受けているかのように舞い上がり、魔法陣が光を放ち始める――――



「これで終わりゲバー! ――熱風翼撃イグニアアーラ!」


 何度目かの熱風翼撃にぴゅあちゃんが決死の銀冷吐霧を放つが、パズズはそれに構わず急降下を開始する。ぴゅあちゃんの力が弱まっている事に気づいていたからだ。ぴゅあちゃんが蜷局とぐろを巻いていた尻尾を振り回し、パズズを払い飛ばそうとするが、パズズはぴゅあちゃんの攻撃をすり抜け、強靭な爪でぴゅあちゃんの胴体を引き裂いた。


「ッ! キュゥウウウーー!」


「邪魔ゲバよ! 真空撃爪バキュアクロウ!」

 

 ぴゅあちゃんの胴体から肉と内臓と鮮血が周囲に飛び散ると同時に、ぴゅあちゃんの巨大な胴体が宙を舞い、遠くの地面へと叩きつけられた。


「ゲ、ゲバ!?」


 パズズは驚く。先ほど巨大な白蛇と共に現れた謎の人間と、リリスちゅあんを倒したと言う兎耳の風妖精。人間は妖気力を感じないが、何か不吉なオーラを感じる。妖精に至っては明らかに妖気力が増大し、様子がおかしいのだ。


「皆さん、夢の中で戦いの疲れを癒して下さい。戦士達にしばし安らぎの夢を ――夢見休癒ドリームヒーラー!」

「し、しまったゲバ!」


 パズズが和馬とウインクへ気を取られている間、ビビが雷光らいこう妖撃団フェアリーナイツ――黒百合くろゆり部隊を離れたところへ一瞬・・で避難させ、弥生が夢妖精固有の回復魔法を施していた。


「く、くそ、余計な事をするなゲバー!」


 パズズがビビと弥生へ向け攻撃を放とうとしたその時 ――


「お前の相手は俺だぜ!」


 和馬がブライトブレイドでパズズの肉体へと斬りかかる。素早く自慢の爪で聖剣を受け止めるパズズ! 連続で斬りつけようと試みるが、パズズへそう簡単に一撃を与える事は出来ない。


「そんな単調な攻撃だと欠伸が出て仕方ないゲバー」

「ま、そうだろうな!」


「和馬、受け取りなさい! ――軽翼風レアウイング!」


 次の瞬間、パズズの視界から和馬が消えた ――


「な、なん……だとゲバ!?」

 

 パズズは一瞬何が起こったか理解出来なかった。   


攻撃透過アタックトレース接続リンク、――真空斬バキュアバスター。あんたの腕、もらったぜ!」


 パズズが振り返ると先程まで眼前に居た筈の和馬が立っており、足下には分厚い魔獣の肉を打ち破り切断された右腕が、落ちていたのである。パズズの傷口から緑色の液体がドロドロと流れ落ちる。


「馬鹿な!? 人間ごときに俺様の身体を傷つけるなど……出来る筈ないゲバーー! 真空撃爪バキュアクロウ!」


「甘いぜ! ――真空斬バキュアバスター


 真空の力を纏った爪と剣がぶつかりあい、両者の頬に小さな傷が入る。互いの肉体が風の力で弾かれる事で距離を取る。パズズの放つ爪による一撃と和馬の一撃それは全くの互角だった。が、何度かパズズの放つ爪撃を受け止めていた和馬がパズズをいなし、二度目の高速移動・・・・で背後からパズズの左腕を奪った。


「ぎゃあああああああ」


 パズズが情けない悲鳴をあげる。


「あの子等、今契約したばかりやんな? あのコンビネーションはありえへんわ」

「和馬様とウインク様は契約をしていなかったものの、夢の国ではずっと行動を共にしておりました。その影響もあるのではないかと思われます」

 

 ビビと弥生が戦況を見つめていた。


「さっすがーー私の和馬ねーー。私達相性抜群ね! まぁ、イメトレの成果もあるけどね」


 ウインクがパズズと対峙する和馬へ向かって叫ぶ。どうやら夢の国で和馬と一緒に居る間、ウインクが和馬と契約した際の透過トレースや戦略を和馬へ解説イメトレしていたのであるが、その事実は和馬とウインクしか知らないのである。


「じゃあ、これならどうゲバーー!」


 その瞬間、パズズが空中へ舞い上がる。空中なら和馬の刃は届かないと考えたからだ。両腕を斬り落とされた部分から流れ落ちていた緑色の血は、熱により止血されていた。


「死ねーー! ――熱風翼撃イグニアアーラ!」


 本日何度目か分からない紫色の羽根で出来た紅蓮の刃が混じった旋風……和馬は先ほどから見せている高速移動で回避する。するとパズズは、空中へと舞い上がった自身と同じ高さに居る風妖精の存在に気づく。


「残念でしょうけれど……私の和馬にはあんたの攻撃当たらないわよ? 軽翼風レアウイングは対象の足下に風妖精ウインドフェアリーの風を集める事で素早さを上昇させ、一定時間、高速移動を可能にするの。それに、空中なら和馬の攻撃が届かないから安全と思ったんでしょう? それも思惑違いね!」


 話し終わる途中でウイングカッターを投げつけるウインク。腕を失ったパズズは鋼鉄よりも硬い自身の尻尾で弾く。


「空中は私の十八番おはこだから、あんたは私に勝てないわよ」

「空中は俺様のモノゲバーー! 空圧咆哮ヴェンティアハウル!」


 突然パズズが咆哮し、圧縮された空気の塊のようなものがウインクへ向け放たれる! ウインクは旋回し回避する。


「当たらなきゃ意味ないわよ? 風速刃ビューンヴェントス!」


 激しく空中で旋回しつつ、激しい空中戦を繰り広げる風魔獣パズズ風妖精ウインク空圧咆哮ヴェンティアハウル風速刃ビューンヴェントスによる風能力アビリティと風魔法との激突。地上の木々が上空で巻き起こる風に揺れ、激しくしなっていた。


 時折パズズがウインクへ近づき、間髪入れずサソリの尾を突き刺そうとするが、彼女もウイングカッターで弾き、真空の刃で反撃する。再び距離を取り、続け様に空圧咆哮ヴェンティアハウルを放つパズズ。が、この後、思いもよらぬ方向から攻撃を受ける事になる。


雷精霊トールよ、導きのままに、天からの裁きを! ―― 迅雷撃ライトニング!」


 突如、パズズの上空より強力な雷鳴が響き、轟音と共に雷撃がパズズの身体を直撃する。ビビはパズズがウインクから距離を取った一瞬の隙を見逃さなかったのだ。羽根を失った状態でも、彼女が雷撃をパズズへ向け放つ事は容易だった。


「……そんな雷撃……俺様にとってはマッサージ……」


「――攻撃透過アタックトレース接続リンク! ブライトブレイドよ、風に乗れ! 風翼投撃ウイングスロー!」


 パズズはウインクとの空中での激しい戦闘の最中、地上からの攻撃は来るまいと考えていた。どうやら雷属性に耐性があるらしい風魔獣の王にとって、雷撃そのものは致命傷にはならない。パズズの言う通り、マッサージ程度の電気刺激でしかなかった。しかし、雷撃を受けた事による隙は、絶好の攻撃機会を作り出したのである。


「ぐはっ……!? ば、ばか……な……」


 地上より放たれた和馬のブライトブレイド。通常なら武器を投げても絶対に届かない、樹齢何百年、何千年の大樹よりも高い位置。しかし、風妖精ウインドフェアリーと契約した和馬が放つブライトブレイドは、強力な風を纏い真っ直ぐ威力を保ったまま飛んでいく。


 そして、真空の力による殺傷力と、さらには聖剣が本来持つ聖属性の効果により、魔獣の分厚い肉体による防壁をも貫き、心臓、背中の翼にまで穴をあけた。力をなくし真っ逆様に落下するパズズ。衝撃と共に、大地には小さなクレーターが出来た。


「よっしゃ、やったぜ!」

「ナイスよーー和馬ーー!」


 落ちたパズズが居る場所へと近づく和馬。上空よりゆっくり舞い降りるウインク。そして、彼女は気づく。倒れたパズズが居る場所で何かがキラリと光った事に。


「危ない! 和馬!」


 急降下で和馬とパズズの間に立つウインク。ウインクの右足に何かが刺さった。


「……うっ!?」

「ウインクさん?」


 それは先端を蜥蜴のように切り離し、飛ばして放ったサソリの尻尾だった。


「ゲバババババーー! 俺様の尻尾による猛毒は一級品ゲバー! その兎は数分も持たず死ぬゲバー……俺様に刃向かった事を後悔して死ぬゲバー!」


「死ぬのはお前だ、――真空斬バキュアバスター


 パズズに突き刺さっていたブライトブレイドの柄を握り、そのまま真空斬バキュアバスターを放つ和馬。パズズの身体は真っ二つになり、そのまま黒い霧となって消滅した。パズズの居た場所に夢の欠片ドリームピースが残る。風魔獣の王と呼ばれた鳥獣のあっけない最後であった。


「かはっ!?」


 鮮血を口から吐き、膝をつくウインク。傷口から紫色の痣が少しずつ広がっていく。


「ウ、ウインクさん!?」


 慌てて駆け寄る和馬。確か弥生さんが、サソリの尻尾から放つ猛毒は強力で数分で死に至らしめると言っていた。せっかくパズズを倒したのにこんな有り得ない……そう嘆きつつ、和馬がウインクの身体を抱きかかえる。


「和馬、私が死んでも、私の事忘れないでよね……」

「そんな事言うな、ウインクさん!?」


「和馬……じゃあ今だけ……和馬にとっての一番にしてくれる?」

「そんなん一番でも何でもなってやるから死ぬな……ウインク!」


「あ、初めて呼び捨てで呼んでくれた……嬉しい……」


 ウインクが笑顔になり、涙が一滴頬をつたった。


「ウインクーー……」


 和馬の瞳も涙で滲む。だんだんウインクから血の気が引いていく。



―― プス……



「え?」


 涙が溢れている和馬と気を失いかけているウインク。ウインクの太ももに携帯用注射器のような針を刺した妖精が突然和馬達の眼前に……。


「弥生……さん?」


 水色の浴衣に身を包む弥生が針を刺した瞬間、ウインクの血色が戻り、足全体へ広がりかけていた紫色の痣が一気に元の色へと戻っていった。涙を浮かべた表情のままぽかーんとする二名ふたり


「ぴゅあちゃんの血は元々毒の治癒などに優れております。こちらはぴゅあちゃんの血を媒介として、光妖精ライトフェアリーの治癒魔法とを合成して作った特製の血清・・です。パズズが毒を使う事は分かっておりました故、非常時に備え、携帯しておりました……」



……



……



しばしの沈黙の後……



「最初から言ってよーーー!」

「最初から言って下さいー!」


 和馬とウインクが同時に叫ぶ。


「いやぁ、おもろいモン見せてもらったわーー。『今だけ……和馬にとっての一番にしてくれる?』『そんなん一番でも何でもなってやるから死ぬな、ウインク!』……きゃーーー、ご馳走様でした。お腹いっぱいやわーー」


 ビビが満面の笑みで和馬とウインクへ近寄ってくる。


「ビ、ビビ!?」


 顔が真っ赤になるウインク。自慢の兎耳までサーモンピンク色に染まっているように見えた。


「ちょ、からかうのはやめて下さい……ってか、俺と貴方、自己紹介まだしてないですよね!」

「あ、そうやったな。うちはビビ・サラマンディアやよ! 詳しくは弥生とウインクから聞いてーな」

 

 ビビが和馬へ自己紹介する。


「いい雰囲気でしたので……空気を読みました」

「いや……そこは空気読まなくていいです……」


 弥生の発言に冷静に突っ込む和馬。


「ねぇ……和馬……さっきの……本当?」


 和馬の腕をつんつんして、ウルウルした瞳でウインクが見つめる……。


「ちょ、ウインクさん……あれは……ええっと……」

「私が死ぬと思ったからとか……言わないでよ……和馬ーー」

「ちょ、やめ! ウインクさーーん!」


 しおらしい表情から一転そのまま和馬を押し倒すウインク。必死に抵抗する和馬。


「嗚呼ーー和馬ーー大好きよーー」


 ウインクの瞳がハートになっていた。


「はーーい、お二名ふたりさん、やるなら宿屋に帰ってからにしてなーーー」

「野外プレイですね……」


「だ、誰か止めてくれーー」


 笑顔で和馬に迫るウインクと必死に抵抗する和馬。そんな二名ふたりの様子を微笑ましく見つめるビビと弥生なのであった。


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